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学園英雄記譚 - Lenas (レナス)-  作者: 亜未来 菱人
ライフサーガ編
172/290

父との誓い

前回のあらすじ


舞台の前に集結する若者達。


岬は過去の記憶を思い出していた。



果たして、解明の秘策とは?



彼はベルゼブブを討つことが出来るのか?

狂喜に満ちた表情で、ゆっくりと解明に詰め寄るベルゼブブ。



解明はおもむろに眼鏡を外し、胸のポケットに差し込んだ。



会場内を眩く照らす魔力光に目を細めながら、微かに目蓋を開く。



(眼鏡、投げ捨てたらカッコいいんだろうけど、佐々木小次郎みたいになりたくないんでね)






佐々木小次郎。



稀代の剣士として、かの剣豪宮本武蔵のライバルとして伝えられている。

彼は巌流島にて、宮本武蔵と一対一での決闘を行った。彼は物干し竿と呼ばれる長い刀を使うのだが、刀を鞘から抜き放つと、鞘を放り捨ててしまう。それを見た武蔵が叫んだ言葉が有名な『小次郎破れたり!』である。



鞘を棄てるという事は、この闘いを生きて戻らぬ……つまり、生き残った後に刀を納める鞘がないという事に繋がってくるのである。



小次郎は武蔵の二刀流の前に敗れ、命を落とす。



あくまでも、伝承の類いではあるが。






「眼鏡を外した?」



神楽は解明の行動に合点がいかないまでも、何故かそれが彼の秘策であると心の中ではわずかに感じずにはいられなかった。



「そういえば、彼は幼い頃から目がいいんじゃなかったのか? ならば、どうして眼鏡をかける必要があったんだ?」



一同は岬の疑問に改めて気付かされた。視力が良い人間が何故裸眼ではなく眼鏡をかけているのか。



それは解明の幼い頃のある出来事が関係していた。







平賀解明が中学に上がった頃、突如、原因不明の頭痛に襲われた。



杉田玄白と常に共にいた頃から人体について研究していた源内は、現代医学だけに留まらず、独自の観点から様々な知識を得ていた。それがあったからこそ、彼は今もなお生き続けているわけだが。



彼は解明の体の症状を医者に頼ることなく、。自身の目で見ることにした。



「やはり……な」



実は彼は近い将来、このような症状が起こる事を予見していたのである。



「父上、何か分かったのですか?」



「うむ。解明、明日から眼鏡をかけなさい」



「?」



解明は源内の突然の言葉に違和感を感じ、反論する。



「いや、僕は視力がいい方ですから、眼鏡なんて必要ないですよ。それと、この頭痛とはどんな関係があるんですか?」



源内は腰の後ろで手を組み、背を向けて答えた。



「良すぎるんじゃよ」



「良すぎ……る? まさか」



中学生入学時には、高校の教師並の知力を得ている解明。源内の言葉に秘められた自分の欠点には薄々気付いていた。



「人間の脳は、与えられた情報量を瞬時に理解する上での限界があるんじゃ。お前の目……視覚は普通の人間の何倍、いや何十倍もの情報量を随時読み取っておる。脳がその情報の解析に追いついておらなんだ。その為、頭痛という形で訴えかけてきておるのよ。更に困った事に、お前のに視力は年々上がっておる。このままではいずれ死に至る可能性もあるのじゃ」



「なるほど。視力を下げる為の眼鏡ですか」



「そうじゃ。わしが作ってやろうさの」



源内の作った眼鏡は彼の視力を落とした。



「うっわぁ、何ですか、これ? 全然、見えないじゃないですか!」



「しばらく我慢すれば直に慣れてくる」



(一応、2.0まで抑えたはずじゃが。こやつどこまで見えていたのやら)



「そうじゃ。しかし、今からわしが言う誓いだけは守ってくれ」



「……はい」



翁面で表情から源内の心の声は読み取れない。だが、声の張りから、それが非常に大切な事だと理解出来る。



「如何なる事があっても眼鏡は外すな。眠る時以外はな。今はまだ頭痛で済んでおるが、お前が成長し、更に視力が上がった時にその目は(くさび)となりお前の自由を奪うじゃろう。それは、自身を殺すこととなろうぞ」



ゴクリ……



普段から優しい父が初めて見せる厳しい姿勢に、若い彼は肝が冷えるような心持ちであった。



「も、もし……誓いを破ったなら?」



おずおずと弱々しく問いかける解明に、源内は振り向き、彼の顔間近に翁の面を近付ける。



その威圧感たるや、解明が生まれて初めて感じる強烈なモノであった。



「晩御飯抜きじゃ」






「くくっ!」



解明の口から笑い声が漏れる。



「何がおかしい? まさか、死を間近にし、気でも狂ったとは言うまいな。真田の技使いが聞いて呆れるぞ」



「いや、過去を思い出してね。それより、ほら、来なよ。遊んでやるからさ」



「ぐっ!!」



ベルゼブブの表情がそれとみて憤怒している事は誰の目から見ても分かる。まさか、魔界の悪魔達を従えてきた彼が、虫けら同然に扱ってきた人間に愚弄されるとは想像の範疇外だったのである。普段の彼ならばすぐに冷静さを取り戻せたのだろうが、解明の言葉には真田の技を使うアノ男を思い出させていた。



「人間め! 私をどこまでコケにする気だ。ならば……今すぐ死ねっ!」



ベルゼブブは魔剣ソウルイーターを振りかざし、真っ向から突進した。その早さは先程の超スピードの解明を上回る。



「親父殿、今、誓いを破らせてもらうよ!」



解明の額や頬に尋常ではない血管が浮き出て、彼の瞳がくっきりと見開かれた。



ベルゼブブの超スピードに彼の姿を捉える事が出来たのは神楽と桜庭、一生の三人のみである。



(無理だ! あのスピードは流石にかわせん。数人がかりでも一撃与えられるかどうかだ)



桜庭は己の考えていた作戦を変更せざるを得ないと考えた。



が、桜庭の不安を余所に、解明の動きはそれを凌駕することになるとは誰が予想出来たであろう。



片手大上段に構えられたソウルイーターが凄まじい勢いで解明に振り下ろされる。しかし、解明は気付かないのか微動だにしない。



(やはり、あいつには荷が重過ぎたか……なっ!?)



振り下ろされた魔剣は解明の体を切り裂いたかに見えたが、魔剣は何物にも触れず地面を叩く。それはベルゼブブにも予知できぬほどの想像を絶する超スピードを越えた神域に至る速さであった。



解明はただわずか数十センチ横に体をずらしただけである。大きな動きはない。



「まぐれか。しかし、次はそうはいかん」



地面に当たって跳ねたソウルイーターが、再び解明に向けて跳ね上げられる。



上体を反らし回避する解明。



「なんだとっ! 私の速さを越えているだと? その動きは神の領域ぞ! 何者だ、貴様っ!」



「ただの……引きこもりだっ!」



解明は右の手の平にありったけの力を込めて、ベルゼブブの胸元めがけ打ち放った。



「真田流、螺旋空圧掌(らせんくうあつしょう)っ!」



「あれは!」



テレサ戦で神楽が使用した技である。手の平で圧縮し練り込んだ気を、螺旋状に対象に向けて放つ技である。圧縮した気は対象に触れると同時に一直線に螺旋の渦が突き抜けてゆく。それはさながら、天駆ける龍の如く驚くべき速さであった。



「くっ!」



魔王である彼でさえもこの技に危険を感じ、咄嗟に両腕で防御する。



ギャルルルッ!



「ぐうっ!」



ズズズズッッッッ!



練り込まれた気の渦はベルゼブブの体を巻き込み、彼を舞台の端まで追いやった。



あわや、ベルゼブブは結界に触れる直前のギリギリのラインに踏みとどまる。結界を仕掛けた張本人と言えども、それに触れる事が彼自身も例外ではないという事の証明でもある。



解明は唇を噛んだ。



(くっ! あの一撃ではまだ足りなかったか)




「はぁはぁ……」



肩で息をする魔王ベルゼブブ。彼をここまで追いやった人間は初めてであった。彼に与えた精神的ダメージは肉体のそれを遥かに越えていた。



ピシッ!



「む!」



肉体へのダメージは抑えたつもりだったが、解明の起死回生の一撃はベルゼブブの漆黒の鎧にヒビを入れた。



(まさか、高硬度のアダマンタイトで作った鎧に傷が入るとは!)



魔界屈指の鉱物であるアダマンタイトは、人間界におけるダイヤモンドに匹敵する硬度である。この鎧は名工ダイダロスによる一品で、ルシファーから与えられた物であった。



「う、うぉぉぉっ!」



ベルゼブブは狂ったように頭を振り、綺麗に整った髪を振り乱しながら、再度上段に剣を振りかぶって突撃する。それは、怒りに我を忘れた獣のようであった。



(冷静に……冷静にやれば次は……討てる!)



解明の体は限界にあった。先程の一撃も、彼の魂を込めた最高の一撃であった。実を言うなら、頭の天辺から爪先までの感覚がない。能力の使用で痛みを越えて体の痛覚がなくなっていた。



解明は静かにベルゼブブの次の一撃を待つ。




「しかし、魔王は何故、解明さんの攻撃をエンド……」



「エンドレスナイトでございます、お嬢様」



「分かってる! そのエンドレスナイトで反撃しないんだろう?」



愛弓と一生の会話を耳にした岬も疑問に思っていた事柄である。その時、ひとつの可能性が頭をよぎる。



「そうか! 単純に自身の強化能力や打撃などの直接攻撃にはエンドレスナイトは使えないんじゃないか! それならば勝ち目はあるはずだ!」



今、彼等の目の前にいる平賀解明という一人の人間が、魔王という絶対の存在を打ち破らんとしている。



それは岬の心を強く支える。



しかし、その想いに応えることが出来ない人物が一人。神楽である。



「ダメっ! 逃げてっ!」



(気付いたか。真田神楽っ! しかし、もう遅いっ!)



ベルゼブブのソウルイーターが再度、振り下ろされる。先程よりも更に早く正確な斬撃である。



だが、解明の動きは更にそれさえも越えた。



(最小限の動きに抑えて、ただ一撃を……打つ!)



「あ!」



解明はベルゼブブのソウルイーターを首を捻ってかわし、地面にめり込んだことを確認し、踵で上から踏みつけた。これにより、ソウルイーターの二撃目を無効化したのだ。



「終わりだ。真田流……零式砲っ!」



「…………」



解明の握り締められた右の拳がベルゼブブの腹に添えられる。



「な!」



その時、ベルゼブブは握り締めていたソウルイーターをいとも簡単に手放し、両手で解明をハグするかのように抱き締めた。



ドンッッ!



「!」



「どう……なったんだ……やったのか?」



抱き締め合い動かない二人。



そして、先に動いたのは、



「平賀解明。確かに貴方の遊びは楽しかったですよ」



ベルゼブブである。



彼がゆっくりと体を離してゆく。



「あ、あぁぁぁっ!」



シャイルが悲鳴に似た叫びを上げた。



なんと、ベルゼブブのヒビ割れた鎧から一本の黒い腕が突き出し伸びており、解明の腹部を貫いていたのである。腕を伝い、赤い血が滴り落ちる。



「な、なんで……なんだよ」



ズシャッ!



一気に引き抜かれた腕の支えをなくし、力尽きた細身の体が舞台に前のめりに突っ伏した。



「君は私が魔王だという事を理解しているようで理解出来ていなかったわけだ。私は今は人の姿をしているが、君はそれに捕らわれ過ぎたわけだ。人間はこれを何と言ったかな……あぁ、奥の手だ。そう、まさに奥の手じゃないか。ハッハッハ!」




(……約束破って……ごめん……よ)



解明の視界は狂喜に満ちた笑い声をあげるベルゼブブを捉えたのを最後に、ゆっくりと閉じられた。



頬を伝う一筋の涙を残して。



父との約束を破り、命をかけてベルゼブブと対峙した解明であったが、魔王という人を越えた存在の前に敗れ去る。



次回 負けられない闘い



今回もご覧頂き、ありがとうございました。

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