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『ざまぁ』って楽しい

婚約破棄から始まる破滅の足音

作者: 羽鳥藍那

 王都に在る王立学院の王宮で行われた卒業レセプションに臨んだ私は、婚約者である王太子殿下からの心無い言葉に、予想していた破滅への階段を上る覚悟をした。


「辺境伯令嬢ミルロッテ・ピルグリムよ。この場をもって王太子である我、ユリウス・バウ・リムリアーナとの婚約を破棄する。理由は解っているな? 侯爵令嬢であり我が最愛なるマリア・ミルドレッド嬢に対する、度重なる執拗な暴言と傷害未遂によるものだ」


 私より七歳年上の王太子殿下を愛していた訳ではないが、生まれた時より婚約者として自由を奪われ、事ある毎に陰で蔑まれていた十六年間が無意味な人生であったと知り、ほろりと涙が頬を伝った。

 事実無根である事を訴えたとしても、王太子殿下に腰を抱かれてほくそ笑む侯爵令嬢や取り巻きの令息の冷えた視線を見れば、聞き入れてもらえる可能性は限りなく低いであろう。それならばと国王陛下に視線を向ければ、こちらも余興を楽しむかのような表情で黙って俯瞰している。


「身に覚えの無きこととは申せ、罰を、とおっしゃるのならば甘んじてお受けいたします。しかしながら、家族に累のおよぶ事が無きようご慈悲を頂けないでしょうか」

「あい分った。この件に関しては聞き届けよう。カルバート、お前が連れていけ」


 意地の悪い笑みを浮かべた王太子殿下の脇から、取り巻きの一人であり近衛騎士でもあるカルバート・リンデンバウム様が苦々しい表情で進み出てくる。


「あの……」

「婦女子に刃を向けるのは不本意なれど、罪人に掛ける情けも持ち合わせが無いのでね。素直に収監される意があるなら黙ってついてくるように」

「……はい。ご迷惑をおかけします」

「では、殿下。行ってまいります」


 騒然となっていたホールもいつの間にか静まり返っていて、退出する私に向けられる視線は厳しいものが大半だった。それでも顔だけは上げて歩くのは、辺境伯として国を守る任を与えられた一族としての矜持だった。


 王宮の一角に配置されている近衛の棟には貴族向けの牢獄が備わっていると聞いていて、そこに収監されるものと思って言われるままに馬車に乗ったのだが様子がおかしい。車内に響く音からすると、王城を出て森を進んでいるようだった。

 膨らむ不安に一度目を瞑ると、斜め前に座るカルバート様に思わず声を掛ける。


「あの。どこに向かっているのでしょうか」

「陛下の指示で離宮に向かっている」

「陛下の、指示?」

「王宮内では人目に付くのでね。なので、待遇に期待はしないで頂こう」


 一旦目隠しされて連れてこられた部屋は、殺風景の一言だった。

 大きめのベッドと丸テーブルに椅子が一脚。それで手狭になるほどの広さの部屋に、バス・トイレの続き間があるだけでクローゼットも有りはしない。年配の侍女が一人だけ部屋に居たが世話係だろうか。窓にはすりガラスが嵌っていて、開かないように板が打ちつけられている。もっとも、建物の三階では飛び降りて逃げ出す事は叶わない。


「遅くとも二週間はかからないでしょう。それまでは侍女を一人置きますので、必要な物が有れば言付けなさい。常時外から施錠しますが、食事の際は見張りを入室させます。それでは、私はこれで」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ただ今戻りました」


 収監の翌日には王宮へ戻り、陛下の元へと報告に上がった。

 そこには王太子殿下と内務大臣、父の後釜として数年前から騎士団長を務めるコレル卿が揃って密談を交わしていた。グレン・ピルグリム辺境伯から領地と辺境軍を取り上げ、王弟派や中立派への見せしめに処刑に引きずり出す算段も佳境のようだ。


「手筈通りか?」

「はい。離宮の警備はそのままに、第四騎士隊の者には外を張らせました。マリア嬢はサイラスが付いていますので、問題は無いかと」


 サイラス・パーシバルの家は中立派の伯爵家令息だが、殿下に重用された事から嫡男の立場を利用して得た情報をリークしていた。事が済んだ暁には内務局の重役に就く事が決まっており、それまではこちらの陣営である事を隠しているのでマリア嬢の隠匿先を世話させたのだ。


「しかし、あれはコレル閣下の手配ですか? 酷いものですよ。目隠しに猿ぐつわで何人の男に嬲られたのか、顔も体も傷だらけで髪も散乱していました。一束持ってきましたので、両親に送りつけてやったら如何です?」


 陛下の問いに淡々と答えれば、殿下が顔をしかめて「お前とて幼馴染だろうに」とこぼされる。確かに先代騎士団長であった父に連れられ、幼い頃より王宮に上がって王太子殿下と共にいれば婚約者であった彼女とも親交は有る。人質の様に囲われている令嬢に思うところもあったが、国家を二分しそうな情勢下では些末な事と切り捨てるべきだろう。


「私は騎士として国に剣を捧げました。そこに私情は挟みませんし、国のためなら鬼にもなりましょう。それが代々騎士団の要職に就いてきたリンデンバウム家の矜持です」

「指示はミルドレット侯爵だろ。騎士は不要というので、侯爵の伝手から傭兵を募って配備した。貴公も分かっていて放置したのだろ?」

「国に仇成す毒婦に情けを掛けろと? 計画に差し障りが出ない様、死なすなとしか言いませんでしたよ。武人は私情を挟むなと教えてくれたのは、貴方ではないですか」

「もちろんだ。現場で勝手されては困る。貴公のその働き、草葉の陰で御父君も誇らしく思っておろう」


 父の窮地に目をつぶり逃げおおせたうえ、後釜にのうのうと収まっている輩がどの口で申すのかと怒りも湧くが、今は黙って目礼だけ返す。計画の最終段階で、反感でも買って立場を失うのは得策ではないのだから。

 陛下はそのやり取りをニヤニヤしながら見ておられ、ミルドレッド内務大臣は興味なさ気に言葉を漏らす。


「もう少し感情的な娘ならば私が相手しても良かったんだが、人形の様な無表情に薄い体ではのう」

「そうですか。私としては謀反人を早く片づけて、ご息女と王太子殿下との婚姻を進めて頂きたいものです。国内が落ち着かないと、おちおち遊びほうけられませんからね」

「ならばピルグリム辺境伯夫妻が飛んでくるよう、その髪を早急に送らせる事としよう。親子そろって絶望の淵で処刑してやるのが、今から楽しみだ」


 昨日辺境伯領に向けて、出頭命令書の早馬は出立している。呼び出し内容は、侯爵令嬢への傷害未遂と王家へ無礼を働いた娘に対する申し開きの機会を与える、となっているはずだ。状況によってはそのまま娘の処刑もあり得るので、夫婦そろっての出頭になる事は疑いようも無い。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 建国王に国内外の要として辺境の領地を賜って後、これまで数十代に亘って尽くしてきたピルグリム家を、今代の王はあまりにも蔑ろにしてきた。

 王弟殿下に聞き及ぶかぎりでは、先代王より当家の秘密について明かされたのは王弟殿下のみとの事であった。さらに現王は、当家が保有する辺境軍を国軍の一部と考えているようだが、それとて先王陛下が当家の役責を秘密にした故の事だと言う。

 しかし、薄々は何かを感じ取っていたのであろう。娘が生まれると王子の婚約者とされて、五歳を前に王宮での生活を強いられてしまった。体の良い人質である。


 当家は建国王に付き従った影の一族の末裔であり、その最優先の役責は国家に仇成す王の排除である。


 先王は公明正大な方であったが、息子に対しては寛大過ぎた。第一王子が問題を起こそうとも口頭で諌めるに終始し、あまつさえ立太子も推し進めてしまったのだから、上位貴族からの反発が巻き起こった。

 国の分断を嫌ってこれを鎮めたのが、側室の子である第二王子であった。殿下は早々に隣国へと留学を決め込み王弟派の出鼻を挫くと、王位継承権を持ったまま彼の地で姫を娶り侯爵位を得てしまったのだ。

 だが国内の問題がこれで解決したわけでは無く、先王が崩御すると王子派の好き放題が始まって財政が傾き始めた。前騎士団長の突然すぎる死去で、国王派を止める者も途絶えてしまった。


 当家が動くしかない状況に至って王弟殿下に打診したのが昨年の春であり、水面下で動いていたにも拘らず王弟派が派手に動き始めてしまった。こうなってしまっては娘の事は諦めるしかないと決断し、断罪決行の矢先に届いたのが呼び出し状だった。


「まさか、この様な冤罪で呼び出しを受けようとはな。レセプション後のミルロッテの足取りも掴めてはいない様だが、国王は何を考えているのだろうか」

「私たちを呼び出すための人質ならば、命までは取られていないでしょうが。中立派などへの見せしめとして、揃ったところで処刑かも知れませんね。意に沿わない者が兵力を持つのを、殊の外嫌がっておられた様子ですし」

「カルバート・リンデンバウムが向こうに付いたのが痛手だな。騎士団のどこまでが信用に値するのかがまったくもって掴めん。こうなってしまっては、飛び込んで活路を開くしかないだろう」


 跡目として育てた甥と妻に後を託し、腹心の部下数人だけを伴って王都に向かう事にした。王都との間に横たわる迷いの森を抜ければ、移動時間を三日詰める事ができる。少しでも王都の状況を掴み、カルバートによって途絶えた影の協力を仰がなければ、この国は滅んでしまいかねないのだから。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ピルグリム辺境伯一行が森を抜ける情報はすでに掴んでおり、陛下を含む主だった者への報告も済んでいた。こちらの情報を掴まれる前に一網打尽にする手筈も整い、明日の邂逅を前にミルドレット侯爵に付き添っている。

 事ここに至って、娘が抵抗しているとの話を聞きつけたものだから、楽しみたいと言い出したのだ。


「傭兵どもは一時退去させ、部屋は整えさせています。奴らは街道を進んでいますから、まだまだ時間もかかりましょう。私は外に出ておりますので、ご存分にお楽しみください」


 離宮に着くと、侯爵を真っ直ぐに客間へと案内する。客間の大きなベッドの上には薄布を纏った娘が腕をベッドに縛り付けられ、布袋をかぶせられてグッタリと横になっていた。湯は使ったのだろうが、見える素肌には痣や切り傷が見え、扱いの酷さを物語っていた。


「お前の最後の相手を連れてきた。内務大臣に抱かれる名誉を有りがたく思うのだな」


 その声が聞こえた途端、娘は身をよじって抵抗し始めたが、口を塞がれているために籠った呻き声しか聞こえてこない。


「ははっ。これほど反抗的だったのなら、最初に抱けばよかった。さあ、楽しませてもらおうか」


 退出して控えの部屋へと回り、扉の傍らにそっと控えると情事におよぶ声が聞こえて来る。聞くに堪えない言葉攻めや体を打ちつける音が絶え間なく響き、ミルドレッド卿の嗜虐性を垣間見た。

 どれくらい経ったであろうか。


「なんだ、もう抵抗する気力も無くなったか。それなら顔を拝んで更に屈辱を与えてやろう」


 扉を蹴り破る様に部屋へと踏み込むのと、ミルドレッド卿が娘の被り物を剥いだところで、娘の虚ろな瞳を凝視していた。


「なぜ……。なぜここにマリアが」


 体を重ねたまま漏れ出た言葉に、歓喜して剣を抜き放つとミルドレッド卿の脇腹を切り裂く。避けきれずにベッドから転がり落ちたミルドレッド卿だが、これ以上は動く事も叶わないだろう。


「どうです、実の娘を辱めて抱き潰した感想は。良かったですか? 楽しめましたか? 殿下にもサイラスにも開いていた股だ。毒婦には相応しい仕打ちだと思いませんか」

「なぜ、こんな事を……」

「我が愛しきミルロッテ嬢に仇成したのです、当然の報いだと思うのですが? 最後に楽しんだでしょうから、心置きなくサイラスの後を追いなさい。そこの毒婦はユリウスに届けてあげますから。それには一緒に旅立つか、修道院にでも入るのかは選ばせて差し上げますから」


 物音で駆け付けた部下の一人をマリアの監視に残し、ミルドレッド卿を引き摺るように地下まで運ぶと、サイラスを突き落とした竪穴に放り込む。元々は脱出用の秘密通路だったのだが、四代前に起こった正妃と側室の争いの際に出口の全てが埋められ、正妃一味を秘密裏に処分する際の捨て場となった経緯がある。

 サイラスは馬車に乗って直ぐに毒殺し、着いた途端に放り込んだので腐敗が進んでいるような臭いが漂っている。傭兵どもには裏切り者の処分だと言い含めたので、喜んで手伝ったものだが、そいつらも昨晩には息の根を止めて客間の樽に塩漬けで転がされている。


「カルバート様は屋敷へ戻られますか?」

「あぁ。ミルロッテ嬢に詳細を話す必要がある。ピルグリム辺境伯一行が見えられたら、手筈取りに王宮へ向かわせろ。全て済んだらお前たちも次の段階に移行してくれ」

「承知いたしました。ご武運を」


 屋敷に戻り着替えを済ませて使用人部屋のある三階へと赴くと、フロア中央の部屋を躊躇いもせずにノックし、部屋付の侍女が開いた扉から入室した。

 無理して運び入れたベッドの上には、夜着の上からガウンを羽織ったミルロッテが座っている。連日のように顔を出し、時間が合えば夕食を共にする事もあったが、偽りの立場を甘んじて受け入れた彼女に笑顔など無い。


「夜分に申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」

「囚われの身なれば、こちらに否はございませんでしょ。処分が決まったのでしょうか」

「いえ。そろそろ御父君が王都に着かれるようなので、贖罪とお願いに上がりました」

「贖罪?」

「はい。ミルロッテ嬢は、辺境伯としてでは無いピルグリム家の役責を、ご存知でしょうか?」

「存じております。が、それをお話しする訳には参りません」

「かまいません。ピルグリム家の負う役責と同じ様なものを、リンデンバウム家も負っています。主には王都警備の暗部に関するものですが、今回の騒動については王弟殿下の指揮下で動いております」

「王弟、殿下の?」

「そうです。殿下は、国を蝕む現王とその側近を粛清され、王位に就かれる事をご決断なさいました。可及的速やかに辺境伯家を巻き込まずに進めていたのですが、ミルドレッド親娘の独断専行によって計画が狂ってしまいました。本来であれば王宮内で護衛させていただくつもりでしたが、婚約破棄によって貴女が害される事が確定してしまったのです」

「それは、私を人質とした辺境伯位の剥奪と揃っての処刑でしょうか? 王太子殿下は常々、辺境伯位をサイラス殿の家にお渡しになると話しておりましたでしょ」

「それだけではありません。貴女が本来囚われる場所の警備は、ミルドレッドの雇った者が受け持ち、貴女を辱める段取りでした」


 辱めと言う言葉に、ミルロッテ嬢は怯えの表情を浮かべて震えながら肩を抱いた。


「そちらは私の方で手を回して、マリア・ミルドレッドに引き受けさせました。先ほど実父にも辱められて、アレの精神は壊れてしまったかもしれません。父親は切って捨てましたので、ここからは時間との勝負なのです。おそらく二日後には御父君とのご対面が叶うと思いますので、それまではこのままお過ごしください。衆目の面前で罪人の如く扱った事とこの様な場所に監禁した事を謝罪いたします」

「今ここで謝罪をなさるのは、今生の別れと言う事でしょうか?」


 真剣な眼差しで問いかけられたことで、つい視線をそらせてしまう。それでも誠意は見せるべきだろうと、視線を合わす事無く俯いたままでハッキリと伝える。


「この手は幾多もの暗躍にて、多くの血に染まっております。王弟殿下の御手は血で染めてはならないのです。ですから、もうお会いすることはございません」

「では、謝罪を受けましょう。ですが敢えて言わせていただきます。この度助けて頂いたお礼は、事が済んだ後にお伝えさせていただきます。それが現世で叶う事を願っております」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 戻った王宮内は、何故だか皆が浮足立っている様だった。

 戻るべきでは無かったかと立ち止まった所に、顔馴染の政務官が声を掛けてきた。


「王弟殿下が隣国の軍隊を借り受け蜂起なさったと聞きましたが、リンデンバウム様はそのご報告で登城されたのでしょうか」

「いや、陛下の勅命で離宮まで行っていました。蜂起の話は事実なのでしょうか」

「隣国バクスの軍が国境を越え、王弟殿下の蜂起に協力すると宣言したそうです。王弟殿下がいらっしゃったかは未確認ですが、グレン・ピルグリム閣下の不在で領内での睨み合いになっていると」

「ならば、コレル閣下に進言して来ましょう」


 陛下に目通りを願い出れば、すぐさま王太子がやって来て執務室へと通される。

 そこにはコレル卿とバストール卿が地図を前に陣形を詰めていた。バストール卿はピルグリム辺境伯に変わって辺境軍を統べる予定であった侯爵であり、先々代の当主は数々の武勲を立てた猛将であった。そこまでの武勲を立てたにもかかわらず、騎士団での要職も辺境を守る軍も与えられなかった事に不満を持っている。


「一人か? 内務大臣はどうした」

「あの娘が気に入ったのでしょう。もう少し残ると言うので、部下を残して戻って参りました。ところで、王弟殿下が蜂起したと聞きましたが」

「たく、好色爺めが! 役立たずめ! 隣国の軍隊が国境を越えた。王弟殿下が治める領地の旗しか見えぬそうだが、騎兵と歩兵合わせて一千五百の軍だ。侵攻と見ていいだろう」

「して、対応はどうなさるのでしょうか。バストール閣下が予定通りに辺境軍を掌握して事に当たるのですか?」


 二人して出立してくれるのならば捗るのだが、コレル卿だけならば王太子も連れて行ってほしいところだ。


「バストール殿と王太子殿下が、第三と第五騎士隊を率いて当地に赴く。出立は明朝だ。私は第二騎士隊を率いてグレン・ピルグリムの捕縛に当たる。奴の足取りはどうなっているか」

「第四騎士隊に張らせている何処の中立派とも接触を持たず、馬にて王都に向かっています。奥方は領地に居残り、明後日には王都の街屋敷に入り登城の沙汰を待つものかと」

「では、屋敷を手中に収めて罠を張るか。お前はしばらく城内で大人しくしておけ」


 別に手柄を横取りしよう等と思ってはいないが、上司の指示ならば黙って従う振りくらいはさせてもらおう。最早、早く事が済んでくれる事だけが自身の中を占めていて、妙に心が凪いでいる。そう、あの娘を陰ながら守った日々ももうすぐ終わるのだから。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 闇にまぎれて離宮を観察していると、表に着けられた馬車に騎士に付き添われた女性が乗り込むのが見えた。遠目ではあるものの自分の娘かどうかは見て取れ、二人の部下に監視を継続させつつ馬車を追った。

 行き先は王城の様だが、もう直ぐ森を抜けようかといった所で馬車が止まり、中から騎士が降り立ちこちらに手招きをしてきた。バレてしまっているならば罠だとしても飛び込むしかなく、連れてきた部下に御者を見張らせるように配置して出てゆく。


「ご無沙汰しております、ピルグリム辺境伯閣下。お嬢様の件で主より伝言がございますが、聞いて頂けますでしょうか」

「リンデンバウム家の手の者か。中の娘がミルロッテで無い事は分っているが、奴は何を狙っている」

「我が主は邪魔者の排除を目論んでおります。その一環として、閣下には我々と登城していただきたいのです。もちろん、囚われの身となって。そうすれば、お嬢様は無事にお返しいたします。国境を越えられご領地が危ういのですから、大人しく受け入れて頂けませんか」

「……分かった。だが、娘に何かあれば、地獄の果てからでも貴様らの命を奪いに来るぞ」

「そうならない様、善処いたしましょう」


 剣を預けて後ろ手に縛られた状況で馬車に乗れば、うつろな目をして無反応な娘が座っていた。髪を短く切られていて違和感を抱くものの、内務大臣であるミルドレッド侯爵の娘で間違いなさそうだ。それにしても、薬でも使われているのか全く反応が無い。

 視線で問い詰めるが、カルバートの部下は意味ありげな笑みを浮かべるだけで、説明も釈明も避けている。まさかミルロッテも同じことをされているのでは、と背筋の凍る思いをしたが確かめる術も無い。


 そうしている中に城内へと導かれ、ミルドレッドの娘とは別に近衛騎士に連行される。連れ込まれたのは謁見の間で、玉座には陛下が肘をついてこちらを見やり、その後ろにはカルバートが立っている。他にも近衛が六人ほど居るが、物の数ではないだろう。


「よくぞ参った、ピルグリムよ。そなたに反逆の意図有りと断定したが故、この場に来てもらったが、相違ないか?」

「何をもってご判断なされたのか解りかねます。忠義ゆえに幼き頃より娘を王宮に上げましたし、辺境の要として励んできたと自負しております。それでも反旗の意図有りとご判断なされたのならば、領地と爵位をお返しし家族そろって平民になるのも辞さない所存です」

「ほう。中立派を取りまとめ、王弟派に組する相談をしていると聞いたが?」

「ですので、返上せよと仰せならば否はございません。娘を返していただけるのならば、他には何も望みませんので」

「どうだろうか。すでに、ミルドレッドが傭兵どもに下げ与えたそうだぞ。まだ王都に居れば買い戻せようが、無一文の貴様に果たしてできるだろうか」


 思わず上げた視線に、人を小馬鹿にした笑みを浮かべる陛下が映り思考が弾けた。

 靴に隠し持ったナイフで拘束を解き、傍らの騎士を殴り飛ばして剣を奪い、三人を袈裟懸けに切って捨てるのを息もつかずに成し遂げ、玉座に駆け寄るとカルバートが割って入り逆手で剣を引き抜いた。奴は満面の笑みを浮かべ、抜き放った剣をそのまま後ろに座した陛下へと突き立てた。


「カ、カルバート。なぜ……」

「王弟殿下の治世に、ウジ虫どもは要らないのですよ。すでにミルドレッド卿も先はサイラスも、あの世で陛下をお待ちしています。追って、他の者も送って差し上げますので、ご安心なさい」


 捻って引き抜いた剣を追うように噴出した血しぶきを、笑みを浮かべながら浴びるカルバートはこちらに剣を向けてくる。壁際に居た残りの騎士は状況に付いて行けないのか、剣を抜き放つ事も出来ずに壁際から動かずにいる。


「さて、まずは貴方だ。ミルロッテを手に入れるに邪魔な貴方にも死んで頂こう。なに、飽きるまでは可愛がってあげますから、心置きなく死んでください」


 そう言い放つと同時に突き入れられた剣を避け、左手のナイフで喉を突きに行くが難無く躱される。一旦間合いを取って睨み合う頃には、壁際に居た兵も剣を抜き放って迫って来ており、多勢に無勢の状況を嫌って短期決戦を仕掛ける。

 ナイフに仕込んだリングに指を掛けて投擲すると、カルバートは僅かに体をずらして回避行動をとりつつ踏み込んできた。予想通りの展開に、投擲モーションから一気に左手を引ききると、ピアノ線でリングに繋がっていたナイフがカルバートの首筋を掠めて浅く切り付ける。

 踏込のブレたカルバートの目前に小型の手榴弾を置き土産にして、体を斜め前に投げ出すと同時に背中を爆風が駆け抜ける。


「まだまだ、貴方には敵いませんでしたね」

「娘は何処だ」

「さぁ。口を割らすのに拷問でもしますか?」


 黙って剣を振り降し、カルバートの焼けただれた右腕を切り落とす。すでに感覚が無いのか死に瀕しているのか、憎らしいまでの薄ら笑いを貼り付けたままジッとこちらを見ている。


「娘は何処だ」

「私の屋敷の使用人部屋に居ますよ。さぁ、止めを刺してお行きなさい。生き恥をさらしていれば、涙のご対面が叶うでしょう。私は御免ですがね」


 ならばと、躊躇いも無く左足を切り落として切り口に蹴りを入れる。さすがに出血も酷い事になっているので、あえなく気絶したようだ。


「お前たちに忠義があるなら、陛下のご遺体が穢されぬようお守りしろ。一名は王妃殿下の元に赴き、事の次第をお伝え申し上げるように。こ奴の言が正しければ、一両日中に王弟殿下が登城しよう。それまでは粛々と勤めを全うされよ」


 居残った兵にそれだけを告げ、娘を救うべく城を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ぼんやりとする頭が、左手に触れる温もりを心地よいと訴えかけてくる。

 瞼に光を感じ、目を開くと見知らぬ天井が視界に映り込む。


「ここは……」

「目を覚まされましたか」


 零れ出た言葉に質問を返され、そっと首を傾けて声の主を仰ぎ見る。安らぎを感じる声の主は、最後に会った時とそれほど変わらない簡素なドレスを纏ってベッドサイドの椅子に座っていた。

 体を起こそうと力を入れた右腕に感覚は無く、体自体も思う様に力が入らない。


「やはり貴女の父君は詰めが甘い。こうして生き恥をさらさない様、あれだけ煽ったにもかかわらず止めを刺せなかったのだから」

「そこはカルバート様が反省なさるところでしょうね。今生でお礼を述べさせて頂けなければ、早々に来世へと旅立たねばなりませんでした。あれから既に半月経っています。既に王国は、王弟殿下が即位の方向で調整が詰められているそうです。貴方の処遇は、回復を待ってなされるそうです」

「ユリウスは?」

「彼の方は、マリア様と共に直轄地の城に籠られました。マリア様は相当のショックだったらしく、記憶を失ってしまった様で、ユリウス様が最後まで連れ添うと申されたそうです。それより、貴方は片腕片足を失ってしまいましたが、どうするご予定ですか?」

「拾ってしまった命です。罰を受け入れ、罪を償い、国のためにこの命を捧げますよ」


 その答えで満足したのか、ミルロッテ嬢は部屋を出て行った。彼女が声を掛けたのだろうか、見掛けたことのある軍医がやって来て体の状況を説明してくれた。

 右腕と左足は欠損してしまい、手榴弾の火を被った事で顔と体の一部に消えない火傷跡があるそうだ。出血量が多かったこともあって、意識が戻らぬまま逝く可能性もあったとの事。あの場に居た兵士が応急処置をしてくれたから助かったのだと、機会が有ったら礼を述べる様にと勧められた。


 更に半月が過ぎ、杖を突いて歩けるようになると登城を命じられた。

 すでに王弟殿下が新王として即位しており、陛下直々の呼び出しである。

 通された部屋は軍議を行う部屋で、陛下の他に主要な役職に就く面々が揃っている。どの様な沙汰も平常心で受けようと入室したものの、陛下の脇に控えるグレン・ピルグリム辺境伯の睨み付ける視線に、怯みと畏怖の念が湧上って顔が引きつるのを感じた。

 膝を突く事も出来ぬ体なれど、部屋の中ほどで座り込み這いつくばる様に首を垂れる。


「さて、カルバートよ。随分と指示を無視した挙句に、とんでもなく先走って行動したようだな。さしずめ、その体は天罰でも下ったという事だろうか。何か申し開く事は有るか」

「この体は、鬼を怒らせた所業に寄るもの。此度の私の罪は万死に値するものであり、いまだ罰を受けてはおりません。なにとぞ、我が意を汲んだ寛容なる処罰をお与えください」


 静まり返った室内に扉の開く音が嫌に大きく響き、衣擦れの音と共に一人の入室者があった。その人物は私の横まで来ると、膝を折って言葉を発する事無く佇んだ。


「さて、ピルグリム辺境伯令嬢ミルロッテよ。そなたの発言を許そう」

「カルバート様の此度の所業に、私に危害が及ばないようにとの意図があった事、父よりお聞き及びと伺っております。父の一方的な誤認による私怨にて、カルバート様は私生活にも困る体となってしまいました。私は彼に助けられた礼を、この生涯を掛けて返したいと考えております」

「その願い叶えよう。カルバート・リンデンバウムにミルロッテ・ピルグリムとの婚姻を言い渡すとともに、辺境伯領に留まりバクスとの通商調整を命ず。これをもって此度の罰とする」

「恐れながら! 私の体は自業自得。ミルロッテ嬢にご迷惑をお掛けする訳には参りません」

「ならばグレン・ピルグリムを、王家の腹心に対する私怨による傷害罪として処罰しなければならぬ。爵位を剥奪し、一族郎党を流刑に処さねばならぬが良いか」

「それは……」


 どちらも有り得ない処罰ではあるが、それを通してしまえる権限と性格を有する事も承知している以上、黙って従う他ない。ミルロッテ嬢を窺い見れば微笑んでこちらを見ており、グレン殿は渋い表情でこちらを見ている。


「グレン・ピルグリムよ、発言を許そう」

「カルバート殿。娘の窮地を救っていただいたにもかかわらず危害を加えた事、申し訳なかった。他に好いた女性が居ないのなら、どうか娘の我儘を聞き入れてもらえないだろうか」


 そう言って頭を下げられれば否は無く、謹んで沙汰を受け入れた。


 彼女の手を借りて退室し、案内されるままに控えの間に足を踏み入れて長椅子に体を預けると、付かず離れずの位置に彼女も腰を下ろした。

 幼き頃に憧れた関係に成れた嬉しさよりも、慕う相手に迷惑を掛け続けなければならない境遇に申し訳なさが先に立つ。


「貴女は義務から申し出られたのであろうが、もし後悔するような時が来たら申し出てほしい」

「城に上がってから今まで、常に気に掛けて頂き庇って頂けていた事は存じております。立場上、王太子妃としての義務を果たさなければならないと思っておりましたが、表に出せぬ思いとしてカルバート様をお慕い申し上げていたのです。あの場での発言は建前で、どちらかと言えば状況を利用して本懐を遂げたという所でしょうか。ですから、後悔などするはずは無いのですよ」


 そう言って微笑みかけてくれたミルロッテ嬢は、そっと寄り添うように体を寄せてきたので、左手で抱きしめ生まれて初めてのキスをその唇に落とした。新たな役目を与えられた以上、不自由な体に鞭打たねばならないが、彼女が支えてくれるのなら乗り越えて行けると思えた。

ランキング入りするなど初めての経験で戸惑っていますが、総合の日間で36位(9/16)。週間では総合104位、ジャンル別23位(共に9/18)だそうです。

応援して頂けた方々へ、ありがとうございましたと伝えたい。

その気持ちを糧に、良い作品をもっと書いていきたいと思います。

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