表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園英雄記譚 - Lenas (レナス)-  作者: 亜未来 菱人
幕末編
268/290

生まれし竜 後編

前回のあらすじ


神崎を守り続けた兄、大河の呪い……いや、加護は大陰により解かれた。


そして、神崎は麻痺針を受け、絶体絶命の危機に陥る。


しかし、瀕死の状況にあった坂本竜馬が起き上がり、自ら犠牲にして神崎を救うのであった。



「そんな……嘘……」



睦月はその場に力なく崩れ落ちた。そこには、あの沖田総司を圧倒した気丈な女剣士の姿はなかった。



睦月にしてみれば、坂本竜馬とは仲間であり、友であり、また兄のように慕う憧れの存在であった。



初めて会った人物にそんな感情を抱かせるほど、坂本竜馬は男女問わず人として魅力を感じさせる、そんな人間だったのである。



「坂本さん……あんた、まだやらなきゃ……いや、やりたい事が山ほどあるって言ってたじゃねぇかよ! ちくしょうっ!」



(100%……麻痺による状態異常を回復しました)



涙で坂本竜馬の姿がぼやけても、その緑色のメッセージはくっきりと神崎の視界上部に表示されていた。





半刻(一時間)前。



充之達の前に出された膳の上には、麦飯と味噌汁に漬物、申し訳程度の小さな川魚の干物が皿の上にちょこんと乗っかっている。そして、小鉢に盛られている見覚えのある佃煮。



「うわ……また、蜂の子だよ」



箸でつまんで、げんなりとした顔で静音は呟いた。



「わしは酒と肴があれば十分じゃ」



「俺も右に同じ。この時代の酒を飲めるなんてまたとない機会だからな」



坂本竜馬と神崎は既に二人で酒盛りを始めている。



一方、睦月は正座をしたままで、黙々と箸を進めている。



「ほぅ……実に良い味付けをしているな。後で女将に作り方を聞いてみるとするか」



充之はふと疑問に思う。同一人物である睦月は無理することなく蜂の子を食べている。



「なんで睦月はうまそうに食ってんのに、お前は食えないんだよ?」



味噌汁の椀をもったまま、一向に箸の進まない静音。



「時代によって好みは変わるんですよ。現代(いま)女子中学生のボクは舌が肥えちゃってるから。あぁ、お母さんの手作りハンバーグとかカレーライスが食べたいよ」



「忍びにしては珍しいな。はんばーぐとかいう忍び飯がどういう物か知らんが、好き嫌いは良くないぞ。針殿も一流の忍びを目指すなら好き嫌いはよした方が良い。私が言うのもなんだが、忍びはいついかなる時でも飯を口に出来る時は食べるべきだ」



これには充之も苦笑して頷く。



「だってよ。さぁ、ためしに蜂の子行ってみようか?」



「ししょー……いじめないでくださいよ」



二人のやりとりを微笑しつつ、麦飯を口に運ぼうとした睦月の肩に手が掛かる。



その場の空気が一瞬にして変わった。



「さ、触るな! 無礼者っ!」



直ぐ様間を開いて床に置いた刀を腰に当て、柄に手を置く。



「あぁ、すまんすまん。驚かして悪かった。いや……な、お前も成人してんだろ? ほら、俺達と一緒に酒でも飲まな……おわっ!」



チンッ!



鍔が鳴る。



神崎が手にした徳利の下半分が床に転がり酒がこぼれ、畳をびっしょりと濡らしていた。



常人には見えぬ驚くべき速さの居合いによる一閃であった。



「もったいねぇなぁ」



「私は酒も煙管(キセル)もやらん。酒や煙管など百害あって一利なしだ。酒は戦いの妨げにしかならん。お前も飲み過ぎて明日、寝込むような事はするんじゃないぞ。ったく、酒ごときの何がもったいないだ」



「……ちげぇよ。せっかくの美人なのに、額に青筋立てて睨むことはねぇだろって事だよ」



「!?」



「(神崎ってば! な、何言ってんだよっ!? ボクに殺されてもいいのっ!?)」



流石に静音も声は出さずに神崎に伝えたが遅し、睦月の顔が紅潮したと同時に大きな声が部屋中に響き渡った。



「き、貴様ッ! 表に出ろっ! 今すぐにその腑抜けた顔、真っ二つにしてやるっ!」



「俺を斬る……って? あはは! 無理だからやめとけ。腕は確かだが、俺から当たりに行こうでもしない限り、ぜってぇ当たらねぇから」



売り言葉に買い言葉。神崎も悪気はないのだろうが、彼の言葉に睦月は歯を噛み締め、目を血走らせている。今にも斬りかかってもおかしくない状況であった。



「(師匠っ! 早く止めなきゃ……)」



立ち上がりかけた静音を充之は黙って片腕で引き留める。閉じていた充之の目が開き、静音に笑顔を見せた。



「(俺達が出る幕じゃないさ)」



「(え?)」



すると、見かねた坂本が二人の間に入って肩を抱いて座らせる。力ではない。何故か坂本の腕に抱かれた二人は自然と腰を下ろしていたのである。



「坂本っ! 離せっ! 私は……」



「まぁまぁ。『ほたえなや』 わしも大層な『べこのかあ』じゃと思うちょったが、二人ともわし以上の『べこのかあ』じゃ」



「べこの……かあ?」



神崎と睦月は坂本の意味不明な言葉に顔を見合せ呆気にとられていた。



「(お前なら分かるだろ。先が見えても話しの内容は分からん)」



「(なるほど。師匠は竜さんが助け船出すの知ってたんですね。あれは土佐弁。土佐の方言ですよ。『ほたえなや』は慌てるなって事。『べこのかあ』は馬鹿者って意味ですよ)」



坂本竜馬の話は続く。



「このような所で斬り合うのは無粋というものじゃ。そうじゃな……やるというなら、江戸の小千葉の道場で竹刀を貸してやる。好きなだけ叩き合えばよい。それなら死にはせん。ただ、わしも一言だけ言っておく。神崎は嘘はついておらん」



「何?」



「おんしが美人なのは、わしも同じ事を思うちょる。しかも、相当腕が立つ。ずっとわしの側にいて欲しいぐらいじゃ……」



またしても睦月の顔が赤面した。しかし、神崎の場合と違い、彼女は頭を下げて、何やらぶつぶつと口走っている。



「坂本が……ずっと一緒……なら……」



(睦月……あぁ、そうだったのか。ははは!)



「おんしもじゃ、神崎。わしと共にいて欲しい」



「な!」



「お……俺……も?」



これには睦月は勿論、神崎も驚いた。



「無論。おんしらのおかげで、わしは刀を抜けなくなったのでな。代わりにおんしらに道場住み込みで用心棒を頼むつもりじゃ。小千葉の道場なら道場破りも集まってくるでのう。睦月も好きなだけ立ち合える。わしも道場破りの相手をしなくてすむから一石二鳥……いや三鳥ぜよ」



神崎は内心、ホッと胸を撫で下ろして、部外者を気取る二人を睨み付ける。



「(お前ら、知ってたろ?)」



「(何の事だよ)」



「(竜さんの性格は知ってるからねー!)」



どうやら、充之と静音は事の行方を分かっていたようであった。



「(ちっ! 知らなかったのは俺だけかよ……ん?)」



「わ、私は分かっていたぞ! 私を用心棒に雇うつもりだとなっ!」



別の意味で赤面している睦月が意地になりつつ胸を張って言っている。



「……だそうだが?」



勝ち誇ったかのように、意地悪な視線を静音に送った。



「(大の大人が中学生をいじめるなぁ!)」



「まぁ、いいさ。とりあえず、飲もうぜっ! 今日はとことん飲んでやる! この出会いに乾杯だ!」



「はっはっは! 土佐もんに酒を勧めるっちゅう事は分かっておるきに? ほら、睦月も酒は飲めんでも(しゃく)ぐらいよかろう? 嬢ちゃんも、神崎に注いでやってくれんかの?」



「うん。竜さんの頼みなら仕方ないね」



睦月も進んで酌をする静音を見て、しぶしぶながら付き合う事にしたようである。



「ほら、充之も飲めって!」



「俺は未成年だっ!」



「この時代に未成年の禁酒など、そんな法律はないっ!」



それからは充之達を巻き込んでのどんちゃん騒ぎという名の酒盛りが始まった。



充之は頑なに酒を口にしなかったのだが。



宴もたけなわとなった時、坂本竜馬はふっと思い出したように口にした。



「しっかし、神崎。おんしの読本の事じゃが……」



先程まで和やかであった宴の席で、唐突な坂本の一言が三人の背筋を凍りつかせた。



「(うおっ、来たかっ!)」



「(やっぱり気付かれちゃってるかも)」



「(ったく。大人なんだから責任とれよ)」



しかし、三人の予想とは裏腹に坂本はまるで子供のような笑みを浮かべた。



「……亀山社中に海援隊。おんしの妄想は本当に夢があるのう。わしは大層気に入った。そうじゃ! もしこれが現実となれば、神崎。おんしと共に海を渡るぞ! 勿論、睦月も一緒じゃ。三人でこの狭い島国を出て世界を見に行こう!」



チラリと横目で見てみると、睦月はまんざらでもない顔をしている。ホラだと思って相手にしていないのかは神崎にも分からない。



「じゃが、あの読本にはわしが暗殺されると書かれちょる。そこはちょいと気に入らんかったが……な。じゃが、二人が一緒なら安心じゃ」



「あ、あぁ……」



勿論、睦月や神崎が坂本竜馬暗殺のあの場にいれば歴史は変わるだろう。得意気に語る坂本竜馬に神崎は返事を濁していた。



静音は項垂れて涙を溜めている。そう、歴史を変える事は彼女達が来た元の世界を無くしてしまうことにままならない。



「(師匠っ! 竜さんを殺させたくないっ! 神崎さんも、竜さんを助けたいでしょっ!)」



「(………………)」



だが、二人は首を縦に振ることはなかった。



「(……ごめん。自分でも分かっ……て、るんだけど……)」



坂本はそんな三人を見て、努めて明るく声を掛けた。



「分かっちょる。おんしらにはおんしらの生き方がある。無理強いをしてすまんかったの」



ただただ、坂本竜馬は目を細め酒を口にした。その視線の先には何が映っていたのであろう。






神崎は後悔していた。



あの時、嘘でも賛同し頷くべきだったかと。



坂本の亡骸に寄り添いなく彼女の涙を見て唇を噛み締める。



「たかが人間の男が一人命を落としたところで、何が泣く事があるの?」



冷たい言葉を投げ掛ける少女。睦月は顔を上げ、キッと少女の眼光を真っ正面からにらみ返した。



(……まだ気力が残ってる。人間にしてはやるわね。……え?)



少女の姿をした大陰が始めてたじろいだ。



「あんた何故、立てるの? あの麻痺針の毒は、活きの良い人食い虎でも一刻は動けないはず……あっ!」



神崎は立ち上がる。彼の背には青白い煙のようなものが渦巻いていた。



「体だけは頑丈なんでな。しかしよ、見た目が子供(ガキ)ってのはずるいよな。弱い者いじめみたいでよ。だけどな、あんたはやっちゃいけねぇ事をした。腹いせかも知れねぇが、兄貴……そして、俺の……いや俺達の大切な人を殺したんだ。俺のこの拳がお前を殴りたくてたまんねぇって叫んでんだよ」



(まさか……あれは……)



神崎の背後にあった煙が集まり、やがて一匹の青い龍を生み出した。



(青龍!)



兄、そして坂本竜馬(とも)の死を乗り越え大陰の前に立ち塞がる神崎。そして彼の背後に現れた青い龍。


それは、大陰もよく知る十二天将の一柱である『青龍(せいりゅう)』であった。




次回 大陰VS神崎



今回もご覧頂き、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ