第四十五話 帰還、そして未来(はじまり)へ
「キヨ…」
千晶がゲートを潜り、ディスプレイがブラックアウトし転送中の文字が表示されてもまだ呆然と立ち尽くしたまま微動だにしない立石。
「ちょっと、立石くんっ!邪魔なんだけどっ!」
「おいっ!黒川走るぞ!ランニングに付き合えっ!」
黒川の悲鳴も虚しく、立石は黒川の手を引っ張りシステムルームを飛び出して行った。
「…終わったのでしょうか?」
呟く響子に続けて岬が口を開く。
「いや、始まったのだよ」
「映画のワンシーンか何かかなぁ、あはっ!」
岬の感情のこもったセリフに神楽は吹き出す。先程とは打って変わってむっとした子供染みた表情の岬。そんな二人のやり取りに福井は笑みを漏らす。一方、スピカは何やら腕を組んで考え事をしていた。
「岬、わしは席を外す。レナスシステムの改良を行わなくてはならぬ。優音のような自傷行為は絶対にあってはならんしな。それに山県姉妹の影響が今現在出ておるのか気掛かりでな。ついでに、充之が戻ったらすぐに手当てをしてやれ」
岬の返答を待たず、スピカは白衣を翻しシステムルームを足早に出て行った。
「それでしたら、救急車よりも私の専属の医師団に見させますわ。…もしもし!秋山っ!怪我人がいるわ!至急、学園へ手配させなさい!」
響子はスマホを使い、執事の秋山に連絡をとっている。
「あ、そうでしたわ!学園長、本日夕方から中等部の保護者面談があるのでした。間もなく時間ですわ。お急ぎあそばせ」
岬はスーツの襟を正し、髪をかきあげフゥっと一息ついた。
「うむ。神楽、充之達を頼むぞ」
「合点承知の助!学園長も大変よね。こっちは任せて」
響子と共に岬もシステムルームを後にした。最後まで後ろ姿を眺めている神楽は何を思っていたのだろうか。
「間もなく転送ルームに三人が帰還します」
福井の落ち着いた声の数分後にエレベーターから出てきた三人を神楽が出迎える。
「充之ぃ!カッコ良かったじゃん!女の子二人にいいとこ見せれたんじゃないのぉ?」
「血は止まってるとは言え、左が痛いんだよ。冗談は後にしてくれよ」
システムルームが開き、福井が響子の私設医師団を招き入れた。
「て、なんだよ!大袈裟に!やめろぉ!」
「怪我人は大人しくしてなさい」
「そうそう!無理すんなって!」
神楽はおもいっきり充之の背中を平手で叩いた。一瞬、呼吸が止まり、意識を失いそうになる。
「怪我人に酷い扱いすんなよな」
(確実に鬼より強い…)
大人しくなった充之は数人の医師達に囲まれ、千晶、神楽と共にシステムルームを後にした。
「御堂さん、明日にでもスピカさんから連絡があると思います。今日はお疲れ様でした」
「え、貴女は?」
この後どうするのという意味である。柚子の頭の中には彼女が生徒会メンバーである記憶があった。
「私はシステムのメンテナンスがありますので」
淡々とした口調も記憶にある。兄が一人いて、愛犬はジョンという名で、好きな食べ物がバニラアイスだという事も。
柚子はかって知ったる我が家のごとく、システムルームを後にした。
(やっぱり、私、変わっちゃったのかな)
様々な知識を得た反面、今まで過ごしてきた生活が壊されそうな危うさに危機感を覚えつつも柚子は学園長室を出た。すると、可愛らしい少女が扉の先にいた。ショートカットに切り揃えられた黒髪。キラキラ光る透き通るような瞳。おそらく、中等部の制服だろうと思われた。
「柚子さん、待ってましたよ」
「え?」
彼女の記憶はない。
「これ見てください」
制服の隙間から短刀、いや守り刀というのだろうか、一振りの黒鞘を取り出し鞘から抜き出した。柚子の目の前でゆっくりと刀身が姿を現してゆく。その鍔元に見覚えのある名前が刻んであった。
『清音作風刃丸』と。
「この刀は折られた風刃一刀を打ち直して作られた物なんです」
得意気に語る少女に恐る恐る聞いて見る。
「貴女は誰?」
少女は刃をパチンと鞘に納め、柚子の瞳をしっかりと見つめた。
「ボクは静音。この刀の持ち主であった清音…母の一人娘です。母は病で亡くなるまでずっとあなた方を心配していました。ボクはそんな母の想いを胸に、長い時を経て輪廻転生を繰り返し、やっとこの世界にたどり着けました。今度は母に代わってボクが貴女達を守ります」
初々しさの残る幼げな静音の顔に、あの凛とした清音の顔が重なる。その美しい瞳がぴったりと合わさった。
「あ、あぁ…」
柚子はしっかりと静音を強く強く抱きしめ涙した。




