「妲己囁声」3
朝歌郊外。
そこには「沙丘の離宮」という壮麗な宮殿が横たわっていた。
酷烈な税法によってしぼり取られた人民の膏血による産物である。
子牙、散宜生、閧夭、男装した蓮はここで、辛王の妃に謁する。
謁見の間は丹塗りの柱が林立する大広間で、壁といわず天井といわず、みな粋を凝らしたもの。床には赤い毛毯が敷き広げられ、四人はそこに拝跪していた。
彼らの前には光石珠玉はもとより珊瑚、美酒、珍味、妙薬、獣皮、亀甲などなどの高価な品々が山のようにつみあげられている。
これらは姫発から辛国王妃に献上されたもの。しかし、ただ単に高価な品々を貢ぐために謁したわけではない。
───秘計によって幽里の獄塞に幽閉された姫昌を救出する。
その計略を提案したのは、かの姜子牙。
西岐より持参した高価な品々は、この計略の元手となるものであった。
その中で最も高価なもの、それは西岐の支配権である。
「西岐も昏君にくれてやりましょう」
と、子牙に言われて姫発もすぐに首を縦にふる短慮の人ではない。
彼がためらっていると、
「どうせ、商を倒せば戻ってきますよ」
子牙が力強く説得し、姫発はやっと決心するにいたったのである。
「……で、願いはそれだけか、とのことです」
王妃はその姿を、献上品の先にある階の上、竹を薄く編んだ垂簾の陰に隠していた。彼女の言葉は横に立つ、でっぷりと腹をつき出した侍臣が代弁する。
「はい、われらが主、姫昌を獄より出していただければ」
四人を代表して、子牙が平伏して述べる。
彼は、黒のふち飾りがついた白い打掛をまとい、金髪の上には綸巾、手には羽扇、顔には眉と目元に微粧を施していた。
───垂簾が巻き上げられる。
王妃は、天上者の創造物かのような、神々しいまでの美貌の持ち主であった。目、鼻、口、そのどれもが形も大きさも完璧に配されていた。さらに美粧と絹薄紗と光石に彩られ、その容姿はまさに天女。
辛国王妃、蘇后。
───またの名を妲己という。
辛王は彼女の歓心を得たいがために、あらんかぎりの力を尽くした。蘇后の言葉がそのまま王の政令となり、政は彼女の意を迎えるための道具になり下がった。
ゆえに「稀代の毒婦」と、人は言うのだが……
男三人はもちろん、少女の蓮すら彼女の美しさに思わず感嘆する。
垂簾を出て、色香漂わす典雅な挙措で階を降りた蘇后は、献上されたいくつもの品々をながめる。
そして、光り輝くその中にあって、あまりに薄汚れた土人形を、白磁のようなその手にとった。
侍臣に何かをささやく。
「これは何か?」
代弁する侍臣の言葉に、
(きたぞ!)
四人は身を硬くした。
ここからが子牙の編み出した策の勝負どころであった。