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殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【第三章】
15/23

「黒虎義心」1

赤く青く()ぜながら光が(こけ)むした石畳の回廊を真闇の中に浮かび上がらせる。


たいまつを片手に持った崇虎(すうこ)の子、崇黒虎(すうこくこ)は、幽里(ゆうり)獄塞(ろうごく)の地下牢舎を進む。靴音が壁にこだまし、冷えびえとした空気と相まって不吉に響き渡る。


(本当によいのか……)


自問であった。


黒虎はそれに対し心の中でうなずき、右の掌にあるものを強く握りしめる。


───それは牢の鍵であった。


彼は長い通路のつきあたりの檻の前でその歩みを止める。


牢の中には四肢を鎖に繋がれた姫昌(きしょう)がいた。全身に打撲痕を浮かばせぐったりとしていたが、たいまつのゆらめきに気がつき顔を上げる。


黒虎は無言のまま、檻を開けて牢に入った。鍵を使い、姫昌の(いましめ)を解いていく。


「黒虎どの」


姫昌はうめきに近い声を押し出す。


「……なにゆえ、わたしを助ける」


「……父の(あやま)ちを、あなたに正していただきたいのです」


顔を伏せたまま、黒虎は言う。


「崇虎……どのを?」


「いえ、崇虎はわたしの父ではありません。

わたしの父は……辛王(しんおう)です」


「なんと!」


「側室の子のわたしは、王妃さま……いえ、蘇妲己(そだっき)(うと)まれ、一時は死をも覚悟せねばならなかったのですが、何かの役に立つだろうと、崇虎が引き取ったのです」


「……そうであったか」


「お願いです! 父を……」


黒虎は言葉を詰まらせた。


───しかし、心決めてぐっと端正な顔を上げ、


「父を討ってください!」


一気に告げる。


「いいのか、わたしがそなたの父上を討っても?」


姫昌は慈愛(じあい)に満ちた視線を少年の瞳に合わせる。覚悟がしっかりとすわった意志の強い光を(たた)えていた。


「さぁ、早くここから出ましょう!」


黒虎は姫昌の手を取り、檻を出る。


「こ、黒虎どの、何をなされているのです!」


異変に気づいた牢番の男がふたり、慌ててかけ寄ってくる。


「そこをどけろ!」


激しい口調の黒虎に一瞬男たちは動きを止めた。


───が、顔を見合わせると、ずいと進み出る。


「いくら黒虎さまでも、その命は受けかねますな」


高位の者とはいえ、十を少し出たばかりの子供。過ぎた悪戯(いたずら)とあなどり、薄笑いを浮かべながら肩をつかもうと、男のひとりが腕を伸ばす。


「無礼者!」


黒虎は佩剣(はいけん)を引き抜くと男の頸部(くび)に叩きつけ、引きおろした。


鮮血が低い天井にまで吹きあがる。


「こ、黒虎どの……何をなさるのですか……」


男はなおも足を踏み出してくる。黒虎は夢中で顔面を斬りおろした。


絶叫とともに男はおのれが作り出した血だまりに沈む。


もうひとりの男は剣柄(つか)に手をかけたが一瞬のためらいを覚えた。


その隙をつき、黒虎はすぐに男の胸部を刺し、全体重をかけてぐいと刃を押し込んだ。


身体をつらぬかれた男が吐いた血を頭からかぶり、その血で柄から黒虎の手がすっぽ抜ける。


彼はそのまま背後の壁にぶつかり、膝をつき、うずくまった。

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