第四話 スピード
充之と千晶が視聴覚室に入ると、加藤は側にあったパイプ椅子を二人に差し出した。
「まぁ、座りたまえ」
二人はお互いに顔を合わせると、一つため息をし椅子に座る。
「何故、君たちを呼んだか分かるよね」
「わかりません(どうせ説教だろ)」
充之はふてくされながら窓の外に目を移す。釣瓶落しとはよくいうもので既に日は落ち、校庭の野外ライトが点灯した。
「充之っ! ちゃんと先生の言うこと聞きなさいよ! 先生、ゴメンなさい。あたしの監督不行き届きで」
(いつ俺の世話焼き係になったんだよ)
充之は優等生ぶる千晶に内心ではやれやれと感じたが、彼女にも原因があることを思いだし向かっ腹を立て顔を上げた。
「あのなぁ…。おい、千晶?」
千晶の様子がおかしい事に気付く。瞬き一つせず加藤を直視したまま呆けている。加藤は笑みを浮かべ、千晶から視線を外して充之に向き直った。
「あぁ、ゴメンね…はこちらの方こそかな。神納くんには暫くの間黙っててもらうから」
加藤の視線を改めて受けると充之は即座に理解した。
(催眠術か)
奇術部顧問、加藤和良。冴えない外見とは裏腹に元有名少年奇術師として学生時代にテレビに引っ張りだこだったと噂を聞いた事を思いだした。
「…用件は説教じゃないんだろ」
「まぁね。こうでもしないと君は話を聞いてくれそうになかったからね。あぁ、少しでも反抗の態度を見せたら神納くんには申し訳ないが…」
加藤は軽くパチンっと指を鳴らす。
「み、みつ、ゆき…くる、しい……ハアッ、ハァッ」
「…っと、こんな風にね。その気になれば呼吸を止めたりも出来るんだよ」
何も触れていない筈の千晶が苦しげに喘ぐ姿があった。
「千晶は関係ない事なんだろ。さっさと用件を言えよ!」
今にも掴みかかろうかという剣幕で充之はパイプ椅子から立ち上がる。
「まぁ、落ち着きたまえ。簡単な事だよ。君には生徒会に入ってもらい、学園長の手足となって欲しいんだ。君のお姉さんが所属していた執行部にね」
「執行部…?」
突然のことに充之は困惑していた。
生徒会執行部。存在自体が表沙汰になっていない幻の活動部。力による粛正で、多くの問題を揉み消していると一部の生徒達の間で囁かれていた。ましてや、そこに神楽がいたとは寝耳に水だった。
「俺に学園の犬になれってことかよ」
「言い方は望ましくないけど、その通りだね。理解が早い生徒を持てて先生嬉しいよ。ただね、これではあまりにも脅しみたいで理不尽だから、一つゲームをしないかね」
(ゲーム…?)
「トランプのスピードって分かるかな。あの記号と数字を繋げるゲーム」
スピード。対戦者お互いが配られた手札を数字の前後または記号を場にある二組のカードいずれかに合わせて一枚ずつ置いてゆく。供に先に手札をなくした方が勝ちというルールだ。
「もし君が勝てたなら、私は今後一切二人には手出しはしない。どうかな?」
「どのみちやるしかないんだろ。早くやろうぜ」
加藤は頷き、手元から一組のトランプを出して充之に渡した。
「何も仕組んでやしないさ。何なら確かめればいい。また、シャッフルは任せるよ」
余裕の笑みを浮かべた加藤の前でトランプを一枚ずつ確かめる。ジョーカーなしの52枚。普通のガードだ。蛍光灯に透かしてみたが何も見えない。
充之は軽くシャッフルすると場に置き、加藤にカードを中間で二つに分けさせ、交互にカードを配る。
「さぁ、始めようか」
お互い一番上にあるカードを場に置いた。
スペードの3とハートの7。
「スタートの合図は真田くんでいいから…」
言い終わらぬ内に充之はハート10を7の上に置いた。
充之には自信があった。手先の器用さと正確さ、手数にはちょっとやそっとのことでは誰にも負けない。
というのは誤りだった事を思いしらされた。既に加藤のカードは十枚を切っているのに充之の手には20枚近くの札が残っている。
充之が場に置けるカードを出せない(手持ちの札がない)状況で加藤は言った。
「何故、これほどの差がつくか分かるかい?じゃあ、ヒントをあげよう。僕はね、場のカードだけを見てないんだよ」
(『だけ』を見てない? …なるほど)
充之はネクタイをスッと外した。
「おや、暑いかな。空調のせいにするなんて男らしく…」
と、話し終わる間もなくネクタイで自身の両目を目隠しした。
「これでいい。さて、続き始めようぜ」
加藤は訝しげに充之を見た。明らかに視界を塞いでいる。鳴海学園の生徒が着用しているネクタイは濃い紺色だ。透けて見えるはずもない。
(まさか、充之の視線を追いつつ手元の配置を記憶し、カードを出している技術に気付いたのか。しかし、そうだとしても視線を塞いだままゲームを続けるなんて不可能だ。諦めたのならば、すぐに終わらせてやるか)
加藤がカードを一枚場に出す。充之の反応は速かった。すぐさま立て続けに五枚のカードを場に置いた。
(なん…だって)
驚く加藤の前で充之は言った。
「後三手で終わる」
その言葉通りに加藤の手元に六枚のカードが残されたまま、充之は手札を残らず場に置き終わる。ゲームは充之の勝利で終わった。加藤はため息をはきながら話しかける。
「やはり、凄いな。君の『千里眼』」
「知ってたのか?」
千里眼。先を読む能力。予知能力の一種た。充之は生まれつき自身の視界を塞ぐ事で数秒先の未来を見る不思議な力を持っていた。しかし、この力を知ってるのは神楽と…
「お前だろ! 千晶っ!」
「およ? バレちゃったかぁ。てへぺろ」
舌を出してウィンクしている千晶の姿があった。
「加藤センセが、協力してくれたら焼き肉おごってくれるっていうから…ねぇ。それに、充之なら千里眼でなんとかできるって信じてたからさぁ。加藤センセもお詫びに充之に焼き肉おごってくれるよ、きっと」
「…ははは」
加藤の乾いた笑いが視聴覚室をこだまする。
一番怖いのは千晶なのかも知れないと二人はお互いに顔を見合わせた。




