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悩める子羊と悩む子羊と

 

 「次の方どーぞー」 あからさまに眠い顔をした俺は、今日でもう30回目のノックを聞いて大あくびをした。

 失礼します。と開いた扉から申し訳なさそうに入って来た小太りの20代男性は、汗を吹き出しながらニヤニヤして椅子に腰掛けた。

 「い...いやぁ。まさか本当に...てっ...転生なんてあるんですね...ぐふふ」

 「はーい、そーですねー。じゃあ軽く自己紹介と、希望の能力や人生を教えてくださいねー」

 待ってましたと言わんばかりに小太りの男性は立ち上がる。

 「まず勇者は外せないですよね!勇者は!!...それからイケメンで女の子にモテモテで、ドラゴンに育てられて龍の力が使えて、それから...」 「はいはい。分かったんで自己紹介をお願いします」

 正直もう白目を剥いて倒れそうだった。

 死んだ人間が行く先は限られている。生前に徳を積んだ者は「天国」へ。犯罪者などは「地獄」へ。それを決めるのは神様だったり、時には神様の使いである天使だったりする。

 キリストが産まれてから2000年と少しが経った今、神様にも多様化が求められていた。

 犯罪を侵した訳ではない若者は口を揃えて異世界転生させろと神様に願った。

 そしてあろう事か、神様は首を縦に振った。

 ここは天界の、面談会場とでも言えばいいだろうか。異世界転生を夢見た若者がぞろぞろと列を作っている。

 犯罪者は地獄行きが確定していて転生出来ないので、ヤバいやつが来ることはない。それが唯一の救いだ。

 ただし、全員が希望した人生で、希望した能力を持って、希望した世界に転生出来る訳じゃない。そんなに都合良くない。

 さて...と、書類に目を落とす。

 机を挟んだ向かいには、汗を撒き散らしながら必死に喋ってる小汚い男性がいるが気にしない。

 「はぁ...」 深い溜め息が出る。

 名前は新取 与太(にいとり ようた)...らしい。

 年齢は28歳らしい。無職で、交際歴はないらしい。夜中にコンビニに行こうとして、ヤンキーが運転する原チャリに()かれて死んだらしい。あまり興味が湧かない。

 「で、新取さん。希望の勇者ですが、生前がニートでしたら良くて道具屋の見習い程度になるんですが...」

 「はっ!?ジョブは勇者か大賢者(だいけんじゃ)暗殺者(アサシン)しか認められないのですが!?ど...道具屋ってwww あんたそれでも神様かwwwブフォwww」

 「はあ、私は天使ですが。それに勇者も大賢者も暗殺者(アサシン)も難しいですね。なれる事はなれるんですが...」

 「本当ですか!本当なんですね!?」 新取さんが机を強く叩いた。

 こいつ、言動がいちいちイラっとするな。農民とかにしてやろうか。

 「まあ...それなりの代償が着いてきますが」

 「ふっはーーwww 大賢者になれるのなら代償など笑止千万(しょうしせんばん)!受けて立とうではないかwww逆に逃れられぬ血の代償を背負った暗殺者(アサシン)とかもカッコイイwww あ!褐色で銀髪の暗殺者(アサシン)!いいわぁーw いいのが降りて来たわwww」

 「大賢者か暗殺者(アサシン)どっちかにしてください」

 「勇者で!!!」

 「...じゃあ勇者になった場合の代償ですが、まず能力は選べません。運が良ければ、それなりに強い能力を持って転生します」

 「...いや、間違えた。ドラゴンに育てられた勇者に転生します(キリッ」

 こいつ殺してやろうか。

 俺はパラパラと書類をめくって考えた。こいつの薄っぺらい生前では、どう改ざんしてもドラゴンに育てられた勇者になんかなれない。

 小中高と彼女はいない。親友と呼べる友達はおらず、成績は(ちゅう)()

 そして大学を中退してニートへ。漠然(ばくぜん)と、自分は何かデカい存在になると思っていた。

 あー、これはよくいるタイプの痛いヲタクニートだ。こういうやつは適当に流して早めに終わらせないと後がダルい。

 俺はしかめっ面を笑顔に変えて上を向いた。

 「はい!それでは、新取さん。アナタはドラゴンに育てられた勇者に転生します。与えられる寿命は1.3秒です!次の人生を楽しんでください!では!」

 「ちょいちょいちょいちょーーーい!」

 そそくさと書類を片付けている俺に向かって、目をひん剥いてすがり付いてくる新取は既に転生の光に包まれかけていて、ファーっと青白くなっていた。

 「1.3秒ってなんだコラ!目覚める前に死ぬわ!真面目に仕事しろや!」

 「無職のクセに...」

 「何か言った?」

 「...いえ。とにかく、アナタの要望を叶えると1.3秒でギリギリです。こっちも頑張ってるんですよ」

 「なに迷惑な客だな。って顔してんだよ!とにかくやり直し!こっちは若くして死んでんだから、ちゃんと100歳くらいまで生きたいんですよ!」

 文句だけは一丁前(いっちょうまえ)贅肉(ぜいにく)の塊が、怒りに任せて油ぎった長髪を振り乱す。

 「んー、勇者という点は抑えておきます。寿命も一般的な寿命に合わせましょう。その代わり、特別な能力は無しです」

 「ええー!俺だけ最強の勇者じゃないと駄目なんですよ!?やっぱり転生といえばチート能力でしょ。MP9999とかw 手に持つ武器が全部魔剣になるとかwww」

 「あー、いいですね。新取さんの前に来た人は魔法剣士だとかスマホを持ってくとかスライムになるとか言ってましたね。ですが新取さんの場合、それを採用すると老婆とかで転生しますが?」

 「使えねー天使だな!」

 何でこいつ地獄行きにならなかったんだろ...

 「では一旦、適正な人生や能力を算出してみましょうか」

 そう言って俺がパソコンをいじってると「へぇ〜天使でもパソコンやるんだwwwなんのサイト見てるんですか?www」と感心していた。

 こいつは俺が仕事中にネットサーフィンでもしてると思ってるのだろうか。

 「出ました」

 「なになに!?早く教えろくださいw」

 「えーっと...職業は茶摘(ちゃつ)み、絶対に鼻が詰まらないという能力ですね。あと、30歳くらいには村の同世代の女の子と結婚できます。写真見ますか?はんぺんみたいな顔してますよ」

 「よくそんなエグい文章読み上げれますね!天使の皮を被った悪魔だ...うっ...吐き気がしてきた」

 「奥さんはそこそこ可愛いですよ。あ、はんぺんみたいに肌が白いとかじゃなくて本当にはんぺんに似てます」

 「そこだけ詳しくインフォメーションしてくれなくていいよ!」

 まあ異世界に転生してまで茶摘みをして、はんぺんと結婚するのは抵抗があるかもしれん。ただ、仕事があるのは素晴らしい事だ。

 「文句ばかり言ってると怪鳥(かいちょう)に転生させますよ」

 「なんだよその怖い(おど)し!じゃあチート能力はいいです...だからせめて勇者で超絶美少女にモテモテ!これは絶対!絶対にだ!」

 「新取さん、生前の交際歴0ですよね... 女性と話した事は?」

 「流石にあるわ!小学生の時に席が隣だったエミちゃんとなwww」

 俺は立ち上がり、新取さんの肩を力強く掴んだ。

 「えっ...えっ...何してるんですか」

 「いや、肩ロースが部位の中で1番好きなので」

 「誰が豚だよ!...ちょ!いたっ!痛い!痛い!」

 「...(あぶ)ってもいいですか?」

 「ダメに決まってんだろ!」

 椅子に座り直した俺は、新取さんの方を見ずに言った。

 「まあ欲求に素直なのはいい事ですが、異世界に転生しても幼女(ロリ)は犯罪ですよ」

 「えっなんでロリコンって分かったんですか」

 少しだけ静寂があった。

 「あ、今やっぱりって顔した!失礼な!紳士の(たしな)みだ!」

 「...んー、なんかロリババアとか居るんじゃないですか?知らんけど」

 その言葉を聞いて、新取さんはシジミみたいな小さい目を限界まで見開いた。

 「でもモテモテは厳しいですね。モテ度は生前の交際経験によって決まってきたりしますし、そもそも勇者を希望した時点で好みの容姿で転生できる訳ないじゃないですかw」

 「おい笑ったな!チクショウ!じゃあ寿命半分でいい!半分でいいから勇者でモテモテにして!」

 「...んんん。その件については一旦こちらで検討します。が、もう他のことに時間使ってる余裕ないんで、容姿は今のままになると思っておいてくださいね」

 すると新取さんは10秒くらい悩んで何か(ひらめ)いた様な表情をしてから(うなず)いたので、通報しようかと思った。

 「では、出来るだけ審査に通るように設定したので、これで上に持っていきますね」

 「上って、上司... 神様ですか?」

 「まあ、そんな所ですかね。ここまで無理に設定すると、もう私では決定権がないので...」

 「審査が通らなかったらどうなるんです?」

 「審査に落ちた方は天国行きになります。でも安心してください。天国からまた異世界転生の申請ができるので、時間はかかりますが 転生は確実にできます」

 あ、それと... と言って資料を出す。

 「これが天国です。どうです?いい所でしょう」

 資料には天国の写真が載っている。パッと見では現世と変わらないが、好きな年齢の自分で生きていけるし、歳もとらない。働かなくていいが、定期的に善行(ぜんこう)をしないといけないのと、最高神の講演会(2時間)には必ず出席しなければならない。

 「なんか微妙」

 ...それはそうだろう。正直、資料を見た人のほとんどが なんか微妙って顔をする。

 「とにかく、しっかり審査して貰いますんで、今日の所はこの辺で...」

 渋々(しぶしぶ)といった感じで部屋を出ていった新取さんは、最後に俺の腕を強く掴んで「絶対に勇者ですよ」と念を押してきた。

 腕にはじっとりした油がついていた。


 俺が休憩中に全力で腕を洗っていると、廊下の向こうから女性が歩いて来た。

 「あら、奇遇(きぐう)ね。アナタも休憩?」

 ええ、まあ。と軽く流して腕を洗う。

 「...人でも殺して来たの?」

 「違いますよ。嫌な人に当たっちゃって」

 「ああー。あんまり深く聞かないでおくわ」

 「助かります」

 この人は俺の上司で、仕事のほとんどを叩き込んでくれた恩人だ。

 「この仕事してたら()になる天使が多いから、アナタも気を付けなさいよ」

 「先輩こそ、前に腰やったの、まだ引きずってるんじゃないですか?」

 「まったく、激務薄給(げきむはっきゅう)なのよね〜」

 「僕の場合は好きでやってる仕事なんで大丈夫ですけど、先輩は異世界転生が導入されてからの人事異動(じんじいどう)でここに来たんですよね。前のとこで何かやらかしたんですか?事実上の降格ですよね」

 「いや、私の希望でここに来たのよ。軍神の側近(そっきん)なんてやってられないわよ。あのスケベ親父... イヤらしい目でジロジロ見てくるんだから」

 「ははは。どうです?終わったら()みにでも」

 「珍しいわね、アナタからの誘いなんて」

 俺は仕事終わりは直帰(ちょっき)するタイプだった。

 でも今日は何故か酒に(ひた)って、昔の事を思い出したくなった。

 「さて、午後も頑張りますか〜!アナタも無理しないようにね」

 「では、後で」

 お互いに別の方向に背を向けて歩いていく。

 ドラマみたいでなんかカッコイイなって思った。


 次の日、申請の結果が出たと聞きつけた新取さんが勢いよく部屋に入ってきた。

 「ああ、新取さん。ノックくらいしてください。突き飛ばしますよ」

 「いきなり辛辣(しんらつ)だな!...まあいい、早速結果を聞こうではないかw」

 俺が結果が書かれた紙を出すと、新しい玩具(おもちゃ)を買ってもらった子供のように目をキラキラ輝かせて身を乗り出した。

 「えー... 結果から言いますと、申請は通りませんでした」

 そう言うと、新取さんは見た事ない角度で回転しながら倒れた。

 「なんで... 俺の何がいけなかったんだ...」

 「落ちた理由としては、ニートで恋愛経験0でブサイクってのが大きいんだと思います。まず、モテモテの勇者だったら魔王とか倒しに行かないといけないんですよ?出来ますかね、新取さんに。周りの期待とか凄いですよ?そのプレッシャーに押し潰されて異世界でも引きこもったりしたら転生は無意味だったということになります」

 「うるさいうるさいうるさい!大体なんだ!神様だったらそれくらい出来るだろ!お(やす)御用(ごよう)だろうが!」

 「...まあ、お(やす)御用(ごよう)だとは思いますが、神様は6日かけて世界を作った後に1日休んでます。神様にだって休暇は必要なんですよ余計な事に時間を割いてる場合じゃないんですよ。私にも有給をください」

 「それは自分の上司に言えよ!」

 まあまあ、と別の書類を見せる。

 「申請には落ちましたが、新取さんにぴったりな話がありますよ」

 怪しい勧誘を見る目で新取さんがこっちを向く。俺は最高の作り笑顔で説明を始める。

 しばらく説明...もといゴリ押しを続けると「まあそれなら」と了承してくれた。

 これで面倒なやつから解放されると思うと胸がすく感覚がした。

 しばらく事務作業をしていると、ノックが聞こえてきた。入って来たのはお菓子を持った先輩だった。

 「件のニート君、解決したみたいね。これ、お菓子焼いたんだけど食べる?」

 「へぇ、先輩ってお菓子作りとかするんですね」

 箱に綺麗に並べられたクッキーを1つ取ってかじると、味噌汁を甘いコーンポタージュで割って、砂糖の代わりに塩を使ったケーキにぶっかけた様な深い味がした。

 「なんか...宇宙みたいな味ですね」

 「褒めてるの?それ」

 先輩の宇宙クッキーを食べながら、新取さんは楽しんでくれているだろうかと、異世界に思いを()せた。


 その頃、異世界は真夜中。

 ()()()()と雪が降る夜空に一筋の光が指す。

 光が降り立った先は1軒の民家、若いエルフの夫婦と娘が1人。物音で目を覚ました一家は外へ飛び出した。

 そこには、真っ赤な服を着た新取さんが恥ずかしそうな顔をして立っていた。

 「誰ですかあなたは... こんな夜中に...」

 若いエルフの妻は怯えた表情で夫の後ろに隠れた。

 「い... いえ、怪しい者ではないんです... ふひっ... あの、これを娘さんにw」

 新取さんは真っ白の大きい箱を差し出した。大袈裟(おおげさ)なリボンが巻かれている。

 すると娘は嬉しそうな顔をして 「あ!お友達が言ってた!雪が降ってる夜にプレゼントをくれる優しいおじちゃん!えーっと... さ、さた...さん...」

 「まさか、噂は本当だったのか」と夫は驚く。

 「さん...さんた!サンタさんだぁ!」

 「ぐっ、ぐひっw エルフたん尊すぎwww 1番大きいプレゼントあげようねw」

 エルフの、それも年端(としは)もいかない乙女が目を丸くして喜ぶ。その姿を見て、新取さんは「Yesロリータ Noタッチ」を誓った。

 新取さんは、今日も「ソリで空を飛ぶ」能力を使って世界中の子供達に夢とプレゼントを運ぶ。トナカイはいないが代わりに良く似た魔獣(まじゅう)(したが)えた。

 笑い方も「ふぉっふぉっふぉ」的なのにしようと思ったし、(ひげ)も伸ばそうと思った。

 子供たちの、なによりロリの笑顔が眩しくて、新取さんは伸ばした(ひげ)が真っ白になってもこの仕事を続けようと決心した。

 そして新取さんが「ショタもいけるな」と思うのは、また別のお話...

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