そんなハズではなかったのに……
前回のあらすじ
魔王サタンにより、地獄から呼び出された悪魔オセ。
円は強大な悪魔達に立ち向かえるのか?
煌々と闇の中で光る両目はサタンの声に反応し、何度か瞬きをくり返す。獣の前足を裂け目にかけ力を入れると、少しずつ裂け目が広がってゆく。
(オセって……あのオセ?)
悪魔オセ。
その容姿は豹であるが、人間の姿を好み、頭のみを豹としたまま姿を現す事が多い。鋭い眼光と爪を持ち、頭に王冠を戴冠する高貴な悪魔である。悪魔としての性格はいたって紳士的であるが、こと戦闘においては獰猛で、対する敵を死に至るまで追い詰める。
「小娘よ、我が直接手を下さずとも、汝の死は明らかである。本来ならば、地獄の手の者を軍勢ごと召喚したいところだが、我の力はまだ元に戻っておらん。だが、人間の小娘ごときセトで充分であろう。せいぜい足掻くがよいわ。」
サタンは嘯き、側にある岩に腰かけた。
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! あんたもまとめて地獄に追い返してやるわよっ!」
正直、円にそのような自信はない。彼の想いに感化され、勢いに任せて言い放った強気な台詞が後悔を生んだ。
だが、後悔先に立たず。時、既に遅し。
今まさに、地獄の裂け目から悪魔オセが豹の頭を突き出し、ライフサーガの地に足を下ろすところであった。
セトは頭こそ豹のままであるが、体は真っ白な燕尾服に身を包み現れた。そして、白い手袋をした手で顔を拭うと頭の王冠のズレを直す。
「人間界……ではなさそうだな」
(うっわぁ! 来た来た、オセだよ。悪魔だよ)
円は不思議な感覚に捕らわれる。死という終焉を前に、あれほど恐怖に駆られていた自分が、人の言葉を話すオセを前に『カッコいい』と思っているのだ。
スラリと伸びた姿勢に小綺麗な燕尾服。胸に差した真っ赤な薔薇。腰に差しているレイピア。豹の顔さえなければ、おとぎ話から出てきた異国の王子様である。
「サタンよ。復活を果たした貴公が私を呼んだのは、さぞ重要な用事であろう。聞かせてもらおうか」
「うむ。我の前に立ちはだかりし、人の子を殺せ。殺し方はお前に任せる」
オセは円を一瞥した。
「………………」
「あ、あの……」
静かに目を閉じたオセはレイピアの柄に手を掛ける。
(か、体が言う事をきかない。あたし、死んじゃう!)
次の瞬間、抜き放たれたレイピアはヒョウッと旋回し、あろうことかサタンの胸に突き立てられた。
「え!?」
「ぐうっ!」
まさか意図していない部下の裏切りに、サタンは呻き声を上げる事が精一杯であった。
「サタンよ。地獄の悪魔を率いる王が、このオセに人間の小娘一人殺せと? 笑止千万! 貴様には愛想が尽きたわ!」
深々と突き刺さるレイピアに力を込める。眉間に皺を寄せる大魔王。
(オセが……サタンを裏切るなんて!)
円はまさかの事態に、ただ呆然とことのなりゆきを見守る事しか出来なかった。
様々なゲームで登場する悪魔オセは、極めて大魔王サタンに忠実であり、人間の敵として表現されてきた。それが、まさかサタンと敵対するとは夢にも思わなかったのである。
「オセよ。貴様もルシファーに感化されたか」
(ルシファー!? サタンとルシファーは同一の魔王ではないの?)
円のゲーム知識の範疇の外に答えはあった。
「アスタロトを見て、私も考えを改めざるを得なかったわけだ。サタン、貴様は地獄や魔界を統一できる器ではない。ベルゼブブごときにそそのかされた悪魔と未来を見据えた思考を持つルシファーとは雲泥の差よ。既に地獄の悪魔達の半数以上ははルシファーを主と見ている」
「ぬぅ! 我が眠りについておる間にやりおったなルシファーめ。だが……」
胸に刺さったレイピアを右手でむんずと掴んだサタンは、その体に闇の波動を纏う。
「ぐっ! まさか、既に力を取り戻して……」
じわりじわりと体から抜けてゆくオセのレイピア。渾身の力を込めるオセの額に汗が滲む。
「完全ではないがな。貴様を屠るには充分な力は取り戻しておるわ!」
切っ先が完全に抜けると同時に、サタンの左拳がオセの腹部をえぐる。
「ぐはっ!」
「うひゃっ!!」
オセの体が宙に浮き、円の目の前に落ちてきた。
さしもの悪魔オセも、力を取り戻しつつある大魔王の拳の前に膝をつく。
「まさか、そんなハズではなかったのに……」
計算外。オセは己の力のみでサタンを討つ事は不可能だと悟った。強者ゆえに強者の力を瞬時に理解できたのである。
「さらばだ。我が配下であったオセよ。永遠の闇へと消えよ!」
サタンの強大な魔力がオセに向かって放たれようとした矢先だった。
「む?」
「ぬ、人間!?」
オセの肩に触れ、彼を庇うように前に出る一人の少女。
「……事情はわかったわ。オセ……さん。後はあたしに任せて」
悪魔セトを庇い、サタンの前に立つ円。
彼女がセトに見た過去とは?
大魔王サタンと一人の少女の世界の存亡をかけた戦いが幕を開ける。
次回 アスタロト
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




