第二十六話 清音参戦
(俺の先祖はこんな化け物達と戦ってたのかよ。へっ。ご先祖さまさまだな)
切っては、受け流しを数百回繰り返しているが酒呑童子には疲れなど微塵も感じられない。傷の傷みすら感じる暇もなく、雨あられと襲い来る豪腕や牙を防ぐ時間が長くなり、ついに疲労が足に来た。左腕の一撃を回避する際に地面に溜まった自身の血溜りに足を滑らせた。間髪、巨大な足が兵馬の眼前めがけ、降り下ろされる。
(まだ、まだ死んでたまるかよっ!)
ドンッ!
すんでのところで地面を転がりつつ体を起こした。先程まで自分が倒れていた場所には地面が深く窪んでいる。
「か、か、か…」
声にならぬ低い音が鬼の口から漏れだす。と、鬼は踏み抜いた逆の片膝をついた。髭切は兵馬の手にはない。踏み抜いた鬼の足の裏から貫いていた。
「髭切を踏み抜いた感想はどうだ、酒呑童子よ」
強気な台詞だが、それは強がりである。拳で拭った汗はとめどなく流れ落ちてくる。この一撃が致命傷でなければ後はない。何故なら髭切は鬼の足下にあるのだから。
「ぎ、ぎ…」
酒呑童子は髭切を片手で易々と抜くと上体を弓なりに大きく反らした。いわゆるオリンピック競技の槍投げの姿勢に近い。
(来る!)
ブンッ!!
大気が振動するかのような勢いで髭切が飛ぶ。
(何っ!?)
狙いは兵馬ではなく、よろめきかろうじて立っている愛洲の方向であった。体力を消耗しているとはいえ身を屈め、刀をかわすことは出来る。
(鬼め、それなりに知性があるようだ)
愛洲は動かない。刀を止めようにも両腕はぶらりと垂れ下がっている。その指の先端からは血が絶えず滴り落ちていた。
(今、この場を動けば娘の命は絶たれる!)
愛洲の背後には柚子がいた。酒呑童子はそれも計算に入れて投げたのだろう。髭切が真っ直ぐ愛洲の胸に突き立てられる刹那、煌めく太刀筋が弧を描く。
キンッ!!
刀で跳ね上げられた髭切は空中を数回転しながら、やがて地面に切っ先を沈めた。
「間に合ったか」
突然の乱入者に兵馬と愛洲は驚きを隠せない。巫女姿の娘と同じ歳の娘が尋常ではない腕前を見せたのだ。酒呑童子の表情は変わらない。
「愛洲殿、貴方はここで倒れる人ではない」
「其方は…」
「私は山県清音。そこの娘の…同郷のようなものだ。由縁あって加勢いたす」
凛々しく答える清音を不思議と見つめる柚子。清音は首を傾け、柚子に優しく微笑む。
「御堂柚子さんね。助けに来たからもう大丈夫よ、安心して」
愛刀風刃一刀を鞘に納め、居合いの構えをとる。鬼との距離は十メートルほどあろうか。
(間合いが遠いな)
清音は生まれて初めての恐怖に胸が引き裂かれそうだった。改めて対峙する酒呑童子の圧力は清音が今まで感じたことのないほど強力なものだった。若き刀剣鍛冶師ということを除けば、普段はただの女子高生である。
「グ、グオォォォォッ!!」
突然の来訪者に機嫌を損ねたかのように雄叫びを上げる。全身の毛が逆立つような、肌がヒリヒリと痺れるような感覚。だが、死ぬかも知れないという死への恐怖感は全くなかった。清音は自分でも信じられないほど落ち着いていた。
(私がやるしかないんだ。負ける訳にはいかない)
一介の女子高生が歴史を守るという大義名分もあったのだろうが、何よりも大切な妹を守ることができるのは自分しかいないということが今の清音に力を与えた。
「いくぞ!エクストラスキル『韋駄天』っ!」
掛け声と共に清音の体が瞬時に消えたかと思うと、酒呑童子との間が一気に詰まる。予想外の速さに鬼も面食らったのか、先程のダメージが残っているのか反応速度が鈍る。兵馬と愛洲も目で追うことが精一杯だった。
「もらった!」
ザンッ!
「オ、オォォッ!!」
下から上に振り抜いた抜き打ちの一閃が鬼の右腕を切り落とした。噴水の如く噴き出す血柱。バックステップから再び距離を置き、風刃一刀を鞘に納め抜刀の構えをとる。
「女子が鬼の腕を落とすだと!?」
自身が散々苦戦した強靭な鬼の腕を一撃で落とされ、兵馬はただただ驚き、唖然とするほかはなかった。
「(凄い!凄いよ、清音さん。これなら絶対勝てるよ!)」
「(お姉ちゃん…)」
希望に目を輝かす千晶とはまるで正反対に、優音の瞳はうっすらと陰がかかったかのようであった。




