さらば、ライフサーガ 倉前とシャイル編 前編
前回のあらすじ
桜庭と霞は現世へと帰還した。
しかし、霞の頭の中に残っている『明勇学園』というキーワードが彼女達の運命を大きく変える事となる。
そして……
倉前はウィスキー……に似た味の植物ウィッキの絞り汁を一気にあおり、カウンターに突っ伏した。
「なぁ、花音ちゃん……」
「どうしたの?」
花音はグラスを磨きながら、酔いの回った倉前の相手をしていた。
「俺、自信ねぇよ……」
「あら、普段の倉前ちゃんらしくないわね」
がばっと顔を上げて立ちあがり、とろんとした目つきで空グラス片手に花音を睨む。
「だってよ! 三日間だぜ! 絶対にあいつは俺が電話に出ない事に怒っているに違いないんだ! ……もしかしたら、嫌われたと思って他の男に……」
「……倉前ちゃんの子供がお腹の中にいるのに?」
花音の言葉に力なく腰を下ろし、グラスの中に残っている氷を見つめた。
「分かってるよ。俺がどうしようもない男だって。正直、自分が父親になる事なんて思ってもみやしなかった。こんな男を彼女と……生まれて来る赤ん坊はなんて思うんだろうな……うおっ!?」
突然、一面剛毛の太い腕が彼の胸ぐらを掴んで引摺り上げたのである。
「倉前っ! しっかりしろよ! お前、父親になるんだぞ! 俺も嫁さんと子供がいるが、二人の前では絶対に弱音を吐かないと決めてんだ。分かるだろ? 父親ってのは、英雄じゃなきゃならねぇんだよ! お前は、この世界で立派に英雄努めて来たんじゃねぇか。誰がなんて言おうが、お前は英雄なんだよ」
恐ろしい剣幕で怒鳴る花音。倉前は突然の出来事に始めは酔いが覚めたように目を丸くしたが、花音の話を聞いているうちに彼の気持ちが芯に伝わってきた。
「そうだよな。俺……生きてんだよな。あんな恐ろしい戦いから帰って来たんだ。そうなんだよな」
倉前の目に涙が溜まる。彼は泣き上戸ではない。本当の気持ちから流す涙である。
「花音ちゃん、ありがとよ。自信が出て来たぜ。俺は帰ったら彼女に結婚を申し込む。そうだ! それで彼女の手を引き役所に直行する」
「それでいい! 頑張って、倉前ちゃん。帰って来たら二人でおいでよ、とびきりのお祝いしてあげるから」
「サンキュー、相棒! じゃあ、行ってくる」
「Good Luck!」
二人は親指を立て、お互いの友情を確かめ合った。
魔導ギルドを出た倉前は、正面の武闘ギルドに目をやった。
ログインメンバーを確認すると、武闘ギルドの生き残ったメンバー達は全て先に帰還しており、シャイルを残すのみとなっている。おそらく、扉の向こうには彼女がいるはずである。
(結局、お前の本名聞けずじまいだったな。武闘ギルドのお前とはお互い喧嘩ばかりしていたが、最後は一言声をかけておくか)
倉前は武闘ギルドの扉に手をかけようとした。しかし、彼の手は止まる。
(お互い、知らなくていい事もある……か)
踵を返し、彼はギルドを後にした。
武闘ギルド内。
ギルド長の部屋の玉座に座っていた彼女は、一人静かに涙を流していた。
陰と陽。
倉前とシャイル。二人の運命は全く真逆の方向へと動いてゆく。
次回 さらば、ライフサーガ 倉前とシャイル編 中編
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