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学園英雄記譚 - Lenas (レナス)-  作者: 亜未来 菱人
幕末編
250/290

邂逅 前編

前回のあらすじ


中山道をゆく充之一行。


ついに坂を登り終えた彼等を待ち受けているのは果たして。

「ここ奈良井宿(ならいじゅく)は中山道木曽十一宿において、最も標高の高い場所に位置する宿場町だ。なんと! その標高約千メートルっ」



神崎は博識である事を自慢気に説明している。坂本竜馬は関心しながら頷いていた。



「お主、物知りだな。少し見直したぞ」



ここを初めて訪れた睦月も、神崎の得意気な口振りに乗せられていた。



「ふっ! 俺を見くびるな。これでもヘイムダルの……」



「よっ!」



「こ、こらっ!」



静音の手にあるものは、先程まで神崎の背後にあった小さな黒き物体。それは電子手帳であった。



「カンニングだね」



「ちっ! ばれたら仕方ねぇな」



携帯電話が使えないこの世界でも、電子手帳は電池が切れるまで使えるらしい。



「電子手帳か。今時、小学生でも使わねぇよな。それに、そんなもん見なくても、レナスを使えば簡単に出てくるぞ」



「な、何っ!」



神崎の視線の端にあるレナスのディスプレイには、奈良井宿の歴史や風景が写真入りでこと細かに表示されていた。



「先に言えっ! ちくしょうっ!」



「うわわ」



電子手帳をひったくるなり、街道沿いに投げ棄てた。



「ば、バカっ!」




もったいない!」



寸でのところで坂本がキャッチする。



「神崎。いらないならわしにくれんか?」



「あぁ、いいぜ」



(なんてことするんだよっ!)



どうにもこの男は事の重大さを理解出来ていないらしい。既に坂本の手に渡ってしまった為に、静音は奪い返す事に戸惑いを見せている。



「こうして……だな」



「ふむ。なるほど……平仮名か。どれ……坂本……と」



「!?」



「お! 出おった!」



操作を簡単な説明で理解してしまった坂本竜馬は、なんと自身の名を打ち込んでしまったのである。



表示された内容を目で追っていた竜馬の表情が曇っている。



「(も、もう駄目だ。歴史が変わるぞ)」



「(バカですかっ! 竜さんに電子手帳渡すなんて!)」



二人に罵倒されてもなお、神崎は胸を張る。まるで俺に任せろとでも言うように得意満面に親指を立てた。



(だ、大丈夫なのか?)



充之はここぞの千里眼を用いた。ここで使わざるを得ない。



数秒先の未来が見えた。



『凄いだろ。あいつら忍びの情報収集能力は! やっぱりあの眼帯、ただ(もん)じゃねぇと思ってたろ!』



神崎の軽口が充之を絶望に追い込む。



(駄目だ。これは地獄への片道切符だ)



すかさず神崎を蹴り飛ばした。



「ってぇな! 何しやがんだよ!」



「は! どうせ、俺はただ者じゃねぇ眼帯野郎だよ」



(ちっ、読みやがったか)



パタン!



「ふむ」



電子手帳が畳まれ、坂本竜馬は顎に手をやり、二人を鋭く見つめた。



「(もうおしまいだ。歴史は変わるぞ)」



「(兄貴! すまねぇ!)」



しかし、二人の心配をよそに、坂本竜馬は笑顔で答えた。



「おんしら、ようく調べておるな。未来の事もよく出来ちょる。将来は曲亭馬琴(きょくていばきん)のような読本屋にでもなるんかのぅ」



曲亭馬琴。江戸時代の作家である。有名な南総里見八犬伝の作者である。






坂本竜馬の勘違いで事なきを得た充之達は、奈良井宿にある宿を寝床をとる事になった。



「冬も近いですし、そろそろ雪が降ってまいりますからね。今日の宿泊客はお客さん達だけですよ」



女将の好意で宿代を安くしてもらえた事もあり、助けてくれた礼だと、坂本が皆の宿代を負担すると言い出した。睦月は手持ちがなく野宿で構わんと意地を張って断り続けたが、静音との二人部屋という事でなんとか話はまとまった。



簡単な食事を済ませ、坂本は一人部屋。神崎と充之は二人部屋に移動する。



「(静音、何かあったらすぐに連絡しろよ。それと、あまり迂闊な事は言うなよ)」



睦月はまだ覚醒していない。静音が言うには、覚醒は来月半ばになるらしい。もし、何らかの形で予定外に覚醒した場合、今の静音は存在自体どうなるのか分からないとの事だった。同じ時代に同じ記憶を持つ者が二人存在する事になるからである。



「(はい、わかってます。でも、自分と一緒にいるって変な感じだなぁ)」



「どうした、行かんのか?」



「あ、行きます!」



訝しげに見ていた睦月の掛けた声に反応し、静音が共に奥の部屋に歩いて行った。



「ちょっと便所行ってくるわ。この時代の酒はナイーブな俺のお腹に合わんみたいだからな」



神崎はズボンのベルトを弛ませていそいそと歩いて行った。



(それを言うなら、デリケートだろ。ったく。緊張感ねぇのかよ……ん?)



いつからいたのか。玄関口に着物姿の少年が立っており、じっと充之を見つめていた。



(あの目……見た事がある……ような)



遠い昔、見た懐かしい感じに充之はデジャヴを覚えていた。



少年はそのまま充之に背を向け、外に出て行くのであった。

無言で立ち去る少年。


充之の遠い記憶にある眼差し。


時を越えた出会いが、新たなる運命を生み出してゆく。



次回 邂逅 後編



今回もご覧頂き、ありがとうございました。

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