天才ゲーマー坂本の正体 後編
前回のあらすじ
ひょんなことから、ライフサーガを手に入れた倉前。彼はネットオークションに出す為、試しに知り合いの花音と共にライフサーガをやってみる事にした。
が、ライフサーガのランダムスタートにより褌一枚の姿で恐ろしい高難易度ダンジョンに転送させられる。
突如、襲い掛かるドラゴン。
窮地を救ったのはローブを着た謎の男であった。
男は言う。助けた礼に金を出せと。
「金か。あいにく今はこんな姿で所持金もないんだ」
倉前はお手上げだという風に肩をすぼませた。
ローブの男は首をふる。
「あんたらがランダムスタートの初心者だってのは分かっているさ。でなければ、こんな物騒な場所に素っ裸に近い格好でいるのは狂気の沙汰ではないからな」
二人が改めて当たり一面を見回すと、真っ赤な脈打つ壁や地面が体の平衡感覚を狂わせていることを知る。更に壁面には無数の小さなトカゲのような生物が群れをなしていた。
「気持ち悪いとこね」
「なんだよここは! 一体、俺達はどんなとこに飛ばされて来たんだ!?」
「教えてやろう。ここは邪竜アジ・ダカーハの体内だ」
二人はキョトンとした目をローブの男に向けた。
「まさか、アジ・ダカーハを知らないのか? くっ、こんな奴らがなんでライフサーガなんてやってんだよ」
アジ・ダカーハとは。
伝説として名を残す邪悪な竜、もしくは蛇の姿をした世界を滅びに導く怪物として恐れられた。あらゆる爬虫類を無尽蔵に生み出すその体は、あまりの巨体ゆえに、ありとあらゆる生き物を飲み込むとも言われている。
「俺はこいつの体内に繁殖するドラゴンを狩っているのさ」
男は今しがた剥ぎ取ったドラゴンの爪や牙を革袋にしまいこんだ。
「さて、話はここからだ。アジ・ダカーハは己の体内に入り込んだ異物……あんたらや俺を排除しようと、こいつのような奴を集中させて来るだろう。こいつのような小型のドラゴンはましな方だ」
「ましな方だと!」
「そうだ。更にでかくて炎を吐くファイアードラゴンや、吸っただけで即死する毒の息を吐くトカゲ型のバジリスクなどなど。俺は切り抜けられるが、あんたらは死ぬ……つまり、ゲームオーバーだ。そこで相談だ」
男は小型のドラゴンの屍の上に腰を下ろして、再度手を差し出した。
「俺が欲しいのはライフサーガ内のちゃちな通貨じゃない。現実の金。円だよ」
倉前の眉がつり上がる。そう、この男は本当の『金』を要求していた。
パンッ!
差し出した手の平を払いのける。
「バカを言うな! なんで俺達がゲームなんかに現実の金を払うんだよ。遊びだろ! 所詮、ゲームだ」
「そうよ! 私達はただ遊んでるだけなのよ! 私、気分が悪いわ! 倉前ちゃん、早くこんなゲームやめましょうよ!」
男はじっと自分の手の平を見つめながらぶつぶつと呟いていたが、やがて開きなおったかのように倉前達を見上げて口元に笑みを浮かべる。
「本当にいいのか? 倉前和彦……」
「な!?」
(なんで俺の名前を知っているんだ!)
倉前は思った。この男の前で自分も花音も本名は口にしていない筈である。だが、この男は自分の名前を告げた。
「◯◯商事に勤める入社八年目のサラリーマン。独身。付き合っている恋人もいる。なのに、夜遅くまで美少女と二人っきりでゲームに夢中」
「!?」
花音は慌てて握り締めていた倉前の手を離す。
「この会話とゲーム画面は録画済みだ。これを会社……さらに、恋人さんに送ればどうなるかな?」
「脅迫か! こんな事してタダで済むと思うのかっ!」
頭に血が回る。体が熱い。まさか、こんなゲームで誰か分からぬ人物に脅迫されるとは思ってもみなかったのが実情。
「あぁ? 警察に通報するか? ゲームの中で脅迫されましたって? 無駄だね、酒を飲んでゲームやってる奴に相手をするほど警察は暇じゃないんだぜ」
(こいつ……)
男は今の現実世界の倉前の行動を把握していた。ハッキングの類いとは明らかに違う手口。データ上で得る事が出来る情報ではない。かといって、店内には他の客も居なかったはずである。
「いくらだ?」
「ん?」
「いくら払えばいいかと言ってるんだよっ!」
男は手の平をパーにして見せつける。
「五十……」
「五十万か……」
(こいつ無理なく俺に払えそうな額を指定してくる。やはり、この手のプロか!)
詐欺師の被害を受ける事に屈辱感を感じてはいたが、隣にいる花音の事も忘れてはいなかった。自分だけならまだしも、彼には家族がいる。写真で見せてもらった事があるが、綺麗な奥さんと幼い子供達であった。ローブの男は花音の情報も持っているかも知れないと倉前は考えたのである。
「ママ、迷惑かけてすまなかった。ゲームを持ち込んだ俺の責任だ」
「倉前ちゃん……あたしも無理言ってやってみたいって言ったから……」
二人のやりとりの最中に、何故か呆けていたのはローブの男の方だった。
(五十万……この人達、さっき五十万って言ったわよね! 怖っ! あたし、もしかして犯罪者になっちゃうの! てか、五十万あったらペロチューキャンディどんだけ食べられるのよ!)
暗い部屋の中にパソコンのディスプレイの明かりがまだ幼い少女の顔を照らしていた。
壁には静音と同じ明勇学園中等部の制服がハンガーにかけられている。机の上に放り出されているやりかけの宿題。四十点と赤点がつけられた答案用紙の名前の欄には、汚ない字で犀川円と書かれていた。
(とりあえず、ちゃんと言わなきゃまずいよね)
感覚でずれた座布団をお尻をスライドさせて整え、ずり落ちた毛布を肩までかけ直し、彼女は意を決した。
請求した金額が本当は五十円だと言うことを。
そして、彼女は知らない。たとえ五十円でも脅迫は立派な犯罪だということを。
二人を救った謎の男の正体。
それは静音明勇学園中等部の少女であった。
彼女の名前は犀川円。
次回 円世界を救う
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