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学園英雄記譚 - Lenas (レナス)-  作者: 亜未来 菱人
ライフサーガ編
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第八十五話 神への祈り悪魔の呪い 後編

魔女狩りに合う母。二人の少女を救った少年。


悲劇の物語は繰り返す。



フィオルはアリサの手を引っ張った。


「お母さん!」


必死で手を伸ばすアリサと茫然と立ち尽くすアリスを引っ張り、少年は群衆の中を駆け抜ける。兵士達は正規兵ではないようで、連携が取れず右往左往している隙に三人はアリサの自宅に隣接している教会へ駆け込んだ。


「おや、村長さんのとこのフィオルじゃないか。三人とも息を切らせてどうしたんだい?」


穏やかな表情の父がしゃがみこんで三人を笑顔で見つめた。


「おじさん!そんな場合じゃないよ!おばさんが魔女狩りに!」


父の顔から血の気が引いた。



魔女狩り。


十六世紀頃から頻繁に行われた。悪魔の使いと言われる魔女と疑いをかけられた多くの者が、はりつけや火あぶりなどで命を落とした。そのほとんどが、人間の恐怖心や疑心暗鬼によるもので、他人を落とし入れる為の嘘や密告であったという。かの有名なフランスの英雄ジャンヌダルクも最後は魔女と見なされ火あぶりにて処刑された。


「ば、バカな!何故、妻が!?」


「おばさん、家の父さんの病によく効く薬を持って来てたよね。父さんの病はよくなったけど、それまで家で雇っていた祈祷師をやめさせたんだ。もしかしたら、そのせいかも…」


フィオルの言う通り、父である村長は余命幾ばくもない謎の奇病で床に伏していた。実は現代でいうがんであった。村長は大金を払い、祈祷師を雇ったが治癒せず、藁をもすがる気持ちで神父に相談したのであった。彼は村長の癌の特効薬の調合を知っていた。この時代の人間にはあり得ない知識が彼にはあった。


「くそっ。せっかくセリーナの病を治したっていうのに…」


セリーナ。彼の愛する妻の名である。アリサ、アリス二人が生まれる前にセリーナは大病を患い、死に瀕していた。高名な医者からも見放されていた彼女を救ったのが、当時まだ駆け出しの医者であった彼である。彼の薬ですっかり良くなり、その後、二人は結婚することになる。


ちなみにその時の彼女の病は現代でいう白血病である。


「お父さん。神様に祈ろうよ!私、お母さんがきっと戻ってくるようにお祈りするから」


アリスは両手を胸に目を閉じた。


「お母さんが無事で戻って来てください。神様、お願いします…」


神父は彼女を抱きしめ、涙した。


分かっていた。神は何もしてくれないのだと。妻の病の時もそうだった。助けてくれたのは…。


教会の扉が開き、見知った村人が駆け込んでくる。


「神父さん、奥さんが!奥さんが!」


開け放たれた扉の向こうから民衆の悲鳴に混じり、薄暗い煙が空に登っていくのが見えた。


(遅かった…)


「あ!」


「キャッ!お父さん!?」


彼は覚悟を決め、神父の服を脱ぎ捨て幼い二人の子を両手で抱えあげた。


「フィオルくん、君は早く家に帰りなさい」


「お、おじさんはどうするの?」


彼は呟いた。


「逃げる…どこまでも…それしかできない」


彼は教会の裏口から森に入った。走って走って走りまくった。息が切れても歩みを止めなかった。しかし、人間には限界が来る。


「いたぞ!あそこだ」


兵士達は賞金首をかけられている神父を追ってきた。


(街道まで出て馬車に乗りさえすれば…)


彼が走るたびに、木の枝が、彼や彼女らを打ち据えた。アルピノであるアリスの白い肌が真っ赤に染まる。


二人は痛みを我慢して必死に父にしがみつく。しかし、その時は訪れた。


彼は地面に張り出した木の根につまずいた。転倒は避けたが、前のめりになった拍子にアリサを手放してしまった。


「お、お父さんっ!」


後ろから兵士が迫る。


(すまん、アリサ!)


彼はアリサを見放した。アリスのみを抱えて走り出す。


「お父さん!お、お姉ちゃんが!お姉ちゃんが!」


アリスの目には兵士に捕らわれ連れて行かれた姉の姿が見えていた。


彼は娘の声が聞こえないかのようにただひたすら走った。


泣き叫ぶアリスの声。何度も心が折れそうになった。


不意に前方から馬のひづめの音が聞こえた。


(た、助かった。街道に出たのか…)


しかし、その希望は絶望へと変わる。


回り道して先回りした兵士の馬の蹄の音だったのである。


「金出して馬を借りた甲斐があったな。ほら、観念しろ」


雇われ兵士は剣を抜く。彼は力なく膝をついた。もう、心も体も限界だった。妻を火あぶりで処刑され、残してきた娘のアリサもおそらく魔女の娘として殺されるであろう。


その時、一陣の風とともに兵士の…首がとんだ。


「!?」


「あ…」


幼きアリスは、悲鳴を上げる隙さえなかった。


漆黒の鎧に身を包んだ男。彼が妻の為に命を差し出し、薬の知識を与えた男。


魔王ベルゼブブであった。


「ふっ。せっかく魂と引き換えに知識を授けたのに残念でしたね。それにしても悪魔と契約を交わし助けてもらったというのに、神に仕える身になるとは…見下げ果てた男ですね」


大悪魔のベルゼブブは冷たい視線で彼をさげすんだ。


「ま、まだ魂の回収には五年あるはず。何故だ!?」


「もういいでしょう?願いを叶えてあげた貴方の妻も私が冥界に送って差し上げましたし。あ、サタンの元の地獄がよかったですか?」


ニヤリと笑みをもらす。


この大悪魔には何を言っても無理だと悟った彼は腹をくくった。


「私の命はどうなってもいい。だが、娘だけは…娘だけは安全な所に連れて行ってくれないか?図々しいのは承知で頼む!」


ベルゼブブは傍らにいるアリスの顔を覗きこんだ。


「………」


アリスは喚き叫ぶ事もなく、ベルゼブブを激しく睨み付けた。瞳は血走り、真っ赤な瞳が更に赤く血で染まるようである。


(ほぅ…)


「いいでしょう。貴方の魂は彼女の魂と引き換えです」


「は?」


「貴方の娘を頂きましょう」


ベルゼブブはアリスを抱えあげた。じたばたと暴れるがどうする事もできない。


「お父さん!助けてっ!」


「アリスぅ!!」


ベルゼブブを背にし、漆黒の馬は父親を残して走りだした。幼いアリスの目には兵士に取り押さえられる父の姿が映る。


「ふっ、私が奪わなくても同族に奪われますか。人間とは愚かなモノですね」




響子は目を覚ます。


(なんて目覚めの悪い夢なのかしら!)


まだ、時間の渦の流れは止まっている。


ふと東雲に視線を送った。彼女は涙していた。


(!?)


彼女の長い髪は黒から純白に変わってゆく。瞳は真っ赤に燃える緋色に変わった。


(まさか、彼女は…)


再び、時の渦が流れ出した。

両親と姉を殺された東雲…アリスの目的は?


裏で糸を引くベルゼブブの狙いとは?


今回もご覧頂き、ありがとうございました。

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