第六話 姉の隠し事
『真田式古武術指南道場』
古めかしい木造の看板の下にはマジックインキで、
『ダイエットやお子さまの情操教育にも効果あります』
と汚い字で新しく書き殴られている。
(こんなんで人来たら苦労はしないっつーの)
充之はぼやきつつ家の戸をガラリと開けた。古い作りの木造の民家。隣は猫の額ほどの道場があり、またその間には鼠の額ほどの庭がある。
「ただいま」
「おかえりー。戸締まり忘れんなよー」
奥から姉である神楽の声が聞こえた。
廊下の突き当たりの暖簾をくぐり居間に出ると、ちょうど神楽が割箸をくわえたまま空になったらしいカップ麺の容器を無造作にテーブルに置き振り返る。
ちょいちょいと指差す方向には未開封のカップ麺の上に割箸が乗っている。さしあたり今日の夕飯であろうことは想像できる。
「あ、オレ食ってきたから」
「はぁ?」
神楽は椅子から立ち上り充之ににじり寄ると、くんかくんかと匂いを嗅いだ。
「っ! 焼き肉よね。あんた、姉さんがカップ麺だけのひもじい想いをしてる中、焼き肉食べて来るなんて…電話の一つぐらいよこしてもいいんじゃないー!」
だだっ子のような姉をよそ目に、自分の回りの女達は何故こんなに食い意地がはってるんだろうと不安感でたまらない。
それはさておき、どう説明しようか思い悩む。さっきの出来事をこのまま話してもいいのだろうか。執行部に所属していたのに弟にそれを隠し遠していた事も姉弟の今後の関係に差し障りがないのだろうか。
それは一言で解消された。
「だってあんた聞いてこなかったじゃん」
「………」
「でもね、仕方なかったのよ。隣町の不良にうちの生徒が絡まれてたりとか、生徒の保護者に怖いおじさん達が押し掛けてた時とか…。前のセクハラ爺ぃが単位くれるっていうから、ほんと仕方なく…ね。てか、あんた漫画の読みすぎじゃない? 執行部っていっても普段は催しものの告知ポスター張りとか、学園内の清掃とかボランティア活動とかが基本なのよ」
詳しく聞いてみると、前者はナンパ、後者はどこぞやの悪徳金融の取り立てだった。ちなみにセクハラ爺ぃとは前理事長の事らしかった。これは特別な活動(?)だが、基本地味な目立たない活動な為に一般生徒の単なる与太話だったようだ。
思い悩んだあげく打ち明けた質問の回答がこれだった。いや、神楽の性格からしてある程度予想はしてたが予想の少し斜め上を通過していった。
とりあえず、こんな姉に隠し事をしてもしょうがないだろうと先程の一部始終を打ち明けた。
「なるほどねー。やっぱり、生徒会…いや学園全体が動いてたって訳ね」
(岬の言葉もあながち冗談ではないのかも)
何かしらの考えがあってか、神楽は考えこんでいた。普段から考えるより即行動な脳筋姉がシリアス路線に変更したことに充之は違和感を感じた。
「とにかく、明日は土曜だから半日でしょ。わたしも午後から学園に呼ばれてるし、時雨…理事長んとこ行くわよ」
充之は頷き、二階にある自分の部屋の階段に足をかけた。
「そだ、これ明日柚子ちゃんに返しといて」
「ん? ウサギの人形?」
ポイッと投げられたそれは、どことなく無愛想な感じがした。
「夕方に柚子ちゃんと会ってね。あの子、気付かず落としちゃってたから拾っておいたの。んーにしても、そのウサギ人形誰かに似てない? …なぁーんてね」
おどけて見せた神楽はそのままバスルームへフェードアウトして行った。
(誰に似てんだよ、こんな無愛想なヤツいたっけか?)