第二話 学園での些細な出来事
「相変わらず、気持ちよさそうに寝てるねー」
窓際の席で机に突っ伏して午後の安眠をむさぼっているだろう男子生徒を横目で見ながら、隣の席に座っている友人である少女の制服の袖を引っ張る神納千晶は小声で言った。
千晶はツインテールの似合う活発で流行に敏感な『オタク系』女子。新聞部の手掛ける学園モテモテランキングサイト一年生の部で上位に位置する美少女。また、学年女子ではトップクラスの運動神経の持ち主だ。『見た目は美少女、中身はオタク』の千晶とクラスでも目立つ存在である。
「ここはこいつの出番だね」
少女は慌てて首を振り、やめといた方が…というジェスチャーを出すも空しく、千晶は机の中から一枚のプリント用紙を取りだし、せかせかと紙飛行機を折る事に夢中になっている。
テレビの教育番組を見ているわくわく感いっぱいの子供のようだ。
手先の器用さと行動力は友人である少女も一目置いており、この状況においては半ばあきらめモードに入っている。
「で、あるからして信長は本能寺の変において…」
「よしいけっ! 千晶ミサイル15号、発射っ!」
黒縁メガネのいまいち冴えない30代後半男性教師の歴史担当加藤。彼が黒板に説明を加えながら書き込みを始めるのを見計らい、同時に紙飛行機をその男子生徒に狙いを定め飛ばした。
スーッと二人の生徒の頭上を飛び越えた自称『千晶ミサイル15号』が男子生徒の頭に直撃するかと思いきや、頭の下にあった腕がすっと伸びて掴みとる。
すぐさま、それはクルリと反転され、絶妙な角度で先程の放物線をなぞるように放り返された。
「むぅ、二勝十三敗かぁ」
キーン…コーン…
千晶が戻ってきた紙飛行機をはっしと受け止めたのと同時に四時限目終了のチャイムが鳴り響いた。
「えー、時間となりましたので授業は終わりますが、明日の小テストに今日の授業の一部出ますから覚えておいてくださいね。あと神納さんと真田くんは放課後視聴覚室に来てください」
いつの間にか二人のやり取りに気付いていた加藤の落ち着いた淡々とした声に、千晶は一瞬しまったといった表情でがっくりうなだれる。
真田と呼ばれた男子生徒はむっくりと起き上がり、寝ぼけ眼で千晶を見た後、ささやかな反論を試みた。
「先生、俺は一応被害者なんですけど…」
「授業中に居眠りしている者が被害者なんて言い訳通用すると思うかい?」
反論の余地なし。
千晶は真田を見て、残念でしたーとからかう。
そんなクラスメート達は二人を見て、まーたいつものかよという者、仲が良いねーとからかう者でやんやと騒がしくなった。
(ほんと、二人は仲が良いな。羨ましいよね)
と、千晶の友人である彼女…御堂柚子は、そっっと小綺麗に書き込まれたノートを閉じた。
昼休み。生徒達にとっては友人と語り合いながら食事をとる憩いの時間が過半数を占める。が、例外もある。
「充之ぃ! 今日は学食だよね、だよね?」
「残念でした。昨日の晩飯弁当に詰めてきたから。どうせ、ついでにパン買ってきてだの言うんだろ?」
「な、なんてことだー!! 充之のミジンコ並の知能にあたしの計画が読まれているなんて!」
「俺がミジンコならお前はミドリムシだ」
「おぉ、神よ。哀れな美少女はかような男に蔑まれ儚く散る運命をお与えになられたのでしょうか」
千晶は世界の終末かと言うようなオーバーリアクションで天井を見上げた。と、すかさず柚子に視線を合わせる。
(あ…いつものかな…)
例えるなら、ペットの小犬が飼い主に何かしら訴えかけるような表情の千晶。
「私も今日は学食だよ。ちょっと家の献立の参考にしたくて。最近、晩ごはんのレパートリーが片寄って来ちゃったから」
途端に千晶の表情が岩戸から天照大御神が姿を現すかごとくまたとなく明るく微笑んだ。
「おー! あたしも久しぶりに学食にしよーと思ってたところなのよ。流石、我が友。話がわかるねぃ。それに比べ、どこぞの馬の骨か分からぬ幼馴染とはわけが違うねー」
「どこぞので結構」
「あはは…」
千晶と真田充之は幼稚園の頃からの腐れ縁である。幸か不幸か二人は小中高校と同じ学校に進学している。本人達は単なる偶然と言い張っているが。
二人が教室から出ていき、充之は机の上に弁当の包みを広げた。夕飯の残りのハンバーグと玉子焼き、ほうれん草のおひたしに肉じゃが、タコさんウィンナー。全て自身の手造りである。幼い頃両親を事故で亡くしてからはずっと姉と二人暮らしだった。料理を始め生活に必要な事柄は全て姉から教わった。勉強以外は。
「真田くん、ちょっといいかい?」
「あ?」
キノコ頭の新聞部員、白河秋彦が構内新聞を片手にひらひらとさせながら近寄ってくる。
「出来立てほやほやの学園新聞だよー。ほらほら、君、一年生モテモテランキングトップ3に入ってるよ。おめでとうっ! 同じクラスの男子として鼻が高いね」
何故か有頂天な白河を余所に、弁当に箸をつける。
「あれぇ? 興味ないのかなぁ? えーっとね、学年女子からの獲得票が62票。理由を抜粋すると、クールでカッコいい。無口で無愛想だけど陰があるそこが素敵…だってさ」
(うん。我ながら昨日のハンバーグは出来が良かったな)
「次回は女子のランキングとるからさ。真田は誰に入れるの?御堂さんかな? それとも、やっぱり加納かなぁ? 美少女ハンターの僕としては、二組の如月きさらぎ葉月はづきさんを推してるんだけどねー」
あくまで無視を決め込んでいた充之の視線の先に、ふと学園新聞の見出しの記事が視界に入った。
「あぁ、これ? 『連続通り魔事件』だね。ここ最近、帰宅途中の生徒を襲う黒い影って噂になっててさ。なんでも、男女関係なく一人の時を見計らって無差別に襲われるらしいよ。幸い被害者はかすり傷ぐらいで済んでるらしいけど。被害者の情報も曖昧で犯人の姿は誰も見てないんだってさ。何の目的だろうね。あぁ、真田君も何か分かったら新聞部に真っ先に教えてね。じゃ、僕はランキング調査で忙しいからまたねー」
マシンガンのように早口でひとしきり喋り終えた白河は嵐のように去って行った。
(通り魔ねぇ)
放課後。
「んじゃ、あたしはコイツ連れて加藤先生のとこ行って来るから柚子は先に帰ってて。今日も家の手伝いあるんでしょ?」
「うん。じゃ、先に帰ってるね。真田くんもまた明日」
「おぅ。御堂もこんな友達いて大変だよな。ま、気をつけて帰れよ。最近物騒な話聞くからな…ってか、千晶!襟引っ張るなって!」
ニコニコ顔で手を振りながら千晶は真田を引きずるように教室を出て行った。
(幼馴染かぁ。うらやましいな)
学生鞄に課題のプリントや教科書、ノートを押し込み、残っていた数人のクラスメートに挨拶しながら柚子は足早に教室を出た。
廊下ですれ違う生徒達は各々の時間の流れに逆らうことなく動いている。
友人とアニメやゲームの話をしながら帰宅する者や部活に汗を流す運動部に所属する者。
後者に位置する須藤影辰も部活の場である道場に向かう所であった。
「ん…充之に千晶か」
充之は嫌な相手と遭遇したと苦虫を噛み潰した表情で顔をそむけた。
「あ、須藤せんぱーい! こんにちは! …ほら、充之も挨拶っ!」
「…こんちは」
ボソッと呟く。
影辰は二年生で一年生である二人の中学からの先輩である。
「部活…と言ってもうちは同好会みたいなものだが、何もせずに帰るより体を動かして汗をかくのもいいだろう。充之、組手だけでも付き合ってくれないか」
影辰が部長を務める古流武術同好会は部員四名の同好会だ。うち一人は幽霊部員である千晶だが。この明勇学園は五人以上で部活に昇格する為、絶えず充之を加入しようと声をかけている。勿論、年間の部費の違いもあるのだが。
「神楽さんの立ち上げた同好会を存続させるには充之、お前の力が必要なんだ。分かってくれないか」
レジェンド…それは彼女、真田神楽の為にある言葉と言っても過言ではない。
他校の不良グループを一人で壊滅させたとか、暴力団の組事務所に乗り込み銃弾の雨嵐の中無傷で生還したとか、数え出したらキリがない。一方では、学園長を手玉にとり裏で学園を牛耳る影のフィクサーだとか、昨年卒業した今でも噂は絶えない。いわずもがな充之の姉である。
「姉さんの名前出されても困るんですけどね。先輩、オレたち先生に呼ばれてますんで失礼します」
そう言うなり、充之はそそくさと影辰の横をすり抜けて行った。
「先輩ごめんなさい。充之には後で話しておきますから。って、充之待てぇ!」
千晶はペコリと会釈をするなり充之の後を追いかけて行った。
(ふむ、相変わらずだな)
そんな二人を笑顔で見送る影辰であった。




