第三十話 記憶
「うわぁぁっ!!」
清音はたまらず叫び声をあげた。身をよじるほどの激痛が肩から全身を駆け巡る。
「嬢ちゃん、待ってろ!」
兵馬は髭切を片手に清音に噛みついた鬼の首を切らんと走り出す。
「お姉ちゃん!」
「優音ちゃん!」
優音は千晶の手を振り切り、茂みを飛び出した。慌てて千晶も追う。
なんとか振り払おうと腕を振るうが、それに反して鬼の牙はさらに深く清音のか細い肩に食い込み、骨を貫いた。
「ぎっ、あぁぁぁっ!」
さらなる激痛。痛みに膝をつく。どくどくと生暖かい血が腕を伝う。かろうじて保っていた意識も、視界がうっすらぼやけてゆくのが分かる。
(私は死ぬんだろうか)
薄れ行く意識の中で、だがはっきりと視界に映る優音の姿を捉えた。
(まだ、死ねないっ!!)
歯を食い縛り、左手にある刀を杖のように地面に突き刺し膝に力を込めて立ち上がる。
「うおぉぉっ!」
射程範囲に入った兵馬の髭切が鬼の首めがけて凪ぎ払いの一撃を放つが、首は紙一重でかわし、肩の上を跳ね数メートル先の地面に落ちた。
「ちっ!しくじったか」
口惜しそうに呻いた兵馬を嘲るように首はケタケタと笑っている。
「お姉ちゃん!もう動いちゃ駄目だよ!」
「ユウ…」
優音は青ざめた顔で、今にも崩れ落ちそうな清音の体を細い腕で支え、ゆっくりと座らせた。千晶は二人の様子を見届けると、堂の側にいる柚子の元へ駆けて行く。
「え?千晶ちゃん?」
「柚子ちゃん!」
帰り血に染まった純白の巫女姿の柚子を躊躇なく抱き締める。
「ごめんね、ごめんね。すぐに助けに来れなくて」
泣きじゃくる千晶に柚子は優しく微笑みかけて、そっと手を握り返す。
「私は大丈夫だからもう泣かないで」
母親が泣き止まない子供を諭すかのような優しげな表情に千晶は胸を締めつけられた。ふと、子供の頃の記憶が甦る。
「すぐに帰ってくるから泣かないでね。おじいちゃん困らせちゃダメよ。千晶はもうすぐお姉ちゃんになるんだもの」
小さな千晶の手を繋いだ柔らかな母の手が離れて、父と母のシルエットが遠く離れていく。
「ママぁ!パパぁ!行っちゃやだぁ!!」
千晶が四歳の誕生日を迎えた頃、父と母は通り魔の無差別殺人事件に巻き込まれ亡くなった。隣町の産婦人科に行く予定だった。父と母と、そして生まれてくる弟の三人をいっぺんに失った。千晶は唯一の肉親である母の父親、源治に育てられた。
千晶は制服の袖で涙を拭って真剣な眼差しで柚子を見つめ返した。
「もう、大丈夫!絶対に一緒に帰ろうね!」
(もう誰も失いたくないから)
千晶の瞳には力強い意志の輝きが宿っていた。




