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殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【第二章】
11/23

「妲己囁声」2

肉の焼ける音が耳朶(じだ)を打ち、姫昌(きしょう)は痛恨に顔をゆがめた。


さらに死臭に満ちた熱風が鼻腔(びこう)を突く。


嘔吐をこらえる姫昌に、白皙(はくせき)の顔を朱に染め、奥歯を鳴らし、槍を握る手を震わせている少年の姿が映る。黒虎(こくこ)義憤(ぎふん)していた。


「黒虎どの、崇黒虎どの」


姫昌の呼びかけに、少年はにらむように檻の中をのぞく。


彼の眼技に怯むことなく姫昌は続ける。


「見るがいい、万億(おおく)の民があえぎ苦しみ、そして賢臣たちがあのようにして殺されてゆく。これみな辛王(しんおう)の狂気のなせるわざ。王こそ()むべき賊ではなかろうか?」


姫昌の言葉に、黒虎は端正な顔を伏せた。


「……この少年、何が善で、何が悪かしっかりわかっている」


説得できるかも知れない───辛王の悪政に、どれだけの人々がれ塗炭(とたん)の苦しみを味わっているかを、佞臣賊徒(ねいしんぞくと)悪鬼跳梁(あっきちょうりょう)している宮廷のさまを、姫昌はとくと少年に説いた。


彼が姫昌に心を開きつつあった時である。


「黒虎、何をしているか」


崇虎(すうこ)が檻車の方へ歩み寄ってきた。黒虎は槍を脇にしまい込み、低頭する。


「黒虎どの!」


いま少しというところで……姫昌は声に力を入れて少年を呼ぶ。


「だ、だまれ!」


黒虎は槍を握りなおし、檻を叩く。


「何をしているかと聞いておる!」


「はい、父上。この者が陛下に対して、悪言をなすものですから、怒りを禁じえず、つい……」


「ほぅ……まぁ、よい。黒虎、おぬしはさがってよいぞ。ご苦労であった」


しかし、その言葉とは裏腹に、子へ向けられるまなざしは尋常(じんじょう)ならざる光を宿していた。


「……は、はい」


黒虎は父を畏怖(いふ)している。到底自分はこの父に逆らうことなどできないと悟っていた。


「……失礼いたします、父上」


ちらりと少年は姫昌の方を盗み見た。


が、視線が合うと、すぐにばつが悪そうに視線をそらし、去っていった。


「どうであった、見ものであったろう?」


崇虎は手にした杖の先で、うつむく姫昌のあごを上にむかせた。


「ゲスめ!」


姫昌は吐き捨てる。


「前にも言ったが、おぬしの殺し方はもっと愉快なものにしてやる。『蛇蠍之刑(だかつのけい)』などどうかな?」


「きさまの顔みたいで趣味が悪そうだ。遠慮しておこう」


「まぁ、そう言わずに!」


渾身(こんしん)の力を込めて崇虎は、杖で姫昌の頭を殴りつけた。


何度も何度も打ちすえる。額が割れ、血が噴き出す。


姫昌は前のめりになってうめき苦しむ。崇虎はさらに力を加え、背といわず肩といわず殴りつけた。


姫昌が気絶してはじめてその動きを止め、肩を揺らしながら気息(いき)を整える。


「はじめに手の指を残らず切り落とす。

次に足の指を、鼻、耳、そのあとで、肘と膝を裂き、蛇と蠍がごまんといる穴の中に蹴落としてやる」


崇虎はねずみのような顔をさらに醜く歪ませる。


姫発(きはつ)とかいう小僧、おぬしが収監されてから、(せき)をきったように豪遊しているそうだ。先刻、西岐(さいき)から使者が参った。貢物(みつぎもの)を持参してな。()びを売りにきたのさ。ご子息は父親に似ず賢明だな」


杖で柵を叩きながら、崇虎は声高に笑った。

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