天才ゲーマー坂本の正体 前編
前回のあらすじ
立石と響子を間一髪救う奇跡の魔符術。
倉前に魔符術を教えた謎の人物『坂本』とは何者なのか?
午前1時。倉前は右手に煙たつ煙草、左手に一枚のディスクが入ったプラスチックケースをもてあそびながら、頬杖を付いている。グラスの中のロックアイスがカラリと音を立てた。大晦日前の店内は静かで、客は倉前のみである。
「あら、倉前ちゃん。浮かない顔してどうしたのよ?」
Barビスコッティのママである花音がグラスを磨きながらカウンター越しに話しかけた。
「あぁ。会社の忘年会のビンゴゲームでもらったんだけどさ。ライフサーガってゲームらしいんだ。ママは知ってるかい?」
「ごめんねぇ。あたし、そういうの疎いから」
花音はすまなさそうに口をすぼめ、頬に手を当てた。手の甲にはびっちりと生えたうぶ毛が店内ライトに照らされている。
「だよな。パッケージがあればゲーム専門店で買い取りしてもらえるかも知れないが、これ一枚なんだよな。しかも、出品者不明なんだよ。どんなゲームかもさっぱりだ」
「あら。パッケージがないのなら、ネットオークションに出せばいいのよ。もしかして、お宝モノかもよ?」
「お! なるほどな。とりあえずネットで調べてみるか」
カウンターに仕事用のパソコンを開いて、ネットにつなぐ。検索サイトで『ライフサーガ_ゲーム』と打ち込むとわずかだが、掲示板サイトのログが現れた。
「えーっと……ライフサーガは若手人気ゲームプログラマーである柊零次氏がプロデューサーを務めた初の本格的MMOである。現在、ごく僅かの希望者のみにベータ版を配布しており、開発の参考資料を集めている……らしい……っつーことは、こいつは非売品かよ」
倉前は頭を抱えた。
「値段のつけようがねぇじゃないか」
「でも、あたしは知らないけど柊さんって人気のプログラマーが初めてプロデュースしたゲームなんでしょ! しかもごく僅かだって。きっとどこかのマニアが高値をつけてくれるわよ」
花音はアイシャドーの濃い目蓋をパチクリさせる。濃いのはアイシャドーだけではないのだが。
「そうかもな。では、早速出品するか。このディスクと……」
手元の紙袋から2つのヘッドディスプレイを取り出した。
「なになに!? そのサングラスみたいなの?」
「おそらく、これをつけて遊ぶんだろうな。最近流行りのVRとか言うやつだよ」
花音は目を輝かせる。
「ねぇ、売ってしまう前にちょっとやってみない? 今日はお客さんもうこないと思うし、お店閉めちゃうから!」
「ん? あぁ、そうだな。オークションに出す際に商品説明書かなくちゃいけないし。ちょうどヘッドセットも二つあるからな」
倉前はヘッドディスプレイを接続し、ディスクを挿入する。すると、ライフサーガのタイトル画面が立ち上がった。
ヘッドディスプレイを着けた彼等の視界一面が一瞬にして大草原へと切り替わる。
「あぁっ! 凄い綺麗な草原!!」
「……お! すげぇな。タイトルからVRかよ。しかも入力は空中に指先をスライドさせるだけだってよ。えーっと、とりあえず二人プレイ、はじめから……っと」
二人の視界に個別のキャラクター設定画面が現れる。年齢、性別、スタイル、髪型etc……
「子供の時にやったRPGを思い出すな。よし、俺は渋めの魔法使いタイプにするか」
倉前が口髭を生やしたロマンスグレーの紳士タイプのキャラクターを作成している隣では、鼻歌混じりに巨体を揺すって夢中になっている花音。
「んじゃ、スタート!」
大草原がフェードアウトし真っ暗になったかと思えば、次の瞬間、二人は巨大なダンジョンの中に放り出されていた。
おどろおどろしい脈打つ壁。まるで何かの体内にいるかのようである。その光景があまりにリアルで、ゲームとはいえ手で触れてみる事さえも体が拒否しとしまう。
「な、なんだよ、これは!? 想像していたものと違うぞ! なぁ、ママ……う!」
倉前の隣にいた筈の花音の姿が見えない。倉前よりずっと身長が高い花音が視界から消える筈はなかった。
その時、不意に股間の辺りが締め付けられた。
「う、うおっ!」
見ると、自分の体は裸体で身に付けているものは真っ白なふんどし一丁。そのふんどしを金髪の年若い娘がネグリジェ一枚の姿で引っ張っているではないか。
「倉前ちゃん! 倉前ちゃんでしょ?」
「ま、まさか……ママか!」
そう、花音のエディットしたキャラクターは金髪で愛らしい十代のうら若き乙女であった。
「当たりっ! それにしても、倉前ちゃんはおじさんがいいの?」
その声はいつもの花音のドスの効いた声ではなく、まるで小鳥のさえずりを思わせる可愛らしい声だった。
(ライフサーガ……恐るべしだな)
「さて、ここからどうするかだが……」
いきなりわけのわからない場所に素っ裸同然に放り込まれたのだから、いきなり動くわけにもいかなかった。
二人はライフサーガのヘルプ画面を小一時間かけて熟読する。
そして、わかった事は……
「確率一万分の一、ランダムスタートってやつを引いちまったようだな」
「あら、倉前ちゃん強運ね!」
容姿がいつもの花音であればつっこみを入れていたに違いない。
ランダムスタート。それは確率一万分の一で発生する特殊スタート。通常は街の冒険者ギルドからスタートするのだが、低確率で所持品ゼロから無作為に選ばれた地点からスタートするハードモードである。
その代わり、通常のキャラクターよりステータスは優遇されているのだが。
「って言っても、裸でドラゴンを倒せるわけないだろぉ!」
「倉前ちゃん、早く走って!」
二人は小型のドラゴンに追いかけられていた。小型といえども倉前のキャラクターより頭一つ背の高い子供のドラゴンである。大人の竜のように知恵はなく火も吹かないが、せの強靭な顎は人の頭蓋骨なら簡単に噛み砕いてしまいそうである。
「だ、ダメだ。年齢設定上げすぎて……体力が続かない……」
今まさに、すぐ背後から頭に噛みつこうと牙を剥き出しにした竜のあざとが迫りくる。
「深淵なる地の底に住まう精霊よ。その固き鉄槌にて敵を打ち砕け! ストーンハンマーっ!」
突然、岩石が竜の頭上に現れ、ドラゴンの頭を打ち砕いた、
「え?」
振り返った二人の前に今しがた命が尽きたドラゴンの体をナイフで切り刻む若い男の姿があった。
「あんたら、初心者だろ?」
グレーのローブに身を包み、三角帽を斜めに被った若い男はそれが当然とでも言わんばかりに平然とドラゴンの牙や爪を剥ぎ取っている。
「そ、そうだが……助けてくれて……」
倉前が礼を言い終わらないうちに、男は手の平をさしだした。
「感謝の言葉が何になる? わかるか? この世界では金が命の代わりなんだよ」
倉前と花音、そしてこの謎の男……坂本との初めての出会いは、こんな最悪なスタートから始まったのである。
敵か味方か?
謎の男の登場で、ゲームオーバーを免れた二人。
果たして、この一見金の亡者とも思える彼は何者なのか。
次回 天才ゲーマー坂本の正体 後編
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