第九十話 湯里響子と大悪魔
前回までのあらすじ
武井と内藤を圧倒するリリス。
魔力も底を尽き、もはや命を削りながら支援を行う沢村。
香川は岬を失ったショックにより茫然自失。
サタンの攻撃により立石は戦闘不能。
今まさに窮地に追い込まれた彼らに救世主が現れた。
それは、東雲を追って来た生徒会長、湯里響子その人であった。
先程まで、武井と内藤を圧倒する力を見せていたリリスだったが、響子を前に体を硬直させていた。
キュンキュン…
響子は両手にした剣をまるでチアリーダーがバトンを振るうかの如く、軽々と回転させつつ、リリスを追い詰めていた。
「こちらからいきますわよ! はっ!」
響子の右手にあるサンブレードが、炎のような熱と眩い光を発し、リリスを薙ぐ。
「ちっ!」
すんでの所でバク転で回避するが、響子の勢いは止まらない。
左手に握りしめたムーンブレードを天高く突き上げる。
「夜空に輝く星々よ、我が力となり敵を貫け! シューティングスター!」
頭上に掲げたムーンブレードから、無数の流星に似た光の弾がリリスめがけて降り注ぐ。
「ぐっ!」
回避し損ねた一つがリリスの右足をかすめた。ほんの小さな傷だったが、その傷口から黒煙が生じる。
「このムーンブレードは悪魔払いに特化した剣なのですわ。いかがかしら? 神聖な教会の元で月の光に照らされながら聖人の祈りを込められたと伝えられた伝説の剣の切れ味は? お気に召して頂けたかしら」
リリスは膝を抱えるようにしゃがみこみ、響子を憎しみの目で睨み付けた。
「さて、できるだけ苦しまないよう、止めをさしてあげますわね」
二つの刃が高速で回転する。
交差する太陽と月。二本の刃が合わさる時、それはまさに金環日食に似た光の輪が空中に静止した。
「輝く日輪よ。我が力に応え、魔を滅せよ! 光輪明星斬っ!」
旋回する光の輪がリリスの五体を切り裂く…ように見えた。
(もう、リリスの魂は不要…)
しかし、光の輪が届くより早く、彼女はバックステップで回避していた。その動きは、傷を負いながらも先程より更に素早かった。
ギャアァァッ!
「な、なんだ!」
今しがたリリスの姿があった場所には悪魔の叫び声と共に、黒い人魂のようなモノが煙をあげている。やがて、小さくなり、それは消失した。
「…ようやく、本性を現しましたわね。あの夢の中の少女アリス…だったかしら」
「あ!東雲…いや、リリスの髪が真っ白に!?」
リリスの髪は美しかった艶やかな黒髪から一転し、真っ白な白髪となっていた。また、瞳は朱が交り、まるで血の色と化した。
リリス…いや、アリスは制服を破り捨て裸体となる。その背には大きな翼。両手には鋭い爪が月光に照らされ光っていた。
(さて。ここからは、あーちゃんの出番ですわ)
「生徒会長…?」
響子は二本の剣を鞘に納める。
「…どうした。何故、戦わない?」
怪訝な表情でアリスは問う。
「私の出番はここまでですわ。後はあーちゃんに任せますの」
彼女の背後から、ひょっこり顔を出すフランス人形。
この場にいる誰しもが生徒会長のいたずらとしか認識できない。
悪魔アリスを除いて。
「そんな、何故ここに…」
驚愕し、二三歩後退る。彼女は恐怖におののき、自身の意思とは無関係に多量の汗が流れ落ちた。
「うん。君がベルゼブブの使い魔ね。ようやく尻尾を掴めたわね、悪魔だけに! ってね、ここ笑うところだから。あははっ!」
呆然とする武井達。
「会長、何故、こんな時に腹話術なんかを…あ! 余裕を見せて俺達を安心させようとしているのか」
「武井くん、残念だが違うと思うよ。今気付いたがあの人形。かなり抑えている…かなりの魔力をね」
沢村も合わせて頷いた。
響子があーちゃんと呼ぶ、そのフランス人形と出会ったのは酒呑童子戦の翌日の事であった。
あの戦いからスピカの指示でレナスのメンテナンスを行う事となった。生徒会の面々は久し振りに本来の仕事に戻っていた。
放課後の学園内、中庭にて。
「あら?」
響子は校内の見回りをしていた際に、偶然中庭でベンチに座った一人の女生徒を見かけた。太陽もお務めを終え、地平線の彼方に隠れようとする時間。とうに下校時間は過ぎているというのに、彼女は一体のフランス人形を膝元に寄せ、何かしら話しかけているという不思議な光景だった。
「貴女! 下校時間はとうに過ぎておりますわよ。早く帰宅なさい」
女生徒は響子の声に驚いたのか、ベンチに人形を置き去りにしたまま駆けていった。
「あ、貴女っ! お人形、忘れていきましたわよっ!」
響子の呼び掛けも既に遅く、彼女の姿は既に中庭から消えていた
。
「まったくもう。…でも、彼女、学園では見ない顔でしたわね。他校の生徒かしら」
仕方なくベンチの人形を回収しに歩み寄る。
「あ、あらまぁ!!」
運命の出会いであった。夕暮れに映える真っ赤な唇。ほんのりと色付く頬。綺麗なブルーの瞳。さらさらと風に揺れて輝く艶やかなブロンドヘア。その髪に小さな可愛らしいリボン。
全てが響子の理想の人形だった。
(か、可愛いわ!究極の愛らしいお人形さん。今まで多くの職人に作らせたどのお人形さんにも負けない私の理想のお人形さんだわ)
それは可愛い物好きの響子の胸を高鳴らせた。
(も、持って行っていいわよね。えぇ、これは生徒会のお仕事。当然に決まってますわ。彼女を放置するなんて許せませんもの)
すかさず両手を差しのべ抱え上げる。見つめるほどに愛らしく、響子の胸を締め付ける狂おしい衝動で、彼女はフランス人形を胸に抱き締めた。フローラルの香りが鼻腔をくすぐる。
(あぁ、至福ですわ!)
「痛いっ!」
「?」
辺りを見回す。響子以外に中庭にはだれもいない。
「痛いって言ってるでしょーが! 放しなさいよっ!」
「あら?」
声はフランス人形から聞こえる。
(ボイスメッセンジャー機能が付いているのかしら?)
あちこちとスイッチを探して人形をひっくり返してみる。
「わわわっ! 逆さにするなっ! 髪が乱れるじゃないのっ!」
「へ?お人形さんが…喋った?」
普通の人間なら、驚き、人形を放り投げて走り出すところだが、彼女は普通ではなかった。
「わ、喋った!うわぁ、凄い凄い!」
瞳を輝かせて、幼き子供のように無邪気にはしゃぐ。普段は生徒会長として凛とした態度をとる彼女だが、こと可愛い物を見ると理性のたがが外れてしまうのであった。
「わわわ! 振り回すなっ! 目が回るぅ!」
その声に我にかえる。
「はっ!私とした事が。…えーっと…貴女はどなたかしら?」
「ふふふ。人間よ、聞いて驚くな! あたしは偉大な大あ…」
「だいあ…?それに声がちょっと風邪気味みたいな…大丈夫?」
(うわわ。疑われてるっ! てか、あたしが人の病にかかるわけないじゃない!)
響子が不思議そうに聞き直す。
フランス人形は響子の心を読んだ。
「ごほんごほんっ!あー、あー…うん、もう大丈夫だよ。あたしは、大好きあなたの守護霊アスタちゃんだよー」
その外見に沿うような可愛らしい声。
(危ないとこだった。しかし、今の人間にはこういうのが好まれるのか?ひと昔前とはかなり変わったな)
響子は特殊なタイプに入るのだが、今の彼女には知るよしもない。
「!!」
響子の頬が緩み、顔がみるみる紅潮していくのが分かる。漫画だと頭の天辺から湯気が出ているだろう。
「…アスタちゃん。大好き…私の守護霊さま…」
夢かもしれないと一応、左足のかかとで右足のつま先を踏んでみた。さぁっと血の気が引く。思いのほか、痛かったらしい。
「だから、ちょっと相談があるんだけど、いいかなぁ?」
大きく首を縦に振る。
「この学園に、アルピノの生徒がいるだろう?教えて欲しい…あ、教えて欲しいなぁ…ってね」
「はぁ、はぁ…え!? あ、ごめんなさいね。アルピノ? うちにはそのような生徒いなかったと思うけど」
(なるほど。流石に目立つか。では…)
「あの。お姉さん…響子お姉さんとしばらく一緒にいたいなぁ」
ピーッ!
沸騰が最頂点に達した。
「え!? ちょ、ま…ままま…」
響子はフランス人形を抱き締めたままいずこかへ走り出した。
(あぁ! この熱いリビドーをどこに向ければよいのかしら…神様、私に素敵な守護霊さんをありがとうございます)
(だから、あたしは……まぁ、いいか。今はルシファー様の命令に従うまで)
この時の一件以来、二人はお互いを良き友人として一生付き合う事になる。
湯里響子と大悪魔アスタロト。
ベルゼブブの計画に気づいていたルシファー。そのルシファーの命令により、学園に潜入した大悪魔アスタロト。
フランス人形に姿を変えていた彼女を幸か不幸か、学園一の可愛いモノ好き生徒会長に見つかってしまう。
アスタロトの運命はいかに。
次回、湯里響子、大悪魔を手篭めにする
冗談です。
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




