第七十話 蠢く影
1日目。日本時間22時35分。
立石と武井の二人は内藤に予め聞いておいた一階のバスルームへ向かった。バスルームには、二階である彼等の部屋から一階への階段を降り、応接間までの渡り廊下を歩かなければならない。
応接間を境に東と西に分けた造りになっていた。応接間の奥にキッチンとバスルーム、トイレが完備されている。
部屋分けとして立石と武井と川崎が二階東側の同部屋。二階西側には岬と香川の同部屋。その下の一階西側に春川が部屋を与えられた。ちなみに内藤と沢村は一階の東側にそれぞれ隣合わせに部屋を持っている。
渡り廊下は壁沿いに揺らめくいくつものランタンの炎が、真っ赤な絨毯を照らしていた。応接間のシャンデリアと比べて、ほの暗く、どことなくホラー映画によくある森の中をさ迷いたどり着いた旧館というような物悲しいイメージを感じさせる。
壁には見たこともない羽を生やしている動物を模した彫像と騎士の鎧が何体かに分けて交互に配置されている。
「これ、何か分かるか?」
動物を模した彫像を武井は指さした。
「知らねぇよ。こんな不気味な像」
立石は興味なさそうに呟いた。
「これはガーゴイルっていう悪魔の像だ。以前、川崎が似たような人形を持っていたような記憶がある」
武井と川崎は中学時代からの知り合いで、何度か彼の家に訪れた事があると語った。
「ゲームの中のモンスターか。アイツも変わった趣味持ってんな」
「まぁ、中学から変わってたな。今は落ち着いたみたいだが…」
不意に武井の足が止まった。立石も武井の反応に対し、即座に戦闘態勢をとる。
「影が…動いた」
武井の視線の先には一体のガーゴイルの像があった。
「ランタンの灯りの揺めきかも知れんが…」
じっと身構えるも、影はぼんやりと床を照らしているだけで微動だにしない。
「気のせい…か」
用心の為に床や、像を調べて見たが何の変哲もない。
「こんな場所だから見間違えたんだろ。さ、行くぜ」
「なら、いいのだが…」
その後、武井の不安は的中することになる。
二人が立ち去った後、全てのガーゴイル像の影がうねうねと蠢き、一つに集まる。それは、黒く濃い一つの闇の塊になった後、ゆっくりと人型の形をとった。
(…………)
次に人型は側にあった騎士の鎧と同化するように溶け込んでゆく。
ガシャッ!
鎧はゆっくりと動き始めた。そして、二人の後を追うように応接間に向かい歩き出すのであった。
岬は部屋で武器の手入れをしていた。
聖剣エクスカリバー。彼は幾度となくこの一本の剣に命を助けられていた。
七色に光輝く刀身はいかなる場所でも、その輝きを衰えさせることはなかった。見つめていると、自分の為すことに一切の迷いさえ感じさせない何かしら不思議な力が湧いてくる。
(アーサー王の剣か…)
アーサー王。
かつてイギリスやフランスなど現在のヨーロッパを舞台に活躍した伝説上の英雄である。彼の元には円卓の騎士と呼ばれる12人の優れた騎士がおり、彼等の助けと伝説の剣エクスカリバーにより強大な国家を造り上げた。しかし、信じる者の裏切りなどにより円卓の騎士は分裂し、アーサー王は疲弊し衰退してゆくのであった。
岬はふと、部屋の片隅で禅を組んでいる香川に目を向けた。彼は目を閉じていたが、岬の視線を雰囲気で感じたのか、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「…岬さん、どうかしましたか?」
唯一、彼だけは自分と二人の時に限り、学園長と呼ばず名前で呼んでいた。岬もまた、彼を名前で呼んでいる。
レナスのメンバーでも、初期から共に戦ってきたメンバーで常に岬の側にいた。それだけに最も信頼のおける仲間であった。
「秋人、集中している時にすまなかった。大丈夫だ、気にしないでくれ」
「…清音さんの事を思い出していましたか?」
山県清音。酒呑童子戦で過去に留まった彼女もまた初期メンバーの一人である。彼女の娘である静音の体とその中に宿るマロンの話は岬は勿論、香川もスピカに聞いていた。
「清音さんの妹さんは残念でした。ですが、岬さんが一人で思い悩む事はありません」
香川の言葉があの時から暗く淀んでいた岬の心を打つ。
「少なくとも、私は岬さんを信じて着いていきますから。岬さんの苦しみは私も一緒に背負うつもりです」
「秋人…」
ガチャ!
「階下からか?」
ドアを開いた音だった。
パタン。
暫く間を起き、次はドアが閉まる音。
「春川さんが部屋に戻ったのでしょう。彼女は内藤さんと応接間で話がしたいと言ってましたから。それにしても、見かけは素晴らしい建物ですが、まるで欠陥住宅ですね。階下の音がここまで聞こえるなんて」
日頃から冗談を言うのが苦手で、比較的無口な香川のそんな会話に岬は頬を緩ませた。
「そうだな。あぁ、帰ったら静音を紹介しよう。私も電話で少し話をしたぐらいだからな。会ってゆっくりと話がしてみたい」
「ふっ。清音さんの娘さんですか。さぞかし男勝りな気がしますね」
「そうだな」
二人は声を出して笑った。二人がこんなに笑えたのはいつぶりだろうかと思った矢先。
ガシャーンッ!!
「!?」
階下でガラスが割れる音がした。
「何事だ!」
「行ってみましょう!」
二人は勢いよく扉を開け、廊下へ飛び出した。




