江戸の花
前回のあらすじ
土方達と激戦を繰り広げた彼等の間に割って入った人物は、後の新撰組局長である近藤勇であった。
坂本竜馬は己が二度と剣を抜かね事を条件に、彼等と和解を結ぶ。
睦月、そして沖田総司は納得がいかない様子であったのは言うまでもない。
そして、彼等は坂本竜馬と共に江戸へ向かう。
充之達一行は、近藤、土方、沖田らと別れ中山道を江戸に向かって歩いてゆく。
ただ、充之はすれ違い様に見せた沖田の目に宿る、憎しみのこもった闇を感じていた事だけが気がかりであったが。
当時、京都と江戸を結ぶ街道として有名なものは二つ。
歌川広重の作品としても知られる東海道五十三次でも有名な東海道。こちらは太平洋側に面しており、商業面や観光においても多くの利用者がいた。
一方、現在の山梨や信州木曽を通る中山道。こちらは山中を通る為に、かなり険しい道中で利用者も東海道と比べ比較的少ない。
中山道において、土方らと遭遇したのは偶然と言ってもよかった。
いや、それは運命に導かれた必然であったかもしれない。
「しかし、りょ……坂本は何で中山道を通って江戸に行くんだ? 距離としても、東海道から向かう方が近いんだろ?」
同じ名という事もあり、神崎は坂本の名字で話かけた。連れ立って歩く坂本竜馬は、懐手をしたまま返事を返す。
「何て事はない。以前に江戸に向かったのが東海道じゃったから、今回はこちらの道を歩いてみとうなったから……でいかんか?」
「ふん。で、京都からこいつに付きまとわれてた……と」
神崎からこいつと言われて指差され、睦月は機嫌を損ねたらしい。
「私は貴様を命の恩人とは思っておらんからな。貴様が武士として刀を帯刀していたなら真っ先に斬り捨てるところだ」
「はいはい。ツンデレもいい加減にしようぜ」
「ツン……デレだと? 異国の言葉は分からん!」
意外と相性の良さそうな二人を見ながら坂本は微笑んでいる。彼等を見て、江戸の千葉さなを思い出していた。
「坂本、何考えてんだ? 顔がにやけているぜ?」
「江戸の花ぜよ……っ!」
慌てて口を塞ぐ坂本竜馬に、神崎は気付く。
(江戸の千葉さなだな。確か、昔読んだ小説に恋仲だったらしい話があったな)
神崎のいたずら心が騒ぎ始める。
「江戸の花……っていうと、江戸に大切な女でもいるのかい?」
途端、坂本の顔が赤くなる。彼は普段から飄々(ひょうひょう)としており、雲のように掴みどころのない性格の持ち主であったが、こと好きな女の話題を出されるとまるで少女のように頬を染めるのであった。
「馬鹿を申すな。北辰一刀流の達人である坂本竜馬が女にうつつを抜かすわけがなかろう!」
「………………」
坂本竜馬はただ、そうとは言わず黙りこくったままである。
睦月の言葉は助け船ではない。本当に心から思っている事を口にしたのであった。先程まで、何らかの理由があって坂本竜馬を仇のように追い回していただろう彼女は、命を張って土方と相対した彼に不思議な感情を抱いていたのである。
「ま、そういう事にしておくかな」
神崎は満足げに笑っていた。
並んで歩く三人の大人達の後ろ、少し間をあけて充之と静音は歩いている。
「っとに。ボクと竜さんにちょっかい出しすぎだよ、あの人」
そう、睦月はこの時代に生きていた前世の静音であるのだ。無論、神崎もそれは知っているはずなのだが、睦月自身はまだ覚醒前らしく、まだ九重睦月としての個人としての記憶しか持ち合わせていないらしい。
「しかし、これからどうなるんだろうな?」
充之は頭の後ろに両手を組んだまま、三人の歩調にあわせて歩いている。
「そうですね。あの人が転移時に割り込んだせいで、レナスに異常事態が起きてるのは確かです。現に、過去であるこの世界から戻る手口が見つかりませんし……」
静音の目の前に現れたシステムパネルには、帰還不可といったようなエラーメッセージが表示されていた。
「かと言って、今回は特定の課題もありませんから」
「確か、前回の酒呑童子ミッションでは、安倍晴明の野郎をぶちのめして帰ってきたが、今回は相手がいねぇしな。しかしよ、今頃俺たちがこうしている間にも、姉さんや岬さん達が危険な目に合っているかと思うと……」
(師匠……)
唇を噛み締める充之に、静音は彼の優しさを感じていた。
仲間を助ける為に自分の両目すら失っても構わないという充之のあの時の行動は、今も静音の中に息づいていた。
それは何百年も輪廻転生を繰り返してきた静音にとって、決して忘れる事のない思い出。絆であった。
「……だから、今は江戸に向かうんです。もしかすれば、ポチならなんとか出来るかも知れないから」
「……ならいいけどな」
ポチ。今現在の睦月から一代前の静音の付けたあだ名である。本名は平賀源内。須藤家の翁として務めている、天才科学者兼忍者である。
自らを改造人間と化し、寿命を伸ばして生きて来た彼は、静音の予想だと江戸のどこかに隠れ住んでいるかも知れないという事であった。静音は、平賀源内なら手助けをしてくれると強い自身があった。勿論、あくまで予想なので、忍びとしてこの時既に伊賀にいる事も考えられたが、最早ここから引き返すのも無駄足を食いそうである。
何故なら。
「そろそろ、木曽じゃな。ここからは、更に険しい山道が続くぜよ。しばらく行けば旅籠があるゆえ、もう少しの辛抱じゃ」
京都を立ち、既に信州に足を踏み入れた坂本竜馬と充之達は更に歩みを進めていた。既に漆黒の暗がりが辺りを包み込み、月が彼等を照らしていた。
土方等との闘いに疲労を感じながらも、彼等は歩き続ける。喉の渇きと空腹を堪えつつ、ただただ前へ進む。
そんな中、彼等の歩いた後をゆっくりとつけてゆく二つの影があった。
現世への帰還の為に平賀源内を探す目的を見出だした充之達。
木曽に入った彼等は旅籠を目指して疲れた体をおして歩き出す。
しかし、彼らの後を追う謎の影がいまかと迫っていた。
次回 薬師
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