名を継ぎし者 前編
前回のあらすじ
充之達を追う影の正体は、霧雨四郎のfamilyに属する二人であった。
姉を救う為、Guardiansの一員で居続ける真を利用する研究員の男。
その一方で、また違う動きを見せる人物がいた。
彼の名は……
彼は漆黒の服に身を包み、風に白いスカーフをなびかせながら歩いてゆく。
(近藤先生は、こんな寂しい場所で仲間に見送られることなく逝ったんですね)
板橋処刑場。
新撰組局長の近藤勇が捕らえられ、最後に斬首により非業の死を遂げた場所である。
「なんだ、貴様は? 止まれ! 止まらぬ……か?」
官軍。薩摩、長州、土佐藩による幕府反討伐軍である。既に彼等の勢いは徳川政権をひっくり返し、江戸城無血開城において
優位を更に増していた。
その板橋処刑場において門前にて警備を行っていた官軍兵の一人が、彼を呼び止めた瞬間、首が飛んだ。
真っ赤な血しぶきを上げながら、首を失った体は地面へ崩れ落ちる。
「ひ、ひぃぃっ!」
残る一人も腰のサーベルを抜きながら、彼に応戦しようとする。
(これが、幕府を圧倒した力か? 笑えてくる)
足が震え、手が震え、立つことさえままならない産まれたての子鹿のような兵士に、彼……沖田総司は微笑した。
「心配なさらなくても良いのです。私は新撰組一番隊隊長の沖田総司。大人しく近藤先生を返して頂ければ、手荒な真似はいたしません」
「お、沖田……だと! 新撰組の沖田は病に臥せっていると聞いたが! 」
「ま、そうだったのですが……」
沖田は思い出す。忘れもせぬ、あの日の出来事を。
江戸。
ある屋敷の一角にある離れ屋で、沖田総司は床に臥せていた。咳がひどく、戦えぬ体となった彼は新撰組本隊から離れ、幕府の蘭学医である松本良順の元へ身を寄せ、療養していたのである。
「沖田くん。体の具合はいかがかね?」
週に一度、良順は沖田の具合を見に足を運んでいた。良順の差し出した薬湯を飲み、沖田は答える。
「先生の薬湯のおかげで、今は落ち着いています。少しばかり、苦いですがね」
沖田は小さく笑みを見せた。
「それはよか……」
良順の言葉が終わらぬうちに、沖田は続けて口を開く。
「それより、新撰組はどうなったのです? 近藤先生は? 土方さんは?」
沖田にとって、自身の病よりも彼等の動向が常に気が気ではなかった。戦線を離脱した自分の不甲斐なさを責めつつ、いても立ってもいられない気持ちだけが、彼を急かしていた。
「……大丈夫だ。彼等は優位に戦っているよ。会津からの兵もあり、幕府が優勢だそうだ」
「そうですか……よかっ……た……」
全くの嘘である。幕府は敗走状態にあり、こと近藤は捕縛され既に二ヶ月前に処刑され、この世の人ではなかった。
良順にしては、沖田の事を思っての嘘であったが、沖田は安堵したのか、クロと名付けた黒猫を抱いたまま仰向けになると静かな寝息を立てていた。
クロは沖田の手をするりと抜け出し、縁側から外に飛び出して行った。
(沖田くん。今は何も考えずに眠りたまえ)
彼が渡したのは肺結核の薬ではない。睡眠薬である。この時代、まだ結核の特効薬などありはしないのであった。
夜半、彼はふと目を覚ました。
体調は良い。いつもなら、咳こみながら目を覚ますのだが、今は落ち着いていた。
喉の渇きを覚え、やや腰を上げ、側にある湯飲みを手にした時である。
襖が開いた。暗がりの中に明らかに場違いな背の高い人物が立っている。この離れには自分と、食事などの世話をする老婆ぐらいしかいないのである。
「何者だ! 私を新撰組の沖田と知ってか!」
闇の中に叫びつつ、湯飲みを手にした方と逆の手で護身用に床の間に置いている刀を掴んだ。
「心配しなくても結構。沖田総司くん。君を迎えに来たのだよ」
甘く囁くような声に、沖田は眉間のシワを寄せた。
「黙れ、魔物め。私はまだ、死ぬわけにはいかん!」
手にした湯飲みを人影に向かって投げつけた。
「ありゃりゃ? 四郎さま、嫌われちゃったみたいですですね?」
「な!?」
人影の背後からゆっくりと現れた女は実に奇妙な格好であった。白い肌をあられもなく露出した水着のような格好に沖田は一瞬戸惑うが、彼女の手にあるモノを見た瞬間、驚きを隠せなかった。
「湯飲みが……」
人影に向かって投げつけたはずの湯飲みが彼女の手の中にあったのでる。
「あ、返しますますね」
不思議な事に、湯飲みは彼女の手から一瞬に消え失せ、再び沖田の手の中にある。湯飲みの中の水を一滴もこぼさずに。
「死神め! 私はまだ生きている! いや、生き続ける!」
「あちゃー。死神と間違えられちゃってますますね」
人影は沖田の側に歩み寄った。行灯が、彼を照らし出す。
整った顔立ちに真っ白な白衣。冷たい視線は沖田を見下ろした。
「くっ!」
普段の彼ならば、即座に斬り捨てたであろう。しかし、彼の体がそれを拒んだ。
(腕に力が……刀が重い)
新撰組として数々の浪士を紙の如く斬り捨ててきた彼の腕が刀を持つ事さえ許さなかった。既に病は彼の体のほとんどを蝕んでいたのである。
男はすっと、沖田の床の前に正座した。そして、驚くべき事に、彼は額を床につけた。土下座である。
「君の力が必要なのだ。頼む。力を貸して欲しい」
「力……だって?」
眼前にいる男に少しだけ興味が湧いてきた。もし、自分を殺す事が目的なら、とっくにそうしているであろう。だが、男は頭を下げて非力な自分に頼みこんでいる。
「ははは! 死神してはおかしなやつだ。だが、今見ただろう? 今の私には刀を持つ事すら出来ない。そんなやつに何を願う?」
沖田は笑っていた。久しぶりに腹から笑った気がした。
男は顔を上げた。そして、微笑む。
「私なら、その病を治す事が出来る」
「な!?」
沖田はあまりに冗談が過ぎているとさえ思っていた。良順にさえ手の打ちようがない結核を、この男は治せると言うのだ。
その時、縁側からクロが走り寄ってきた。クロはまるで主人を守るかの如く、毛を逆立て、沖田の前にいる男を威嚇する。
「……レインペル」
「了解しましました、四郎さま」
「あ!」
沖田の刀が、レインペルの手に移る。彼女は刀を鞘から抜いた。瞬間、クロに向かって振り下ろした。
ギャッ!
という声を上げ、クロは血を流して床の間に転がったまま動かなくなる。
「く、クロっ! 貴様はっ!」
猫とはいえ、一人寂しく離れに身を置いていた沖田にとって友とも呼べるクロの死は、短気な彼を激昂させるのに充分であった。
「まぁ、待ちたまえ」
四郎と呼ばれた男は、クロの体に手をかざして傷口を確かめると、白衣から取り出した注射器を小さな体に添えた。
ブルブルッ!
「まさか……」
まさに魔法であった。血溜まりの中、クロはその身を起こし、何事もなかったように体を震わせて血の滴を払っている。
「わかったかね。君の体もすぐに回復する。そして、誓おう。君が私達に協力するのであれば、私も君の『夢』の実現に向けて力を貸すと」
沖田は頷いた。
肺結核は瞬く間に治癒し、彼は人外の力を手にする事となる。
その後、霧雨四郎により本来の歴史を知る。
歴史に刻まれた自身の死。近藤の死。土方の死。そして、新撰組の終わりを見届けた彼は誓った。
歴史を変え、再び新撰組を甦らせる。
そして、あの時の決着をつける……と。
沖田総司。
彼は、再び新撰組の再起を願い、歴史の改変を行うべく時空を越える。
果たして、彼の夢の行き着く先には何が待ち構えているのか。
次回 名を継ぎし者 中編
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




