第八十三話 湯里響子走る
先発メンバーが転送した一時間後のお話。
夜間の学園に残る生徒会メンバー。
楽しい女子会…というわけにもいかず、生徒会長湯里響子は憂いていた。
明勇学園生徒会長。
それは誰もが憧れる学園の華。
一昨年は現学園長である時雨岬。
去年は学園一の秀才と名高い犀川環。
今年は、日本有数のレジャー産業第一人者として名高い湯里開発創業者、湯里幸三の孫娘で生粋のお嬢様。気高い美貌とスタイルを併せ持つ完璧女子。その何者もよせつけぬ気品から、氷の女王の異名を持つ湯里響子であった。
しかし、彼女は今かなり機嫌が悪い。
岬達がライフサーガに転送されて約一時間経過した。
デジタル時計が午後9時を知らせる。
(暇ですの…)
今現在、彼女はレナスのメインシステムルームにいる。
(こんな事なら私が行けばよかったですわ)
岬から万が一の事があった場合に君に任せると言い含められ、その気になって了解した事を、今更ながら公開していた。
目の前では、黒川と福井の二人がおしゃべりに夢中になっている。誰かれがカッコいいとか、人気のアーティストは誰これとか、響子にとってはどうでもよい話だった。興味がないとはいえ、地獄耳の彼女にとってはかなり耳障りだったのだろう。突然立ち上がる。
「あなた達っ!今は学園長の指示で待機中とはいえ、あまりにも気を抜いていませんこと?私をご覧なさい。この状況でも規律正しい学生服を着ているというのにあなた方は…」
黒川、福井の両方がパジャマだった。二人は顔を見合わせた。
「会長?今日はここで寝泊まりすると言ったじゃないですか。制服だとよれよれでシワになっちゃいますよ」
「はい。それに余計疲れちゃいますよ。会長もパジャマになりましょうよ。あたし、替えを持って来ていますから」
黒川は持参のリュックを漁りだす。中からリボンとフリルのついた可愛いパジャマが出てきた。
「ほら、これなんかどうです?少し子供っぽいけど我慢して来てみます?」
(可愛い!着てみたい!…だ、ダメよ響子。貴女は二人の見本にならないと)
「け、結構ですわ」
湯里響子。彼女はその大人びた容姿に似合わず、大の可愛い物好きであった。密かな趣味は巷の小学生に大人気、アニメ魔法少女ミキミキのコスプレである。
二人はそうなんですかとあっさりおしゃべりに戻ってしまった。
「でねでね、あたしのクラスメートが聞いたんだけど、夜中に学園を制服姿の女子が徘徊してるらしいよ」
「えっ!深夜は許可がない限り立ち入り禁止だよね」
年頃の女子が大好きな怪談話だ。
「それが、実は人じゃないらしいよ。こう…バァ!って背中から羽が生えてね」
「キャー!止めてよー!」
黒川が大袈裟にジェスチャーすると福井は両耳を両手でおおって膝を抱え込む。
(呆れた…。それにしても、喉が渇くわね)
「あなた達。私は飲み物を買ってくるから、ここは任せたわよ。誰が来てもルーム内に入れちゃダメよ」
「了解しました」
響子は財布を掴み、システムルームを出た。
自販機は外の中庭に設置してある。歩いて約2分足らずだ、何も起こるわけがないと過信していた。
(あれは…執行部の東雲?夜間警備かしら、ご苦労な事ね)
ほんのわずかな心遣いが彼女の運命を左右した。
(彼女にも飲み物買ってあげようかしら)
「東雲っ!ご苦労様!」
自販機から少し離れた中庭の渡り廊下に見えた彼女に声をかけた。彼女は響子と目が合うなり、急に走って校内に消えた。
(変な子ね…)
東雲は彼女も一目置く合気道の達人であった。それを彼女が執行部にスカウトしたのだ。
執行部は生徒会長直属である。学園長と言えども生徒会長の指示なしに動かす事は出来ない。
彼女はふと思い出す。
(今日の警備は…違うっ!アイスホッケー部の碓氷っ!)
響子は東雲の後を駆け出した。
(彼女が走って行った先にはレナスがある!)
嫌な予感が的中した。
システムルームに駆け込むと黒川と福井が発光している転送ルームを見下ろしていた。
「あ、あなた達っ!何してるのっ!?」
「あ、会長!東雲さんの転送始まりますよ」
(東雲の…転送?)
「先程、東雲さんが、会長から学園長のいるライフサーガ内に追加転送を申し出があったって…」
「私は何も言ってませんわっ!」
システムルームから階下の転送ルームが見えるガラス越しに、東雲の姿があった。
「転送まで、後5秒!」
響子は助走をつける為に後ろへ下がる。
「会長、何を!?」
「4秒!」
クラウチングスタートのポーズからのダッシュ。
「3秒!」
ガッシャーンッ!
ガラスをぶち破る。
「2秒!」
落下する。
「1秒!」
「しののめーっ!!」
落下中の響子の手が東雲に伸びる。
「ゼロっ!」
光が瞬き、一瞬で二人の姿が消えた。システムルームの割れたガラスの間から顔を出す黒川。
「あーあ、行っちゃいましたよ。…それにしても、流石スピカさんのバージョンアップって凄いよね。一瞬だもん!」
「洋子…今、そこじゃないと思う…」
強制的に転送された響子。
不可解な行動をとる東雲。
彼女達の行方は?
次回、お楽しみに。
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