第六十二話 須藤家の事情 その伍
いよいよ、かくれんぼがスタートします。
が、ふとしたスピカの質問に源内が須藤家の過去を話始めました。
「んじゃ、数えるねぇ。いーち、にーい…」
神楽の死の宣告が始まった。
「まずいっ!走るぞ!」
「わわわっ、充之早いって」
誰よりも姉の恐ろしさを知る充之は猛スピードで駆け出した。続いて千晶、静音も走り出す。
「兄様、我々も」
「はぁ……ん、あぁ、そうだな」
ジャージ姿の神楽の後ろ姿に見とれていた影辰は、はっと我に返り走り出す。氷目も影辰を追う。
「氷目よ、私には策がある。ひとまず別れるぞ」
「は、はい。兄様どうかご無事で」
策とは何か問おうかとも思ったが、自分が邪魔をしてはいけないという気持ちがして兄の言葉に従う。影辰はどうやら玄関から屋内に入るようだ。
(兄様の時間稼ぎに。真田神楽の実力を見極める好機)
氷目は玄関前で立ち止まり、遠く離れた神楽から見える位置に待ち構えることにした。
「お、氷目!そんなとこで何してんだよ。姉さんに見つかるぜ」
既に千晶と静音は別の場所に隠れたのか、一人で走っていた充之が氷目に声をかける。
「………」
無言。
「そうだ、虎はどうした?あいつも古武術同好会のメンバーだろ?」
須藤虎。氷目とは双子の男子である。
「虎は…逃げた。朝起こしに行ったら変わり身の術を使っていた。昔から逃げ足だけは一流だ」
久し振りに会話する氷目に愛着が湧いた。中学時代は充之と虎と千晶と氷目の四人は常に一緒にいた。しかし、高校生になってからは何故か疎遠になっている。クラスが違う事もあるが。
「お前、昔っから無愛想だよな。可愛いのにもったいないぞ。そんなんじゃ、彼氏もろくにつく…」
「う、うるさい、黙れっ!」
恥ずかしさを隠そうとする自分の憤りに気付いている、そう感じた充之はいたずらにしては悪い事をしたと罪悪感を感じた。
「あ、ごめんな。とにかく、お前も逃げろよ。晩飯抜きになるぞ」
「………」
(可愛いってのは本当だが、あまり挑発して怒らせるみたいだしな)
充之は氷目をおいて裏庭に向かって走って行った。
「あそこにいるのは氷目じゃな。のぅ、源内殿。氷目は小さな頃からあんな娘じゃったのか?」
源内の脇にいるスピカは尋ねた。
「あんな…と言われますと?」
「最近の若い娘にしては表情も冷めておるし、同じ双子の虎とは似つかぬからの」
源内は杖を握りしめ、声音を低くして話出した。
「スピカ殿には知っておいてもらうのもよいじゃろ。この須藤家の因縁をな」
それは、ワシが先々代…影辰様からすれば祖父じゃな。彼の元で仕えておった頃の話じゃ。
彼らの両親は現在に生きる数少ない忍びの頭領での。須藤家は由緒正しき忍びの家系で、その始祖は伊賀の三大上忍の一人である藤林長門守の部下であったと言われておる。
先々代の頭領には子宝にあまり恵まれず、後に三人の母となる由梨殿だけじゃった。仕方なく、跡取りの為に他の忍びの一族から養子縁組をもらう事になった。
しかし、彼、貞広殿は忍びの事をよく思っておらず、現代には忍びは必要ないとさえ考えていたのじゃ。二人はしばしば仲違いしておられましたわい。
じゃが、影辰様が生まれてからお二人は仲を取り戻し、翌年には虎様と氷目様が生まれたのじゃ。先々代も大層お喜びになり、ワシも平和な日常が続くと思っておった。
そんな折り、先々代が病で亡くなり貞広殿が新しい頭領となった。生憎ワシは先代の用事でご先祖の供養に伊賀まで遠出をしておったのじゃ。あの時、ワシが側に居ればと今でも後悔しておる。
「あなた、部下の下忍達を奉公(ほうこう。いわゆる解任)に出したとは本当ですかっ!」
畳敷の寝室奥座敷にて由梨は貞広に詰め寄る。由緒正しき忍びの家の頭領が為すべき事ではないと、怒りを露にしていた。
「由梨よ。もうそんな時代遅れの考えはやめろ。時代は今、ITなのだよ。もう忍者は必要とされない時代になったのだ」
貞広は裏の顔は忍者の頭領であり、表ではIT会社の役員を務めていた。
しかし、貞広の言い分に由梨は聞き入れることが出来なかった。父は死ぬ間際まで誇りある忍びの一族である須藤家を守ってくれと言い残し死んだのだ。
(それをこの男は安穏とした生活が送りたいが為に)
しかし、そんな貞広にも考えがあった。三人の子供達には忍びではなく普通の子供としての生活を与えてやりたいと。暗殺や諜報活動といった忍びの収入よりも、IT会社の役員である方が遥かに収入がよいのだ。
(由梨は分かっていない。忍びの誇りなどというモノに心を囚われて、子供達の未来の事を)
由梨はスッと立ちあがり着物を脱ぎ捨てた。その体には忍び装束を纏っている。由梨は須藤家でも無類の強さを誇るくの一であった。
「貞広、貴方には愛想が尽きたわ。貴方を殺して長男の影辰に跡目を継がせます」
「バカな!あの子はまだ小学生だぞ!今なら間に合う、考え直せ!」
由梨は苦無を逆手に畳を蹴った。
「問答無用っ!」
パァン!
貞広は胸元から取り出した拳銃で由梨を射った。弾丸は由梨の鎖かたびらを貫通し、心臓に突き刺さる。
一方、苦無は貞広のはだけた浴衣の心臓を直撃していた。即死である。
「氷目。眠れないのか?」
布団の上でゴロゴロと寝返りを打つ氷目に影辰は声をかける。虎はいびきをかいてぐっすり寝こけていた。
「兄様、おしっこ!」
影辰は微笑み、そっと氷目の手をひいた。
「しょうがないな。お兄ちゃんが一緒に行ってあげるからな」
「ありがと、兄様。だいしゅき!」
虎を置いて二人は廊下に出た。いつも側に控えている下忍の姿が見当たらない事に違和感を感じた直後の事だった。
パァン!
と派手な破裂音がした。
「父様と母様の寝室からだ。行ってみよう!」
「待って、兄様っ!」
そこで幼い二人は凄惨な姿の両親を目にする。
まだ息のあった由梨は、血の付いた両手を氷目の頬に当てて涙を流しながら言った。
「氷目や、兄様を守ってね」
それだけ言うと、頬に当てた両手は畳の上に落ち、由梨は命の灯火は消えた。
「母様っ、母様っ!うわぁぁぁんっ!!」
「ワシが戻って来た頃には三人とも顔から血の気が失せておった。影辰様にお話を聞いて、ワシは三人が成人するまで側にいる事を誓ったのじゃ。じゃが、あれ以来、氷目様は笑顔を見せぬあのようなお顔になられた。もしかすると氷目様は今でも由梨殿の言いつけを守っておるやも知れぬ」
「そのような過去があったとは…ん?」
二人の話を聞いていた神楽がジャージの袖で両目をこすっている。
「もうっ!どこまで数えてたか分からなくなっちゃったじゃないの!」
今回のタイトルは一応、これが書きたくて付けたんですけど、かなり引っ張ってしまいました。反省。
次回、鬼の追撃が始まる。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。




