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殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【第二章】
13/23

「妲己囁声」4

「……それは、西岐(さいき)の職人に作らせました 『美女』の人形です」


美女、というところに子牙(しが)は力を入れた。


蘇后(そこう)の頬がかすかに動いた。


緊張の電流が大広間せまりと駆け抜ける。


しかし艶貌(かお)にはそれ以上何もあらわさない。


また侍臣に囁く。


「……せ、西岐では、こ、このような市井(しい)の娘ごときを美女と呼ぶのか?」


額と言わず、鼻と言わず、首と言わず、汗を吹き出させた侍臣が、己の言葉をつけ加えて尋ねる。


「なにぶん西岐は辺鄙(へんぴ)な国。ゆえに朝歌(ちょうか)ではどこにでもいるような婢女(はしため)を美女と称しているのです。しかし、このような者が束になっても、至上芸術、天女のごとき王妃さまの美貌には足元にも及びません」


その場を席巻する殺気とも言える緊張感を知らぬかのように、しれっとした顔で子牙は歯が浮くようなことを言ってのけた。


「……こ、こ、このようなものがたくさんおるのか?」


蘇后の囁きを一段と震えが激しくなった声で侍臣は伝える。


「……はぁ、掃いて捨てるほどに」


「掃いて捨てるほどに……か」


侍臣の反芻(はんすう)を聞き終えないうちに、蘇后はくつを返して、垂簾(みす)の奥へと戻っていった。


蘇后(そこう)の嫉妬心を逆手に取る───これが子牙(しが)の策である。


彼は西岐(さいき)でも指おりの職人に、蘇后を想像して人形を作れと言った。


蘇后に自分の姿を()した人形を見せ、さらに子牙が西岐にはそのような女性は掃いて捨てるほどいると伝える。


たとえ絶世の美女の誉れを欲しいままにしている蘇后でも、必ずや恐れを抱くはず。辛王(しんおう)が西岐の地へおもむき、もしやその美女たちに心奪われてしまわないか、と……

下げられた紗幕(まく)の内で、蘇后は侍臣を呼び、一言二言何かを告げる。


侍臣が大仰(おおげさ)にその大きな頭を何度何度も上下させているのが、使者たちには見てとれた。そのうち、突き出た腹をさらに張り出すようのけ反って、頓狂(とんきょう)な声をあげる。


しばらくして、彼は幕の外に出て姿勢を正し、西岐(さいき)の使者にむきなおると咳払いをひとつ。


姫昌(きしょう)どのの身を西岐にお返しいたしましょう。さらには『西伯(さいはく)』の称を与えます。いまより増して、西方の安康(あんこう)に努められよ、とのこと」


蘇后の代弁をつとめる彼の広い額や団子のような鼻は、あふれる汗で濡れ光っていた。なんて大それたことを伝えているだろうか。自分でも信じられない、そう泳ぎまわる目が語っていた。

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