第二十一話 達人同士
「要心棒の旦那!大枚はたいたんだ。仕事はしてもらうぜ」
安堵の表情で見上げる山賊。だが、要心棒と呼ばれた男は山賊の横っ面を蹴飛ばした。もんどりうって気絶する彦一。
「脇役は舞台からはけちまいな。俺が用のあるのは愛洲…とか言ったな。お前のその刀だ」
「この先祖代々受け継いだ私の刀が狙いだと?」
あまりの過激な演出に吹っ飛ばされた山賊と男を交互に見つめ、柚子は身を縮こませている。
「あぁ、元々は俺の祖先の刀なんだがな。何代か前が貧しさに売っ払っちまったもんだ。俺には今、そいつが必要なんで返して貰おうか」
男は懐手に愛洲ににじり寄る。愛洲も男の腕前を気配で感じたのか、刀の鯉口を切る。
「刀は武士の魂。易々とは手離せん」
「ふ、先祖もお前の様な気構えであったならな。いいだろう、腕ずくでとって見せようか。この、名枯兵馬の腕でな」
兵馬も懐から手を抜き、右足を前に腰を下げ抜刀術の構えをとった。
愛洲も刀を抜き、真一文字に正眼の構えをとる。
(くっ…)
清音は兵馬の落着き払った仕草と、まだ若き愛洲の熱意の対比にあながち間違いではない興奮を覚えていた。人同士の真剣による立ち会いを見るのは生まれて初めてであった。一人の武芸者として、立ち会いを最後まで見届けたい欲求が心の底から沸き上がる。
「参る!」
先に動いたのは愛洲であった。若さ故の行動か、一気に間合いに踏み込み真正面から刀を降り下ろす。が、兵馬は微動だにしない。
(居合いではないのか?)
清音は自身が居合いを得意としており、兵馬の構えから同じ居合い斬りの使い手だと予想していた。居合いは瞬時に相手より先に切り込むことでその効力を存分に活かせる技である。愛洲の刀を左右いずれかにかわし、横凪ぎに切り込むと考えていたのだが違うようだ。なんと、兵馬は上から降り下ろされた愛洲の一撃を自身の腰にある刀を左手でそのまま鞘ごと突き上げ、刀身を自分の刀の鍔つばで跳ね上げた。
「くっ!」
衝撃で愛洲の手から刀が離れ、傍の地面に突き刺さる。
「まだまだ青いな。居合いと読み、先手を打つ度胸は買うが、まだその先が読めていない。刀が良くても、使い手次第だな」
兵馬は地面に突き刺さった刀を抜こうと歩み寄る。その時、
「うぎゃー!!」
男の断末魔の声が響き渡る。
「!?」
愛洲、兵馬、柚子、清音達は一斉にその声の主を視線で追った先にはあろうことか身の丈2メートル以上の巨大な蜘蛛が山賊の一人を喰らっていた。




