第九話 神楽、懐かしの学び舎へ
土曜の放課後。校庭では陸上部員がトラックにて青春の汗を流している。神楽は予定した一時前に学園の校門前に来ていた。
「神楽先輩よ! あの人っ!」
「あ! ほんとだ! 素敵! ねぇ、握手してもらいに行こうよ」
部活に加入していない者の大半は帰宅しており、時折帰宅途中の上級生女子達の黄色い挨拶に軽く手を振りながら普段着姿(皮ジャンにジーンズ)の神楽は校門をくぐった。
(帰ってきたぞ! 我が学び舎よ)
昨年まで毎日のようにくぐった校門、校舎がひどく懐かしい。
(学食のおばちゃんに挨拶してこよっかな)
と思うのも束の間、見知った顔がやってきた。
「ご無沙汰いたしまして、お姉さま。お早いご到着でして」
響子は満面の笑みで出迎えた。
(って、あいつ?)
その後方に包帯を顔面で覆った男子生徒がゆっくりと歩いてくる。昨日、神楽を襲った本人に間違いはない。
「あんた学園の生徒だったんだ。やり過ぎちゃってゴメンねー」
「こちらが力量を見誤っただけだ。あんたのせいじゃ…」
ピコン!
どこから取り出したのか、響子が手にしたピコピコハンマーが男子生徒の頭部に直撃した。ダメージはない。
「お姉さまになんて口答えするのかしら。というか、貴方は待機の筈でしょ! なんで来るのよ! 本当に申し訳ございませんお姉さま、執行部四天王の一人ともあろうものがこんな失態を」
響子が気付い時には時既に遅し。
「響子ぉー、やっぱりあんたの差し金だったのね。…はぁ、でも執行部四天王も地に落ちたものよね。あたしがいた時はみんな常人離れしたヤツばっかだったのに」
あんたもその一人だと危うく口に出そうになった男子生徒…アイスホッケー部主将、碓氷正則は唇を噛み締めた。
「ま、そんなことより…いるのよね、岬」
「はい、学園長室でお待ちいたしておりますの。案内いたし…」
「はいはい学園長室ね…っと」
神楽はジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、響子の脇をスッと横切った。
「ま、待ってください! お姉さまぁー!」
慌てて追いかける響子。
(やはりHTP3000だな。気を失う前に桁が1つ増えた気がしたのは故障か…または思い過ごしか)
後には碓氷だけがポツンとその場にとり残された。冬を迎えようとする秋風が寂しくほどけた包帯の布地をはためかしていた。