魂の在り処 晴明編
前回のあらすじ
安倍晴明と道満との繋がり。そして、晴明により鬼となった二人の男女の間に産まれた方安。
彼女の正体を知った充之が選んだ選択とは。
「信じられぬか? 八百猶予年生きてきたとのたまう鬼の言う言葉が?」
充之よりずっと背丈の低く、まるで少女のような方安が、彼が見下ろす視線をしっかりと受け止めている。不安げな気持ちを抑えながら見せる余裕の笑みも、今の充之には隠し通せるものではなかった。
(……強がりやがって。そういうとこアイツにそっくりじゃねぇかよ)
アイツとは勿論、スピカの事である。
充之も柚子から話は聞いていた。年上の研究者達と肩を並べるが為に、わざと年寄り臭い話し方をしたりと自分を偽っていたスピカ。しかし、本当の彼女はどこにでもいる普通の女子なのだと。
「わかってるよ。信じてやる」
「ほ、本当か! 天后っ! こやつの言っている事は信じてよいのか?」
「えぇ。この人間は嘘をついておりません」
パアッと日が射したように明るい笑顔がそこにはあった。
「ただし、俺の言う事も信じてもらえるなら……の話だけどな」
「言う事……なんだ?」
「まぁ、俺もあまり長話は得意じゃないんだ。だから……」
充之は彼女と天后をその片目に捉え、レナスシステムにcallをかけた。
(確か……こうだったよな)
転送前にスピカに受けたレクチャーを思い出す。
(……しかし、鬼と神様にも効果あるのかよ、これ? ま、やってみるしかないか)
「リーダー権限。この二人を新たなるレナスメンバーへ」
宵闇の雲の合間から差す月明かりの下、方安と天后の体を淡い光が覆う。
「な、なんだこれは!? おい天后っ、お前は大丈夫か!」
「大丈夫……みたいです。それにしても、温かくて懐かしいような……不思議な光ですね」
(うまくいったのか?)
充之自身も初めて行うレナスシステムに若干戸惑っている。
「そうだな……まるで子供の頃に感じた……師匠の大きな温かい手に包まれたような……あ!」
方安の脳裏に彼女が体験した事もない映像が流れてゆく。
それは充之達が経験したレナスメンバーの記憶。そして、あの安倍晴明との激闘。
彼女が体験した時間はほんの数秒だったのだが、一瞬にして脳に伝達された情報量に疲労を感じたのか、全身から力が抜けたかのようにガクリと膝から崩れ落ちる。
「よっ……と」
すかさず充之は彼女を支えた。鬼と語った彼女の体は、見た目通りの少女と同じ軽さと柔らかな人間の体であった。
一方、天后は先程となんら変わりなく平然と立っている。
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。すまないな。大丈夫だ、一人で立てる」
充之の手を離れた彼女は、改めて彼と目を合わせた。
「ガクナ……いや、お前本当に未来から時を越えて来たのだな」
「主様。ですから、私が何度も……」
(主……様?)
式神天后の瞳に映った主……方安は変わっていた。いや、鬼と忌み嫌われ、誰にも愛されずに何百年もの間、ずっと国中の人里をさ迷い続けて、ささくれた性格でいた今までの彼女とは違う。その眼は希望とそして、愛を与えてくれた道満と過ごしていた子供の頃の彼女そのものであった。
(道満様。ついに主様はお会いできましたよ)
不思議な事に神である天后が涙する。レナスの影響なのであろうか。人としての感情が彼女の中に芽生えようとしていた事は、今の彼女自身にも理解出来ていないだろう。
「齢八百と数年。今、初めて鬼の子として産まれてきた事に感謝するぞ。人の寿命を越えて生き続けて待った甲斐がここにあった」
「大袈裟な……てか、泣くなよ!」
方安もまた涙を流していた。袖口で涙を拭って、頬をふくらませる。
「これは嬉し泣きというやつだ。とにもかくにも、お前と出会うた事はまさしく吉兆だ! これで、ようやく目的が果たせるぞ!」
「大陰……」
記憶の共有により、充之もまた彼女の本来の目的を理解しつつあった。
「そうだ。全ての元凶は晴明だが、彼を慕い助けたのも大陰、あやつだ。主である晴明を愛した……愛し過ぎたのだ。晴明はそれを利用し、かねてよりの野望。人を鬼と化し、無敵の軍を作り上げる事を実行しようと企んだ。この国だけではなく、やがては世界を己が手中に収めようとしておったのだ。無論、陰陽道のしきたりとはいえ晴明の弟子とさせられた我が師も奴の傀儡となってしもうた。夜半に出歩き、人を拐い、鬼を作る為の実験台として晴明に差し出すよう操られたのだ。残りの式も奪われた師に抵抗する手段はなかった。かろうじて天后のみが師の元から離れなかった為、太陽が姿を現す昼の間のみ、人としておられたのだ。だが、師はそれっきり人前には姿を現す事はなかったのだ。皆に慕われ優しかった師が……だ。ほんに、辛かったであろう」
噛んだ唇の端から血が滲む。彼女の口惜しさが伝わってくる。
「だが、幾度やろうが人は人。大陰の力を持ってしても鬼などそうそう作れぬ。だが、ある日を境に晴明は完全に近い鬼を作りあげるようになった。その初めの鬼が我が父である酒呑童子。そして、母である茨木童子だ。だがな、鬼同士に子供は出来んのだよ。そもそも、人を殺す為に生まれた鬼に生殖能力などないのだからな。だが、母は別だ。まだ人であった身で私を身籠っておったのだからな」
「………………」
充之は息を飲んだ。千里眼である程度の話は理解出来ているものの、彼女の魂の叫びが言霊となって胸に響いて来るのだ。
「産声を上げた時には既に母は人ではなかった。私は晴明に気付かれぬまま、師匠に取り上げられ、鬼ではなく人として育てられた。師は様々な事を教えてくれた。陰陽道について。人としての生き方。そして、人を愛する事。だが、私が九つになった時、晴明は私の存在に気付いた。師匠は天后に命じて私を逃がしたんだ。師匠は殺されたよ。その時から私は師匠の仇を討つべく陰陽道の修練に打ち込んだ。そして時は来た。完全なる鬼を作り上げる為に数百年の時を経て、人の魂を酒呑童子に喰らわせておった晴明にも天罰が下る時が来たんだ。私は神無月を選び、ついに晴明を討つべく大江山に誘き寄せた」
「………………」
「知っておろう? 神無月を。八百万の神が出雲に集う月を」
「まぁ、聞いた事はある」
年に一度、この国の神が出雲に集う特別な月。
「実は大陰も含む晴明の式神十二天将達は皆、出雲へと行っておった。元々、彼等は大陸から来ておるので出雲に向かう必要はないのだがな。あの日、私は天后に命じて式達を出雲に向かわせるよう仕向けたのだ。晴明から十二天将を引き離し、の為に。さすがの私でも天后だけでは晴明の操る残り十二天将達には太刀打ち出来んでな」
天后も黙ってただ頷いた。
「晴明は恐れを知らん。たとえ式がおらずとも、我が父と母……酒呑童子と茨木童子、それに鬼の力を身に付けた己に勝てる者などおらぬと高をくくっておったのだ。しかし、運命のいたずらか。その鬼の力を持ってしても倒せぬ人間達が現れた」
「それが、俺達……だったのか」
二人は大きく頷いた。
「もし、晴明が侮る事なく、十二天将を側に置いていたら流石にお前達も勝てはしなかっただろう。まさに時の運とはこの事さな」
方安はひとつ深呼吸をし、言葉を続ける。
「晴明の気の乱れと、出雲に天后がおらぬ事に気付いた大陰は、いち早く出雲から大江山へと走った。が、そこには既に我が父と母、そして、鬼となった晴明の骸があるだけ。しかし、わずかだが晴明の骸に残されたほんの小さな魂の欠片を大陰は見逃さなかったのだ」
「魂の……欠片だって?」
彼女の側にいた式神天后が口を開く。
「はい。私達、神には人や動物、植物、全ての生き物の魂が見えるのです。彼等は命を全うし肉体が滅んだ後も魂だけ残り、時とともに輪廻の輪へと流れて転生するのです。しかし、例外として、そのわずかな時に残された魂の欠片をこの世に繋ぎ止める方法……陰陽道にはそれが可能なのです」
「それを、反魂の術という。魂を保管し、別の肉体に宿らせる事により、その魂の主を甦らせる秘術。大陰はそれを使い……」
「安倍晴明を復活。そして、新たに世界を混沌に導く……か。まるで映画みてぇな話だよな。ちっ! ったく、面倒な事に巻き込まれちまったな」
頭をかく充之をジト目で見つつ、方安は呟いた。
「映画……とやらは見たことないが……世界を魑魅魍魎で溢れ返す事ぐらい、自尊心が強い晴明ならやりそうな事だ。自分を倒した者への腹いせに……な」
方安の鋭い視線が突き刺さる。
「う……」
レナスに関わるまで普通の生活を送ってきた高校生の充之だったが、世界救済という重荷が肩にのしかかってきた。
「あとひとつ。分かった事がある。安倍晴明が鬼を作れる様に知識を与えた人物。それは、このレナスシステムとやらに関与した者ではないか? 晴明復活の阻止。それはお互いに利があるのではないか?」
彼女は策士である。千里眼、いや第六感とでも言おうか。充之は今後嫌というぐらいそれを見せつけられる気がした。
「はぁ……だよな。ったく、避けられない運命って奴かよ。わかったよ。やってやるよ。だがな、静音だけには言うなよ。あいつがこの事聞いたら頭に血が上って冷静でいられなくなる筈だからな」
彼女の母、清音の妹である優音の死を誰よりも強く悲しむのは静音である事は確かだった。
その悲しみは怒りを呼び、そして、彼女自身を傷つける。充之にはそれがたまらなく辛かったのである。
レナスシステムがもたらした歴史の改変が、充之達の運命を大きく変えてゆく。
いや、それはあらかじめ決められた運命とも言うべきなのであろうか。
そして、その運命というレールに関わることになったもう一人のレナスメンバーである神崎。
彼に課せられた試練とは。
次回 魂の在り処 神崎編
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