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殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【第三章】
17/23

「黒虎義心」3

「では、子牙(しが)どのという智者が、わしと西岐(さいき)を救ってくれたのだな」


馬車は姫昌(きしょう)(れん)、そして姫昌に臣従を誓った黒虎(こくこ)が乗り、その脇を散宜生(さんぎせい)閧夭(こうよう)が馬で進む。


孫ほどに年の離れた蓮の話に、姫昌は真剣に耳を傾けていた。


───姜子牙という御仁に、ぜひともお会いしたい。


姫昌はまだ見ぬ賢者の姿を思い描く。


しかし、その子牙は姫昌救出のため、蘇后(そこう)掌中(しょうちゅう)にある。


「……子牙先生、大丈夫かなぁ」


かぼそく蓮がつぶやく。(うれ)いでその大きな瞳を曇らせ、重そうにうなだれる。


彼女の脳裏から、悪い思いが離れない。最悪のことを想像する。もしや、命を奪われてしまったのではないか、と。


「なに、やつのこと。そのうち(ひょう)と現れるさ。子牙先生は蓮の師匠なんだろ。信じろ」


蓮の顔をのぞき込んだ閧夭が、髭の下から白い歯をのぞかせて無造作に彼女の髪をかき()でる。


「わかってるよ!」


邪険に閧夭の腕を払いあげると、蓮は鼻から息を吐き出して背を伸ばし、腰を手にあて胸をはる。


「それでこそ子牙先生の愛弟子。実にいさましいことだ」


散宜生が茶化すと、


「バカにしたな!」


蓮は弾はじかれたように立ちあがって飛びかかろうとする。


馬車のへりを乗り越え、あやうく地面に落ちそうになる。それを黒虎が掴まえ、慌てて支えようとした。


が、もちこたられず、彼も体を浮かせる。


「おいおい、元気だな」


姫昌は子供ふたりの腰をつかみ、好々爺(こうこうや)の笑みが浮かばせながら、(かか)え戻す。


───獄に入れられて以来、いや辛王(しんおう)に諫言申し上げるべく西岐を出たとき、それ以来の姫昌の笑顔であった。


「どうやら、崩れます、この空」


天を仰いでいた馭者(ぎょしゃ)は首をねじ曲げ、子供たちとなごやかに談笑をはじめた姫昌に伝える。


一行が林の点在する平原にさしかかったとき、いままで雲ひとつない蒼空(そら)がその形相を一変させ黒雲群らがりおき、今にも泣きだしそうになっていた。


姫昌たちは朝歌(ちょうか)へは入らず、その城壁を右手に見ながら大きく迂回して西岐への帰路を急いだ。


朝歌市街を突き抜けるのが一番早い道のりだが、辛王の目に止まりかねないことを考え、あえて遠回りを選んだ。


───と、突然馭者は手綱を引いて馬の足を止めた。


前を進んでいた散宜生と閧夭は、停車したことに気がついて馬首をまわす。


「おい、なぜこのようなところで止まるのだ。われらは急いでいるのだ」


散宜生の問いに答えることなく、鞭を放り投げ、台から飛び降りた馭者は林の方へと駆けていく。


「一体どうしたというのだ?」


怪訝(けげん)に鼻を鳴らした散宜生であった───が、次の瞬間その表情を引き締め、そして叫んだ。


「待ち伏せだ!」


その声と同時に、逃げた馭者が草原に横倒れになった。どこからともなく飛来した矢に頭を射抜かれたのである。それが合図のように林の中から一行に向かって矢が降り注いだ。

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