第七十六話 川崎利春 その弐
川崎伝です。
想定外に長くなってしまいました。
2話でおさまりそうもありません。
それでも構わないという方、お付き合いくださいませ。
(本当に本物のライフサーガのテスト版か?)
川崎は今朝、自分の下駄箱に押し込まれていたディスクとヘッドディスプレイ、それに一通の便箋を机の上に置いた。
何度も目を通した筈だが、もう一度読み直してみる。
『電脳部部長、川崎様
君に頼みたい事がある。おそらく、君も知っているライフサーガのテスト版を私は手にいれた。約100名のベータテスターにのみ配布された貴重な物だと言うことは理解していると思う。頼みというのは君にこのゲームを攻略して欲しいという事だ。だが、この事は誰にも話してはいけない。君だけの秘密にして欲しい。必ず、現状の君の助けになるだろう。
時雨進』
(時雨進だって?)
川崎は今年から赴任した学園長時雨岬の父だという認識はあった。
(10年程前に失踪したと噂に聞いた時雨進が、何故僕に?)
考えても答えは出ない。
学園長に報告するべきであろうか、彼は悩んだ。しかし、自分の手元に『ライフサーガ』のディスクがあるのだ。ゲームをやっている者なら誰もが手にしたい幻のソフト。あの天才プログラマー柊零次が初めて手掛けたゲームである。ネットオークションに出せば数百万円は下らないとさえ噂されていた。
(僕は…選ばれた人間なんだ)
そう思い込む。間違った事なのだろうが、時雨進は僕を選んで頼んだのだ。断る道理はない。
(僕は悪くない)
その日を境に彼は『ライフサーガ』にのめり込んでいった。
ある日の事。部員達に騒動が起こる。部活動を行わない部員を排除しようという動きだった。現在、自宅で活動している部員は少なくとも五人はいる。しかも、その部員達は武井の呼び掛けで集まった生徒達であった。五人以上の部員が居れば、部の存続にはなんら支障はない。当然、その話は部長の川崎の元へ来た。
「部長、俺らの言い分を聞いてくれよ。俺達はこの部を立ち上げた初期メンバーなんだぜ。それを今さら出ていけなんて納得行くかよ?なぁ、みんな?」
電脳部を設立した当初からいる部員の一人が川崎に詰め寄る。彼を筆頭に五名の部員が頷いた。席のみを入れている連中だ。
「川崎部長!彼等は電脳部に所属しているだけで何もしていない。僕らは日頃から活動しているんだ。川崎部長、見てください。これが証拠の作品です」
電脳部の後期に入部した一年の品川忠次だった。
彼は誰しも認める若き天才エンジニアだった。平凡な家庭で育った彼は、努力と才能で数々の作品を制作し、電脳部の次期部長とさえ囁かれていた。
「一年生風情が調子に乗んなよ!」
「なんだと!二年生だからって優遇されてたまるか!」
一触即発の場面に部室の扉が開き、生活指導の体育教師が入って来た。
「お前ら、とうに下校の時間は過ぎているんだぞ!ほら、早く帰れっ!」
教師の怒声に蜘蛛の子を散らすように、一目散に在籍のみの生徒達は部室を出て行った。
「お前らも帰れよ」
「はい、騒いで申し訳ありませんでした。部室の片付けが終わり次第帰ります」
品川は教師をなだめるように頭を下げた。
(本来は僕がやらなきゃいけないのに…)
川崎はただ、品川を見つめていた。
「困ったものですよね。そうだ、先程渡したあれ!遂に出来たんですよ。あらゆるプログラムに強制介入できる自立型のAI(人工知能)。後で見てください。明日、評価してもらえればあいつらと違うって一目瞭然ですから。では、お先に失礼します」
品川は一枚のディスクを机におき、残っていた活動部員達と部室を出て行った。
「あ、品川…」
(伝えそびれた。僕は君に部長の座を譲るつもりだったのに。明日、はっきりと伝えよう)
しかし、その言葉は伝える事が出来なかった。
後で出て行った部員達は帰宅途中に襲われたのである。打撲や骨折など、金属バットで殴られたと比較的軽症だった部員は言う。しかし、品川はひどかった。頭を殴られ、脳を損傷したのだという。彼は重度の記憶障害を発症し、今は病院のベッドの上だった。
この事件は最近学園で話題になっている通り魔事件だということで済まされた。席のみを入れていた連中とは無関係だと。
それ以来、一人、また一人と積極的に活動していた部員は退部していった。
川崎は泣いた。ただ、ただ泣いた。自分の周りにいる信用していた人間はいつも自分を置いて離れて行くんだと。
(もう、どうにでもなればいい)
帰宅途中、そんな事を考えながら歩いてた矢先、彼は一人の女子に背後から声をかけられた。振り向こうとすると、いきなり足をかけられ転ばされた。なんとか這って起き上がろうとするも、女子は腰の辺りを踏みつけた。
(痛いっ。あいつらの仲間か?)
「あなたが電脳部の川崎君ね。やっぱり、文化部ね。武井君から聞いて興味あったけど…彼の足元にも及びはしないわ。期待外れもいいとこね」
(武井の…あいつも僕を陥れるつもりか!)
女子が油断していたのか、それとも川崎に秘めた力があったのか。彼女の体がふわりと浮かぶ。
「え?何よ?」
「う、うおぉぉっ!」
川崎は跳ね上がるように立ちあがり、彼女をはね飛ばした。
「なんで、こんな力が?」
「…誰か知らないけど、あんたがうちの部員をやったんだね。僕は許さない」
川崎は手にしていた傘を構えた。その姿に武井の姿が重なる。
(へぇ、面白そうじゃない)
「合格よ、あなた。私は執行部二年生の東雲京香。あなたをレナスの新しき仲間として認めるわ」
長い黒髪をなびかせ、彼女はそう答えた。
「…へ。レナス?仲間…?」
川崎は何が何やら分からなかったが、ただ争いが終わった事を理解した。緊張が抜け尻餅をつく彼を、京香は見下ろしていた。
新たな執行部部員登場。
そして、川崎のレナスメンバー入り。
次回で川崎伝最終回。
長くなってすみません。
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




