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殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【第二章】
12/23

「妲己囁声」3

朝歌(ちょうか)郊外。


そこには「沙丘(さきゅう)の離宮」という壮麗な宮殿が横たわっていた。


酷烈(こくれつ)な税法によってしぼり取られた人民の膏血(こうけつ)による産物である。


子牙(しが)散宜生(さんぎせい)閧夭(こうよう)、男装した(れん)はここで、辛王(しんおう)の妃に(えっ)する。


謁見の間は丹塗(しゅぬ)りの柱が林立する大広間で、壁といわず天井といわず、みな(すい)()らしたもの。床には赤い毛毯(もうせん)が敷き広げられ、四人はそこに拝跪(はいき)していた。


彼らの前には光石珠玉(ほうせき)はもとより珊瑚(さんご)、美酒、珍味、妙薬、獣皮、亀甲などなどの高価な品々が山のようにつみあげられている。


これらは姫発(きはつ)から辛国王妃に献上されたもの。しかし、ただ単に高価な品々を貢ぐために謁したわけではない。


───秘計によって幽里(ゆうり)獄塞(ろうごく)に幽閉された姫昌(きしょう)を救出する。


その計略を提案したのは、かの姜子牙。


西岐(さいき)より持参した高価な品々は、この計略の元手となるものであった。


その中で最も高価なもの、それは西岐の支配権である。


「西岐も昏君(ばかとの)にくれてやりましょう」


と、子牙に言われて姫発もすぐに首を縦にふる短慮(たんりょ)の人ではない。


彼がためらっていると、


「どうせ、商を倒せば戻ってきますよ」


子牙が力強く説得し、姫発はやっと決心するにいたったのである。


「……で、願いはそれだけか、とのことです」


王妃はその姿を、献上品の先にある(きざはし)の上、竹を薄く編んだ垂簾(みす)の陰に隠していた。彼女の言葉は横に立つ、でっぷりと腹をつき出した侍臣(じしん)が代弁する。


「はい、われらが主、姫昌を獄より出していただければ」


四人を代表して、子牙が平伏して述べる。


彼は、黒のふち飾りがついた白い打掛(うちかけ)をまとい、金髪の上には綸巾(りんきん)、手には羽扇(うせん)、顔には眉と目元に微粧(けしょう)(ほどこ)していた。


───垂簾が巻き上げられる。


王妃は、天上者(かみ)の創造物かのような、神々(こうごう)しいまでの美貌の持ち主であった。目、鼻、口、そのどれもが形も大きさも完璧に配されていた。さらに美粧と絹薄紗(きぬらしゃ)と光石に彩られ、その容姿(すがた)はまさに天女。


辛国王妃、蘇后(そこう)


───またの名を妲己(だっき)という。


辛王は彼女の歓心を得たいがために、あらんかぎりの力を尽くした。蘇后の言葉がそのまま王の政令となり、(まつりごと)は彼女の意を迎えるための道具になり下がった。


ゆえに「稀代(きだい)毒婦(どくふ)」と、人は言うのだが……


男三人はもちろん、少女の蓮すら彼女の美しさに思わず感嘆する。


垂簾を出て、色香漂わす典雅(てんが)挙措(しぐさ)で階を降りた蘇后は、献上されたいくつもの品々をながめる。


そして、光り輝くその中にあって、あまりに薄汚れた土人形を、白磁(はくじ)のようなその手にとった。


侍臣に何かをささやく。


「これは何か?」

代弁する侍臣の言葉に、


(きたぞ!)


四人は身を硬くした。


ここからが子牙の編み出した策の勝負どころであった。

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