第七話 千晶の願い
カランカラン。
小気味よい喫茶店のドアのベルが鳴る。
「ただいまー」
「おかえり、千晶。今日は遅かったのぉ。夕飯はナポリタンでよいかの?」
喫茶『憩』の現マスターで、千晶の祖父である加納源治がコーヒーカップを磨きながら千晶に優しく話しかけた。
「充之と晩ごはん食べて来たから大丈夫だよ。お客さんもいないしもう遅いから、お爺ちゃんもそろそろお店閉めて休んでね」
源治が店の柱にある年代物の壁掛け時計を見上げるとちょうど21時を指していた。
「おや、もうこんな時間か。歳をとると時間を忘れてしまうのぉ。お風呂沸いとるから先にお上がり」
「はーい」
リリリリン。
電話が鳴る。店内の電話ではなく、奥の住まいの方だ。
「あ、あたしが行ってくるね」
大雑把に靴を脱ぎ捨て、喫茶店の奥の廊下へ足を運んだ。
「はい。加納ですが。………はい。明日の放課後ですか? 大丈夫です。わかりました」
簡潔に答えると静かに受話器を下ろした。店の方から源治の声がする。
「誰じゃったのかのぅ?」
「あ、学校の先輩だよ。明日、文化祭の打ち合わせやるって」
千晶は優しい祖父に嘘をついた自分に後ろめたさを感じたが、ひとつの信念が彼女の背中を押していた。
(パパとママの思い出のこのお店はあたしが絶対に守らなきゃ)