転生って何か知ってます?
ある日、私の平穏な職場に一人の男が現れた。
「ですから!現世に思い残す事があるなら輪廻転生すればいいじゃないですか!」
「いやー、思い残す事って言うよりか、単にまだ生きてたいって気持ちですかね」
そんなぼんやりした動機で転生されてたまるか。
「じゃあアナタは転生後どうしたいんですか?チート能力を持って生まれたいとか、勇者になる運命を背負って生まれたいとか」
「特にないですね」
「...それではまず整理していきましょうか。名前は東 倫也。年齢は24歳。高校を卒業後に人材派遣の会社に就職。23歳の時にコンサル業界に転職... どちらの会社でも成績は優秀で、年収と貯金もそこそこですか」
「改めて言われると恥ずかしいですね」
「アナタの生前に恥ずかしい事なんて無いですよ。交際歴も一般的ですし、善行の記録もあります。これなら好きな世界で、好きな様に生きていけます」
東は悩みに悩んだ挙句、それでも希望は無いと言った。
「...私を困らせる為に来たんですか?」
「そうかもしれません笑」
何笑ってんねん。と思ったが、私は仕事を全うするデキる女だ。そんな事では怒ったりしない。
「あまり怒るとシワが増えますよ」
「...天使にシワはできません」
「ちょっと天使さん?その殺人光線が出そうな眼差しやめてもらっていいですか?」
いけない、私ったら。ついつい殺人光線を出す所だった。
「どうせなら死ぬ前に培った仕事のスキルを活かせるのがいいですね」
「なるほど... 建国の王なんてどうですか?民の心を掴んで、インフラを敷いて、周辺諸国との関係を維持する。もちろんチート能力もありですよ。人の心を読める能力なんてあったら便利ですよね!」
「はあ、あんまり興味湧きませんね」
「じゃあいっそ、勇者の生まれ変わりなんていかがでしょう!魔王を倒すには、パーティ全体の指揮を上げて戦わないといけません」
「ん〜、もっと無いですかね他に」
「なら色々制限は付きますが、異世界の神様には興味ないですか?本当の神様という訳にはいきませんが、異世界の中だけならある程度自由は効きますよ!」
少し興味を示した東に、私は嬉しくなった。
「いいですよね!神様!誰もが1度は憧れるものです!あ、サンプルの資料なんかもここに...」
「あの、いいですか?」「はい?」
何か言いたげな東は、なかなか本題に入ろうとしなかった。
「...えーっと。あの、天使にはなれますか?」
「え?」 思わず聞き返した。
「だから、天使になりたいんです。リアルの天使に」
「それは...私と同種族という事ですか...?」
「それ以外に何があるんですか」
「...異例の事なので上に掛け合ってみないと分からないです。それに、天使になんかなってどうするんですか?」
「ここで働かせてください」
うわぁ。何かこいつ某ジ〇リ映画みたいな事言ってる。
「と...とにかく、上司に報告しておくので、今日の所は一旦お引き取り願います...」
それから数日後、神は何故か二つ返事で了承し、トントン拍子で事は進んだ。
東 倫也が私の部下として配属されるのに、そう時間はかからなかった。
「で、どうなのよ」
「何がです?」
「天使になった気分よ。人間の時と比べてどうって聞いてるの」
「んー。なんか身体がフワフワしますね。浮いてる感じって言うよりか、身体が無くなった感覚に近いです」
「へぇ〜、まさか本当に天使になっちゃうなんてねぇ。天使になった人間なんてアナタ以外に居ないわよ」
仕事を覚えるのも早かったし、元人間だから私情を持ち込んだりしないか心配だったけど、意外とそういうのにはドライなタイプだったみたいで安心した。
変な所で頑固なのは治した方がいいと思うけど。
「まさか東 倫也を文字って名前つけるとは思わなかったわよ。最高神ってダジャレとか好きなのかな」
「会ったことないんですか?」
「無いわよ。私みたいな天使の端くれが会える訳ないもの」
すると何故か勝ち誇った様な顔をされた。普通にムカついた。
「まあ気に入ってますよ。アズリエルって名前。ただ、アズリエルって人間界では死を司る天使と伝えられてるんですけど、同名の天使とか居ないんですか?」
「同期の天使に似たような名前の子はいたけど、何か問題起こしたとかで、今は地獄で獄卒やってるらしいわよ」
「天界も世知辛いんですね〜」
「...アナタ本当に呑気ね」
「呑気がモットーですから。それより、人間界の食べ物とか電化製品とかがある事にビックリしました」
「あー、神様って案外ミーハーなとこあるからね。神も天使も食事は必要無いけど、嗜好品として楽しんだりするわよ。良い物とか便利な物は、他の種族からも取り入れないとね」
「なるほど...」
ーーーーーこれは人間界で数える所の数年前のお話。俺は天使に転生し、死んだ者の行く先を共に悩み、導き、送り出す職業に就いた。
俺と同じ境遇の人を助けたいとか、単に天使になりたかった。なんて動機ではなく、まだ天国には行けない明確な理由が俺にはあった。
...そして時は現代に戻る。
「次の方どーぞー」
いつものデスクに、いつもの景色。
ここでの生活は気に入ってるし、生前と比べて不便と思った事は1度もない。
だが俺は今、とっても悩んでいる。
目の前に座る女性が部屋に入って10分、一言も喋らん。俺何か悪い事した?気に触る事言ったかな?
「あの... 上井さん?何か言ってくれないと、こっちも困るんですけど...」
彼女は上井 麻里子。大学に行く途中、くしゃみをした拍子に駅の線路に落ちてしまって亡くなった、なんとも憐れな女子大生だ。
「ずっと黙りだと話が進まないですし、私が何か失礼な事をしたのなら謝ります。ですから...」「スマホ」
「へ?」
「スマホが見たい」
なるほど。上井さんの生前の履歴を見れば大体分かる。洒落たカフェで写真を何枚も撮って、SNSにアップするのが生き甲斐の人種だ。スマホ依存症で、手元にスマホが無いと生気を抜き取られた抜け殻状態になってしまうのだろう。
「気分転換に何か飲みますか?」
「抹茶フラペチーノのスマホトッピングで...」
ねーよ。そんなの。
「...転生時にスマホを持って行けばいいんじゃないですか?」
そう言うと、誰かが上井さんの身体にエネルギーを注入したかの様に、みるみる元気になった。
「異世界にスマホを持って行けるんですか!?」
「はい。今人気のプランですよ」
「マジ?アガるわ〜!...で、抹茶フラペチーノまだですか?」
「コーヒーくらいしか無いです」
量産型のウェーイ系女子大生だ。ノリに着いていくのは諦めよう。
こういう女性は飲み会の序盤にサラダをボウルから取り分けて、飲みすぎて終盤にボウルに盛大にゲロ吐くタイプだと、俺の中の相場は決まっている。
「とんだシーザーサラダですね」
「はい?」「いや、なにも」
「とにかく、早く転生させてください!急いでるんです!今日リカコ達が新しく出来たタピオカの店に行くって言ってたんです!もしかしたらリカコ達いっぱい『いいね!』もらってるかも...」
「あの...上井さん?アナタ、ご自分が死んでしまった事に気付いてないんですか?」
「え?死んだ?何言ってるの?...あ!そういう番組でしょ!今流行ってるもんねー!!隠しカメラどこ?」
そう言って上井さんは部屋の隅を観察し始めた。
「アナタは駅の線路に落ちて、電車に跳ねられたんですよ」
「なにそれ、ガ〇ツじゃあるまいし。黒い球体でも出てくるの?」
「どうしても信じないのでしたら...」
俺は仕方なく、上井さんの身体めがけて手を伸ばした。俺の手は上井さんに触れる事無く、すーっと身体をすり抜ける。
「きゃあああああああああ」
「ちょっとうるさい。やめてください」
まあ触れるも触れないも俺の都合で変えられるんだが、これで少しは信じてもらえた筈だ。
上井さんが落ち着くまで数分かかったが、なんとか死んだ事実を認識して貰えた。
「やっと本題に入れますね。スマホ以外に、転生後に持って行きたい物や能力はありますか?」
「まずは私が使ってた化粧品でしょ?それと最近買ったバッグはまだ使ってないから持って行きたい。出来れば服は全部持って行きたいかな」
生前に使っていた私物くらいなら、どれだけ持って行こうが構わない。
「後はネックレスとピアスとモバイルバッテリーもいるよね... あ、私もうすぐだから生理用品も持って行かないと」
多いなおい。ちょっとした旅行じゃねぇんだぞ。
「身の回りの私物や小物なんかは、転生後に必要と判断した時にその都度お申し付け頂ければ送りますので...」
「マジで?どうやって申し付ければいいんですか?」
「念じてください」「すごっ。そんなんでいいんだ」
とにかく話を進めなければ。天使になって疲れを感じなくなったけど、残業なんてまっぴらだ。
「それでは次に、どんな設定で転生したいですか?」
「イケメンと結婚したい。年収1000万くらいの」
「...では王子様なんてどうでしょう」
「あー、王子様って古くない?アイツら女の子の扱い方分かってるんですかね。私あんまり温室育ちって好きじゃなくて、自分の力でのし上がった系のやり手社長とかが好みなんですよね〜。あ、でもやっぱ王子様で」
「では、やり手なイケメン王子様と結婚ですね。何か能力は必要ですか?」
「能力は別に要らないかな〜」
「分かりました。生前の行いも良いので、この条件で転生出来ます。すぐに転生しますか?」
「あ、やっぱ私が発信した物はバズるって能力付けといてください」
転生の項目に「ウシガエル」と書いたが、思い直してすぐに消した。
しばらく手続きをして、上井さんは光に包まれて転生して行った。
消える間際に「馬鹿女、向こうで迷惑かけんなよ」と言ってやりたかったが、後が面倒くさそうなので心にしまっておいた。
いや、本当に迷惑をかけないといいが...
最近何故か面倒な死者ばかり来る気がする。
天界流の新人潰しかと思った。ここでの仕事はもう数年になるが、天使の寿命を考えたら例え100年経っても新人のままかもしれない。
俺に部下はいつ出来るんだろうか。そんな事を考えていると、天使が生まれるシステムについて気になってきた。
「明日先輩に聞いてみようかな」
独り言とは珍しい、と自分で思った。
「人」というのは、学んで変化する生き物だ。どうしようも無い時にこそ、人が踏み出す1歩には価値がある。転生というのは、自分自身ではどうしようもない力で、自分自身が変化していく。不安を抱きながらこの部屋のドアをノックする人も少なくないだろう。
そして俺も少しずつ変化していく。
まあ俺は天使だけど。