第四十二話 希望の音
「充之っ!」
千晶が弾けるような笑顔で呼び掛けた。
「わりぃ、遅くなっちまったな」
「遅い、遅いよ…ほんとにもう…」
充之は拳の血をハンカチで拭う。いつもの充之の口調に千晶は安堵した。いつも憎まれ口を叩き、ぶっきらぼうな幼なじみ。言いたい事は山ほどあったが今は二人を助ける事が先である。
「お前は誰だ?私の…私の桔梗を…また奪うのかぁっ!!」
晴明の身体からどす黒い煙のようなものが巻き上がる。晴明の頭の烏帽子を突き出し、二本の角が現れた。口元には鋭い牙が剥き出しになる。
「(充之!あやつが本物の酒呑童子じゃっ!)」
「(分かってるよ、この目が教えてくれた)」
充之の目に金色の光が灯る。レナスシステムによる充之のデータが書き換えられていた。
『真田充之(帰宅部)
ランク(時を見る者)
レベル1
HTP20000』
「な、ゴールドクラスだと?こいつが?」
立石は信じられないといった目でディスプレイに映る充之のデータに声を漏らした。岬は神楽に視線を送る。
「私の弟だもん。当然よねぇ」
「ふっ」
半ば当たり前のようにあっけらかんとした神楽に口元で笑みを返す。
「充之っ!先程の柚子という少女のおかげでレナスの機能がある程度回復した。こちらから転送ゲートを開けるように設定しておく。十分後にゲートを解放するが皆を連れて戻れるか?」
「(あぁ、岬さん頼む)」
充之には生まれた時から何故か不思議な力が備わっていた。千里眼。瞼を閉じた間だけ、数秒先の未来が見えるのだ。集中し意識しなければ使えない能力だが、あえて日常では極力使うことを避けてきた。疲れるから等という理由ではない。自分が特別な人間だと思いたくなかった。千晶や柚子、姉や兄と慕う岬、クラスメート。自分はいたって普通な穏やかな人間として日常を過ごしたかったからに過ぎない。たまに千晶の茶目っ気溢れるいたずらに付き合うぐらいで丁度いいと思っていた。しかし、今、彼はこの能力に感謝していた。そして、このレナスシステムを通し、更なる進化を遂げていた。
「我が為に死ね、ヒトの子よ」
晴明…いや、酒呑童子の胴体から着物を突き破り更に二本の腕が生える。禍禍しい腕は充之に向かって差し出された。
「来るな…」
二本の腕、指の先の爪が弾丸のように飛び出す。先ずは五発。首をひねり、一歩踏み出すだけの最小限の動きで回避する。
「小癪な。では、これでどうだ」
酒呑童子の呼気から真っ黒な黒煙が充之を包み込む。黒煙は充之の視界を完全に遮った。今度は唸るように数メートルもの長さに爪が伸びた。充之に向かって鞭のようにしなる十本の爪が凄まじい速さで黒煙内を貫く。
「な!何だと?」
酒呑童子はたじろいだ。伸びた爪は全て充之の手刀で叩き折られていた。鬼の爪である。それは鋼に近い硬度があった。それを黒煙内の暗闇で瞬時に叩き折る事は並の人間技ではない。やがて黒煙が晴れる。
「もう終わりか?なら俺からいこうか」
「素晴らしい、いや実に素晴らしい」
酒呑童子の声は高揚し、感嘆の意を漏らす。充之は構わず前に出た。




