第二十話 お手並み拝見
「拙者、愛洲太郎久忠と申す。修行中の身でこの山に登って来た者だ。突然の来訪御容赦いただきたい。ところでそなた、この堂に住んでおるのか。」
「(愛洲太郎久忠…どこかで聞いたような。は!まさか愛洲移香斎か!)」
愛洲移香斉(幼名愛洲太郎久忠)は、戦国時代の兵法家であり剣聖とも名高い上泉信綱の師。また、信綱
には室町幕府将軍足利義輝などをはじめとした複数の高名な弟子がいる。その一人、柳生石舟斎の息子の但馬上宗矩は江戸幕府の剣術師範役として有名である。子には数々の剣豪小説や映画などにも登場する柳生十兵衛三厳がいる。
刀剣を扱う上で清音が得た知識だった。しかし、知識のない二人は事の次第を理解してはいないようだ。
「(ということは…本物の移香斎だとすると戦国時代…500年以上昔の日本か!)」
「(戦国時代!?うわ、本当に過去に来たんだ!)」
千晶は驚きと興奮で胸を高鳴らせた。一方、優音は。
「(お姉ちゃん、戦国時代ってお侍さんが戦争して危ない事してる時代だよね?怖いよ、早く帰りたいよ!)」
怯える優音の頭を泣き止まない子供をあやすように優しく撫でる。
「(大丈夫。優音は私が必ず守ってあげるから。すぐに元の世界に帰れるから)」
「(約束だよ。帰ったら、一緒に映画見に行ったり、ショッピングしたり、パフェ食べに行ったり…)」
「(勿論だ。約束する。優音とはずっと一緒だ)」
優音は笑顔で頷く。
(しかし、転送先が事前に聞いていた話とは違う。ミッションも確認できないし、立石はいないし、いったいどうなっているんだ)
知らず知らずのうちに左手で握りしめている愛刀神風十文字に力が入っていた。汗ばんだ額を拭い、いつでも抜刀できる態勢をとりつつ愛洲の行動を観察していた。すると、堂から愛洲と会話していた少女がおずおずと身を現す。
「あ、あのっ!こ、ここはどこですかっ?貴方も参加者の方ですよね?」
まさしく巫女の格好をした柚子であった。
「ゆ、柚子ちゃ…む、む」
茂みから身を乗り出そうとする千晶の口を塞ぎ引き止める。
「(ま、待て。確かにあの娘うちの生徒なんだな?)」
「(は、はい!間違いなく友達の御堂柚子って子です。でも、なんでこんなとこに柚子ちゃんが…)」
(確かに他人の空似ではない。レナスシステムにより、彼女のデータが確認できる。が、ゴールドクラスだと?何が起きているんだ?…む!)
清音達の騒ぎに気付いたのか、愛洲が周辺を気にしつつ刀に手をかけ、中腰の態勢(抜き打ちの構え)をとった。
(しまった。気付かれたか!?)
いかに愛洲移香斎といえども、味方とは限らないのである。現状把握が完璧でない今は例え女子供でも油断できない事は清音の経験から理解していた。ましてや相手が剣の達人であれば、レナスの身体強化の恩恵を受けていたとしても身の危険であることは間違いない。
(ここは敵意のないことを伝えるべきか…)
て立ち上がろうとした刹那、こちらからは右手、愛洲からは後方の茂みの中から数人の男達が奇声を発しながら躍り出た。恐らく山賊であろう男達は木彫りの鬼の面を被り、手に鉈や匕首あいくち等の刃物を持っている。裸同然と言っても過言ではないほど、ぼろ切れの様な着物をまとっているその様は闇夜であれば小鬼と見間違う事もあるだろうか。
「へへへ、侍一人に可愛い巫女さんの嬢ちゃんか。いい獲物を見つけたぜ」
「おい、彦三郎!侍はおメェにやるから、嬢ちゃんは任せとけよ。たっぷり可愛いがってやる」
「けっ。彦一兄貴はいつもうまいとこだけ持っていこうとしやがって」
山賊の登場に、柚子は演劇のお芝居を見ているかのようにじっと両手を握りしめ様子を見ている。実際に演劇と思い込んでいるのだが。
「(ゆ、柚子ちゃんが危ないよ!)」
「(山賊か。ここは私が加勢に…む?)」
清音が助太刀に立ち上がる間も無く、山賊の親分であろう彦一以外の四人の男達は地面に這いつくばっていた。柚子は目を丸くして、一歩も動けずにいた。
(流石、時代村の役者さんは凄いよね!)
時代劇のスタントマンと勘違いしているらしい。
「峰打ちだ。お主らごとき刀を抜くまでもない」
「き、兄弟を…か、刀を抜かずに鞘だけでやりやがった!?」
全身をガタガタと震わせなが後退った彦一は、木の根に足を引っかけ尻餅をついた。
「お主らが、村で人さらいをやっている鬼の正体であったか。修行にもならん無駄骨であったな。大人しく役所へ同行してやる。全て洗いざらい罪を話して改心するのであれば命だけはとらぬ」
「ち、ちくしょーっ。こうなったら…だ、旦那ぁ!要心棒の旦那ぁ!」
喚き叫ぶ声に、ゆっくりと茂みから男が姿を現した。背丈は180センチほど。歳は30前後、不精髭にやせ形でやや煤けた黒の着流しで開けっぴろげな胸もとに片手を納めている。腰には一本の大太刀が差してあった。




