第四十三話 尊い命
「その光輝く目、その目の力だな。欲しい、我が手にその目が欲しい。交換だ!この娘達と交換だ!そうすれば、命まではとらぬ。我はこの場を立ち去ろう!」
充之の足が止まった。充之には見えていた。このまま歩めば二人が引き裂かれる未来を。レナスによる千里眼の進化は、過去から未来を見通す力に進化していた。この世界に来る前の千晶達の行動から今から起きる先の未来まで。だが、運命は変えられる。今ははっきりと目を開けた状態でも一分先の未来が見える。
(ならば……見えた!?)
「え?」
不可解な行動に誰しも呆気にとられた。思わず千晶が声を漏らす行動とは。
グシュッ!
充之の左手人差し指が左目に突き立てられた。痛みを堪えながら左目を抜き取り、酒呑童子に放り投げた。それを合図に、酒呑童子は右手に掴んだ清音を放り返し充之の左目を受け止めた。もんどり打って投げ出された清音は充之の足元に倒れこみ、凛とした眼差しで充之を見上げ、すぐさま憎しみを込めた瞳を酒呑童子へ向けた。抜き取られた左目はまだなお金色の輝きを失っていない。酒呑童子はそのままあんぐりと口を開けその輝きを飲み込んだ。すでに人間の顔の作りではない。晴明を名乗った最初の美しい姿はなく口は大きく真っ二つに避けている。
「おおっ!この力!我が肉体の細胞ひとつひとつが歓喜に震え出しておるのが分かるわ!」
「早く、その娘も返して立ち去れ!」
左目のあった部分から流れ落ちる鮮血をものともせず充之は叫んだ。だが、酒呑童子は右手を充之に突きつけて喉の奥から金切声を上げた。
「きひひっ!まだ、まだあるではないか!その右目が!」
「な」
迂闊だったとしか言えなかった。一分以上先の未来が見えなかった。清音が解放された後の未来を。しかし、躊躇なく充之は右手の人差し指を右目に突き立てようとした、瞬間の事だった。
「やめてぇぇぇっ!ぐっ…」
優音は絶叫し、直後口元から赤い血の筋が滴り落ちた。
「この娘っ!舌を噛み切りおったか?」
「ユウっ!バカなっ!なんてことを!」
狼狽し、泣き叫ぶ清音に優しく微笑みかける。
「(お姉ちゃん、一緒に映画見たりお買い物したりする約束守れなくてごめんね。充之さん…お姉ちゃんをよろしくお願いします。いつも一人で無茶ばかりする姉ですが、本当は誰よりも寂しがり屋で優しい私のたった一人のお姉ちゃん……)」
「ユウっ!起きてユウっ!一緒に、一緒に帰るって言ったのにっ!ねぇ、起きてよユウぅぅっ!!」
項垂れたまま事切れる優音に清音は涙でぐっしょりと濡れた顔で叫び続けた。
「交渉材料がなくなったわ。つまらぬ」
遊び飽きた玩具を放る子供のように酒呑童子は、いとも簡単に優姉の体を放り投げた。命の息吹きを失った体は数度地面をバウンドし、仰向けに横たわる。慌てて、足をもつれさせながらも優音の体にたどり着いた清音。もう、優しく姉想いだった優音の笑顔は見れない。
(ユウ、あなたは私より強い子だったよね。こんな、お姉ちゃんでゴメンね)
頬を伝い流れ落ちる涙が一滴、一滴と生気を失った優音の頬や額に落ちる。




