全てを越える力 後編
前回のあらすじ
大魔王サタンを滅した神楽達。
ミルフィーの目覚め。
自らの過ちを悔いた魔王ベルゼブブ。
多くの犠牲があった中、生き残った者達は何を思うのだろうか。
全てが終わりを告げようとした矢先。
女王紫苑は、その限りない欲望と憎しみをもって、全てを破壊する巨大な怪物ラミアと化していた。
「口惜しい。我は独り。この世の全てを混沌の闇に葬り、我もまた闇へと消えよう。我の行く手を遮る者は皆殺し……」
ラミアとなり、悪しき憎悪に囚われた紫苑は既に人の感情さえも失っていた。
「痛いっ!」
「あ、頭が……割れそうだ!」
渦巻く邪念と憎しみが入り交じる気に、その場にいた桜庭や霞、ルーやシャイルなどレナスの加護を受けていない者達は頭を抱えてうずくまっていた。
「まさか……人がこれほどの力を得ようとは。こいつは下手すればサタンよりも質が悪いな」
アスタロトは独り呟く。
「おい! 大悪魔っ! あんたの力で何とかしろよっ!」
やっとのことで、舞台までたどり着いた立石が吠える。
「そうしたいのもやまやまだが。魔力のない者には分からんと思うが、今のあやつには一切の魔法は通用せん。底知れぬ闇の魔力をエネルギーとしておるゆえ」
「どうりで、倉前さんが放った魔法は全て効かなかったはずだ」
「使えねぇ、大悪魔だぜ」
バチン!
「あだっ!」
「また、あーちゃんの悪口を言う! あなたにはお仕置きが必要ですわね!」
いつの間にか気を取り戻した響子のハリセン攻撃に頭を押さえてしゃがみこむ立石。
(今はかろうじて、あやつらがしのいでおるが……)
アスタロトはラミアの進行を妨げるように闘う三人の姿を見上げる。
アリス、早苗、香川である。
「香川さん! いいのですか? あの姿は栞さんの……」
防戦に徹し、持ち前のスピードでラミアの鋭い爪をかいくぐり翻弄する早苗が尋ねる。
「心配無用だ。姿は栞さんでも、心は魔物。今、こいつを止めなければ、明日はない!」
言いつつ香川の放った光の矢がラミアの胴体に突き刺さる。
しかし、その巨大な怪物は香川の光の矢さえも闇の中へと取り込んでゆく。
「くっ! ならば、奴に届くまで射ち続けるまでっ!」
再度、香川は自らの両手に光の矢をつがえるが、アリスの手がそれを押し留めた。
「無駄よ。貴方の闇に対抗できる光の力を持つ矢でも、アイツには通じない。闇が濃すぎる」
(相手が悪いとしか言いようがない)
アリス自身も悪魔としての闇の力をもってしても、ラミアの力を増幅させるに過ぎないと。
「(ベルフェゴールよ、聞こえるか?)」
「(ベルゼブブ様。よく聞こえておりますよ)」
早苗の中に宿りし悪魔は元主の呼び掛けに応える。
「(あれは、お前の手により生まれた怪物。なんとかならぬのか?)」
「(お言葉ですが、私はきっかけを与えたに過ぎません。あの人間の持つ憎悪や憎しみ、我欲などの負の感情があのような怪物を作りあげた。まさに、傑作……いや、予定外の産物ですな。既に、私の力が及ぶ範疇を越えております)」
「(そうか……)」
ベルゼブブは失った腕の付け根を押さえつつ、足元を引きずりながら歩き出した。
「ベルゼブブっ! 何を……」
「部下の不始末は私の不始末。人間達をこれ以上、巻き込むわけにはいくまい」
ブワッ!
ベルゼブブの背に黒き翼が姿を現す。
「まさか! やめろっ! 主ルシファーも、それを望んでは……」
「ありがとう、我が旧き友。私はけじめをつけさせてもらう」
一際大きく羽根を羽ばたかせ、ベルゼブブは飛んだ。
「(すまない、ミルフィー。私の我が儘でお前の命も……) 」
「(ベルゼブブ様にお救い頂いた仮りそめの命。私は貴方様と共になら……)」
自分を見上げ、何やら叫ぶ岬や解明を飛び越えて、ベルゼブブは一直線にラミアへ向かう。
「(か、香川さんっ!)」
香川の頭上を飛ぶベルゼブブの中の魂が叫ぶ。それは、未だミルフィーの中に残りし栞の声。
「こ、これはっ! 栞さんっ! ベルゼブブ、何をする気だ!?」
「我が命、この為に。……エンドレスナイト! あの者に憑きしし闇の力を我と共に無限の彼方へ!」
魔力をほぼ失っているベルゼブブは、己の残りわずかな生命力を魔力に還元し、エンドレスナイトを発動させたのである。彼の両手に溢れんばかりの闇の波動がラミアの闇を吸い込んでゆく。
シュンッ!
「ぐおっ!」
しかし、そのベルゼブブの捨て身の行動は、いずこから現れた光の刃により阻止される。
彼の羽根はちぎれ、そのまま落下し地に体を叩きつけると動かなくなった。
ラミアは己を殺めようとしたベルゼブブを掴もうと腕を伸ばした。
シュンッ!
「ギィヤァァァァッッ!」
再度、光の刃が走り、ラミアの片腕が落とされる。巨体をのたうち回らせ、辺り一面を破壊し続ける異形の怪物。その顔は既に美しかった栞のものだったとはおもえぬほど醜く歪んでいた。
「困るんだよねぇ。勝手に終わらせてもらっては。ベルゼブブくん、君の首は我が主の元へ届ける手土産なんだからね」
その声は光の刃を放った者の声。
「大魔王サタンにつぎ、魔王ベルゼブブ、そして大悪魔アスタロト。どこやらに隠れている悪魔セト。これだけの悪魔を一挙に神罰を与えられるなんて、今日はなんて素晴らしい日だ。主よ、感謝いたします」
「き、貴様あっ!」
アスタロトは地の底から響くような声で叫んだ。友を討たれた憎悪と、今まで気付かなかった己の未熟さに怒りを露にしたのである。
レナスメンバーも一同が驚愕し、我を疑っていた。
「いやぁ、いつ気付かれるかとハラハラしたよ。でも、いいタイミングでベルゼブブを討てた。流石の私もエンドレスナイト……って言ったっけ? あれの前にはちょっと手間取りそうだったからね、あはっ!」
シャイルは己の剣を鞘に納める。そして、背に光輝く翼を大きく広げ、胸を張った。
「あぁ、呆気にとらせて申し訳ないね。自己紹介がまだだった。私はミカエル。天界最高神ゼウスの使徒、天使長ミカエルだ。ふふっ、神の造りし人の子達よ、ご苦労様でした」
遂に姿を現した天使長ミカエル。
シャイルの姿を借りて降臨した神の使いである彼女の目的は、悪魔達の殲滅であった。
彼等は神と悪魔の戦いに踊らされただけの存在なのか?
今、人間達は立ち上がる。
次回 人が人である為に
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




