「黒虎義心」1
赤く青く爆ぜながら光が苔むした石畳の回廊を真闇の中に浮かび上がらせる。
たいまつを片手に持った崇虎の子、崇黒虎は、幽里の獄塞の地下牢舎を進む。靴音が壁にこだまし、冷えびえとした空気と相まって不吉に響き渡る。
(本当によいのか……)
自問であった。
黒虎はそれに対し心の中でうなずき、右の掌にあるものを強く握りしめる。
───それは牢の鍵であった。
彼は長い通路のつきあたりの檻の前でその歩みを止める。
牢の中には四肢を鎖に繋がれた姫昌がいた。全身に打撲痕を浮かばせぐったりとしていたが、たいまつのゆらめきに気がつき顔を上げる。
黒虎は無言のまま、檻を開けて牢に入った。鍵を使い、姫昌の枷を解いていく。
「黒虎どの」
姫昌はうめきに近い声を押し出す。
「……なにゆえ、わたしを助ける」
「……父の過ちを、あなたに正していただきたいのです」
顔を伏せたまま、黒虎は言う。
「崇虎……どのを?」
「いえ、崇虎はわたしの父ではありません。
わたしの父は……辛王です」
「なんと!」
「側室の子のわたしは、王妃さま……いえ、蘇妲己に疎まれ、一時は死をも覚悟せねばならなかったのですが、何かの役に立つだろうと、崇虎が引き取ったのです」
「……そうであったか」
「お願いです! 父を……」
黒虎は言葉を詰まらせた。
───しかし、心決めてぐっと端正な顔を上げ、
「父を討ってください!」
一気に告げる。
「いいのか、わたしがそなたの父上を討っても?」
姫昌は慈愛に満ちた視線を少年の瞳に合わせる。覚悟がしっかりとすわった意志の強い光を湛えていた。
「さぁ、早くここから出ましょう!」
黒虎は姫昌の手を取り、檻を出る。
「こ、黒虎どの、何をなされているのです!」
異変に気づいた牢番の男がふたり、慌ててかけ寄ってくる。
「そこをどけろ!」
激しい口調の黒虎に一瞬男たちは動きを止めた。
───が、顔を見合わせると、ずいと進み出る。
「いくら黒虎さまでも、その命は受けかねますな」
高位の者とはいえ、十を少し出たばかりの子供。過ぎた悪戯とあなどり、薄笑いを浮かべながら肩をつかもうと、男のひとりが腕を伸ばす。
「無礼者!」
黒虎は佩剣を引き抜くと男の頸部に叩きつけ、引きおろした。
鮮血が低い天井にまで吹きあがる。
「こ、黒虎どの……何をなさるのですか……」
男はなおも足を踏み出してくる。黒虎は夢中で顔面を斬りおろした。
絶叫とともに男はおのれが作り出した血だまりに沈む。
もうひとりの男は剣柄に手をかけたが一瞬のためらいを覚えた。
その隙をつき、黒虎はすぐに男の胸部を刺し、全体重をかけてぐいと刃を押し込んだ。
身体をつらぬかれた男が吐いた血を頭からかぶり、その血で柄から黒虎の手がすっぽ抜ける。
彼はそのまま背後の壁にぶつかり、膝をつき、うずくまった。