第五話 学園長時雨岬
コンコン…
「生徒会長の湯里です」
「入りたまえ」
低く穏やかな声が響く。
湯里響子はゆっくりと学園長室の扉を開けた。
夕暮れの日射しが眩しく京子の視界を奪うが戸惑うことなく、部屋に入ると扉を閉める。
彼女の正面には齢20代半ば、長い髪をオールバックに固めた紳士的な佇まいの学園長、時雨岬が机の上で腕組みをして京子を見つめている。
「計画は順調なのかな?」
時雨は切れ長の目で、京子の瞳を射抜くような視線を浴びせた。
「現在、運動部、文化部、卒業者含め20名ほどの適正候補者にアプローチをかけております。しかし、真田神楽も候補者に入れてよろしいのですか? 後々、計画上の破綻に繋がる恐れもあるかと」
おもむろにデスクの引き出しを開け、数名の生徒をリストアップしたバインダーを手繰り寄せた。
「祖父の遺言だ。邪険にするわけにもいかないさ」
岬は壁にかけてある歴代学園長写真の端にある先代学園長、時雨景時の写真を見上げる。
岬は今年の始め、病で倒れた祖父の後を継ぎ学園長となったばかりである。先祖代々から学園長を務めてきた時雨家当主達は自身も卒業者であり、学園長の座につく運命を与えられてきた。
岬の父で養子であった進以外は。
(神楽…)
ピル、ピルーピヨピヨーパパー…
突然、広いとは言えない学園長室内で絶賛人気魔法少女アニメ『キラッと魔法少女ミキミキ』の着信音が鳴り響いた。
慌てふためきポケットからスマホを引っ張りだす湯里。赤面しながら急いでスマホを切ろうとする。
「出ていいぞ」
「え! いいんですか!」
(そろそろ頃合いの筈だからな)
響子はスマホの着信を見る。ディスプレイには『お姉さま』とある。ひとまず深呼吸した後スマホの通話をタッチした。
「はい、湯里です。お久しぶりです、お姉さま…」
「響子っ! あんたでしょ! 分かってんだからねー!」
スマホから聞こえる神楽の声が響子の耳をつんざいた。
「な、なんのことでしょうか?」
学園生徒の頂点の立場で冷徹生徒会長アイスクイーンの異名を持つ響子が学園長とともに逆らえない存在であるのが神楽だった。まぁ、畏怖というより尊敬を越えた恋愛に近い感情が大半を締めているが。
「あんたんとこのヤツのせいで晩御飯おしゃかになったんだからね。お・に・く、弁償してもらうわよ」
「わ、わたくし何のことかー、わかりませんわー」
神楽に圧倒されタジタジな響子が時雨を横目でチラリと覗いた。時雨は無表情でスマホを貸せと片手を差し出した。
「学園長、直接お話しなさるんですかっ!」
「学園長…って、そこに岬いるの!? 早く代わんなさい!」
響子は申し訳なく頭を下げて時雨にスマホを渡した。年頃の娘にしてはやたらキラキラとデコレーションを施した子供っぽさを感じるスマホに、若干戸惑いを隠しつつ耳に当てる。
「時雨だ。久しぶりだな神楽」
「久しぶりじゃないわよ! あっちから帰ってきて顔も見せずに連絡もなしに。そりゃ、学園長の引き継ぎで忙しいのは分かるけど、恋人を素で無視するなんて彼氏のやること?」
聞き耳を立てていた響子は後ずさりした。響子の聴覚は常人の三倍は越えている地獄耳であった。
「A国から帰って早急に対処しないといけない用事ができてな。それより神楽に直に話すべきだったと反省している。すまない。そして、頼みがある」
神楽は拍子抜けした。まだまだ言い足りない愚痴をぐっと飲み込んだ。時雨が神楽に謝るなんてことは初めての事だった。
「あはは、何柄にもない事言っちゃって。あっち行ってから人変わっちゃったのかなー。まさか向こうに好きな人でも出来たから別れてくれとかー? あっちの人はスタイルいいもんねー」
神楽も日本人離れしたスタイルの持ち主なのだが、からかい半分、恐れていた事を口にする。自虐的になるのが神楽の悪い癖だ。
しかし、時雨の口から出た言葉は全く検討違いのモノだった。
「世界を救って欲しい」