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学園英雄記譚 - Lenas (レナス)-  作者: 亜未来 菱人
ライフサーガ編
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白衣の男、その名は霧雨

前回のあらすじ


円を助ける為に、自身の寿命を差し出して老いた解明。


一方、円は自身の死に直面し、恐怖で身を震わせる。



彼女に解明の希望は届くのか?

姉の環が顔を上げ、袖で涙を拭った。



「そろそろバイトの時間だから。お母さんもいつまでも泣かない! ご近所迷惑だよ」



「うん、そうね」



自分はここにいる。話しかけたい。抱き締めてもらいたい。しかし、今の円には何も出来ない。



既に透明化は膝まで進んでいる。痛みもない。感覚もない。ただ、立っているのが不思議なくらいだ。



(なんとかしなきゃ!)



「お母さん……」



母に触れてみた。円の手は母の体を突き抜ける。やはり感覚はない。母も勿論気付かない。



姉にも試してみたが結果は同じ。よく漫画などで見る違う次元からの干渉……そんな感じがした。



(あたし……何も出来ないんだ)



絶望感が円の胸を満たし始めた。水槽に水を貯めるように。



腕を下ろした際に、ふとスカートのポケットに触れ、違和感を感じた。



(……綺麗な宝石箱だ)



ポケットから取り出した小さな箱は彼女の手のひらでキラキラと輝いていた。



環は花瓶の側にあった自転車の鍵を取った。



彼女は近所のコンビニで、ほぼ毎日アルバイトをしている。自転車は環の誕生日に円がお年玉やら小遣いやらをせっせと貯めて買ってあげたものだ。



姉は泣きながら喜んでくれた。家には一台だけの自転車。結局、一緒に使おうと姉が勧めてくれた。



しかし、これからは姉一人の為の自転車。



「母さん、行ってくるね。帰りに晩御飯の材料も買ってくるから」



「ありがとう。苦労かけてごめんなさいね」



環はソファの上のジャンパーをひっつかみ、玄関に向かう。



(お姉ちゃん……)



ポケットに箱をしまいこみ、姉の後を追う。



小さな物置小屋のようなガレージから自転車の鍵を通す環を横目で見ながら、円はふらふらと家の前の通りに足を運ぶ。



ブゥオン!



家から一歩外に出ると車道である。乗用車が彼女の体をすり抜けて走り去った。今の状態でなければ間違いなく大惨事であったろう。



(誰も気付いてくれない……よね)



ガレージを出た姉は自転車を押しながら円の元に向かってくる。姉の足が止まった。



(え?)



彼女はポケットからイヤホンを取り出して耳にはめる。時間を惜しむ性格の彼女は、アルバイトに向かう時間を英会話のリスニングに当てていたのだ。



(危ないよ、お姉ちゃん!)



普段の自分なら間違いなく姉の行動を諫めていただろう。しかし、円の声は届かない。



その時、一台のスポーツカーが走ってくるのが円の視界に入って来た。トラックは急いでいるのか速度制限を無視して高速で向かって来ていた。



車高が低い為、環の位置からは塀に隠れて見えない。



(え……このタイミング!? ダメっ!)



そんな事は露知らず、環はリスニングに耳を傾けて英会話を口ずさむ。



(お姉ちゃん! 止まって!!)



両手をいっぱいに広げ立ち塞がった円を、サドルにまたがりペダルを踏み込んだ環がすり抜けた。



ガンッ!



スローモーションを見るかのように、振り返った円の前で環はひしゃげた自転車と共に宙に体を跳ね上げられていた。



スポーツカーはそのまま走り去ってゆく。



まるで時が止まったかのように長い時間、姉の体が浮いていたようにも感じられた。



だが、現実は次の瞬間、環の体をアスファルトの上に頭から叩きつけていた。



真っ赤な鮮血と姉の真っ白な瞳が円を見ていた。



「……ま……ど……か?」



「お姉ちゃん!」



近所の住人が音を耳にして、わらわらと家から出て来る。第一発見者の隣の主婦が悲鳴をあげた。



「誰か! 誰か、お姉ちゃんを助けて!」



彼女は住民達や通行人に片っ端から声を掛けた。



無論、反応を示す者は誰一人いない。



ガチャ……



「……環っ!」



何事かと玄関から顔を出した母の目に、倒れた娘の動かない体が映る。急ぎ姉の体に駆けよった母は、彼女の上半身を抱き抱えて嗚咽を漏らした。ぐったりとした姉の口の端から血が垂れて母のエプロンの上に真っ赤な斑点を作る。



回りの住民が救急車を呼んだからとか、体を動かしちゃいけないとか口々に声に出して騒いでいるが、彼女達の母の耳には届かない。



母は真っ青な空を見上げ、呟いた。



「……神様、あなたは環まで私達から奪っていくのですか?」



(お母さん……お姉ちゃん……)



円に涙は流せない。ただ、悲痛な感情だけが胸を締め付けた。



「あぁ、神とは無力で無慈悲なものですよね。あなたもそう思いませんか?」



「え?」



振り向くと、真っ白な白衣に袖を通した背の高い男が円の後ろに立っていた。



「あなた……あたしが見えるの?」



「はい、勿論。膝まで消えかかっているところまで見えてます」



この孤独な世界で唯一、自分を認識できる人物に円はすがりつかずにいらるなかった。



「助けて! お姉ちゃんが……」



男は膝を曲げ、彼女の目線の高さに顔を近づける。



「それはあなた次第です」



「どういう事?」



ゆっくりと伸びた手が彼女の頭の上に乗せられた。



「あなたの過去を見る能力(ちから)を貸して頂きたいのです」



「あたしの……能力(ちから)?」



「はい。世界をあらゆる悲しみから救う為に。私は、ライフサーガであなたが助けた時雨岬さんの父の知り合いです……あぁ、今のあなたにはあの時の記憶はないんでしたね」



白衣の男が何を言っているのか彼女は理解できない。だが、若い彼女は自分の力が世界を救う事、そして姉を救う事になるのなら何ら迷いはなかった。



「あたしに出来る事たら何でもします! だからお願い、お姉ちゃんを助けて!」



「決まりですね。私は霧雨四郎。よろしく、犀川円さん」



霧雨は円の手をとって握手をかわす。すると、今まで消えかけていた彼女の姿が爪先まではっきりと見えるようになった。



「あ……ありがとう!」



(やっぱりいい人なんだ)



円は彼に頭を下げる。彼は微笑みながら、指を鳴らした。すると、いつの間にか霧雨の背後に二人の男が立っていた。



「海堂、お願いします」



「はい。では……とびっきりの芸術(アート)をお見せしましょう。タイムメイクっ!」



金髪でパンクスタイルの派手な出で立ちの男が呼ばれ、彼は両手を上げた。



「!?」



まるで映画やドラマの逆再生を見ているかのようであった。円の目の前で今まで動いていた人達が止まった瞬間に、全く真逆に巻き戻しのように動いてゆく。



「ストーップ……と。ここですね」



スポーツカーが走って向かってきており、環が道路に飛び出す瞬間の場面が固定される。



「この車、消してしまいましょう」



海堂は片手でさっと何かを拭き取るような動きを、スポーツカーに向けて行った。



「な……なんで!?」



車は消え、車内にあった雑誌やらタバコやらが残り、運転手の若い男と共に空中に浮いている。若い男はアクセルを踏んでハンドルを片手で握って、空いた手でスマホをいじっていた。



「ま、いいでしょう。では動かしますよ」



「あ、あれ?」



「ん?」



(何やってんの、この人?)



運転手の男は尻餅を付いた。バラバラと雑誌やらが地面に散乱する。そして、環はそのまま何事もなかったかのように自転車をこいで家を後にする。横目で変な挙動の男を見ながら。



「ま、こんなところでしょう。いかがですか、お嬢さん?」



「凄いっ! 凄いよ! ありがとー!」



海堂は手を胸に当て円に向かって会釈する。彼女は満面の笑みで海堂を褒め称えた。



「約束は守りました。では、私に付いてきてください。後は頼みましたよ。海堂、城山!」



「お任せください」



「うぃーっす」



もう一人、長いコートを着た長髪の男……城山は懐から煙草を取り出しながら、さもやる気のない返事をした。



霧雨が人差し指で宙に四角を描くと、彼の前方に真っ白な扉が現れる。



驚く円の手を引き、彼は扉を開けて入ってゆく。二人が扉の向こうに消えた後、すぐに扉も消えた。



「全く霧雨さんは用心深いのか、何なのか? 私一人で充分なのに。城山さん、あなたは何で呼ばれたんですか?」



「これだろ?」



煙草を口を咥えた城山が差し出した手の平の上には、キラキラと輝く小さな宝石箱があった。円が手にしていたものである。



「何ですか、これ?」



海堂は手を伸ばし、箱に触れようとする。



「ミカエルの置き土産だ。おっと、箱を開けたら死ぬぜ。これは、あいつがかけた封印が宿っている。対象者以外の奴が開ければ、たちまちあの世行きだぜ」



慌てて手を引っ込める海堂。



「なんでそんな物騒なものを……」



「だから、こうするのさ」



手の平の上で突然、小箱が燃え上がる。



「俺の炎は呪いであろうがなんだろうが全てを燃やし尽くす。こいつを処理する為だけに呼ばれたのさ。ったくよ」



あっという間に、城山の手の上で消炭となった。彼は手を払い、人差し指突きだし、その先端から出る火で煙草に火を付けた。



「便利な能力ですねぇ」



「そういうお前の……タイムメイクだっけ? あれもすげぇ使える能力(ちから)じゃねぇか?」



「お褒め頂きありがとうございます。でもね。この能力の素晴らしさはここから何ですよ。見ていてください」



「ん……お?」



犀川家の前で異変が起きていた。



また、時が巻き戻されているのだ。スポーツカーは元に戻り、逆走した環の自転車は自宅に戻って来る。そして、先程の位置に止まると時が止まった。



「うん。丁度一分ジャストでしたね……」



時が動き出す。



環の乗った自転車は、スポーツカーに跳ね上げられた。



近所の住民が騒ぎ出し、彼女の母親も自宅から飛び出してくる。



「どういうこった?」



「私のタイムメイクは時間に化粧をし、if(もしも)を創り出す能力。だから、一分立てば真実が素顔を現す。どうですか? この一瞬の美!」



フゥっと煙を吐いた城山は言う。



「使えねぇ」



白衣の男、霧雨四郎。


彼は己の目的の為に円を利用しようとしていた。


彼の目的とは何か?


そして、新たな能力者達の出現。


更なる戦いの幕が開こうとしていた。





次回 さらば、ライフサーガ 早苗と紫苑編



今回もご覧頂き、ありがとうございました。

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