まさかの乱入者
前回のあらすじ
ジークと共にその命を散らした団長。
彼の死に悲しむ者もあれば、歯痒さを覚える者もいた。
そうテレサ……いや、霞のように。
「彼のおかげですね。……本当にありがとう」
ルーはうっすらと頬に光る涙を拭き、目を閉じて胸に手を当てた。
その手をテレサはひっつかみ、大声で怒鳴った。
「止めろっ! 彼のおかげだと? 自分が犠牲になって他人を救う? はは、鼻で笑っちゃうね。いいか、あんたらもよく覚えとけ。死んだ奴は大バカだ。たとえ何であろうと私達は死んじゃならないんだよ」
シャイルとルーは彼女の憤りを受け止められず、ただ目を丸くしたまま声をかけられずにいた。
桜庭はルーの肩を叩き、そっと耳打ちする。
「あいつにはあいつの事情があるんだ。君達に辛く当たるのも無理はない事情がな」
テレサの脳裏に亡き父の優しい笑顔が浮かぶ。
(パパ。必ず生きて帰って私が犯人を捕まえるから。……だから、私はここで絶対に死ぬわけにはいかないんだ!)
テレサ……霞の父は彼女と同じ警察官であった。
彼は父でもあり、幼い霞に柔道を教えた師でもある。霞と同じく警察官になる前は柔道一筋で生きてきた柔道バカであった。四段を越える実力の持ち主であった。
ただ、運が悪いのか昇段試験など、大事な試合の前には必ずといっていいほど怪我により試合を欠場していた。その為、大会ではよい成績を残せず引退を余儀なくされた。
警察官の職業は真面目で正義感の強い彼にとっても最良の職場であったに違いない。
だが、ある日、彼は出身地であるS県に単身赴任する事となる。妻と中学生の霞を残して。
「たったの一年だ。すぐに戻るよ。霞、父さんが戻るまで柔道の練習は続けるんだぞ」
「うん。パパが帰ってきたら、たっくさん賞状やメダルにトロフィー見せてあげるから、期待しててね!」
「そうか、無理せず頑張れよ。父さんもお仕事頑張ってくるからな」
父が家を出て、たったの一週間の出来事であった。
霞は登校前に朝食をとりながら母といつもの日課である天気予報を見る為、テレビのリモコンのスイッチを押す。いつもひょうきんで明るい有名アナウンサーの顔が映し出されたが、その時ばかりは様子が違っていた。
「えぇ、昨日、S県A市の路上にて刃物を持った男が突然暴れ出し、通りがかった夫妻を殺害しました。また、偶然パトロール中であった警察官二名が止めに入ったところ、一人が男に刺されて意識不明の重体です。男は逃走し、今だ捕まっておりません。殺害されたのは隣町で喫茶店を営む加納……」
カラン!
霞の手から箸が落ち、テーブルの上を転がってゆく。
テレビの画面の端によく知っている顔写真が映し出されていた。彼女の父である。
母と娘は呆然とニュースを眺めていた。
その日、二人が病院に到着した頃には既に時遅し。彼は冷たいベッドの上で、妻と娘の顔を見ることなく、人生に幕を下ろしていた。
この事件をきっかけに、霞は父にかばわれ命を救われた部下である桜庭と知り合う事になる。
桜庭は何度も二人に頭を下げた。不甲斐ない部下を持った先輩に申し訳なかったと。
桜庭は職務時間外でも、一人霞の父を襲った犯人を探し、追い続けた。
霞も桜庭が動く裏で、ネットの裏サイトの情報を頼りに父を殺した犯人を追い求めていた。
その為には情報を得る為に自身の体をも利用する事はやぶさかではなかった。
しかし、いずれも犯人の情報決め手となる情報を得る事はなかった。
やがて霞が警察官になり、お互いが情報を共有している最中、一つの手掛かりを得る。
それは一通の封書であった。一人暮らしをしている霞の自宅マンションのポストに一枚のライフサーガのゲームディスクと共に届けられていた。
内容は、
「君達が探しているモノはライフサーガというゲームの中に隠されている」
ただ、それだけである。
筆跡も掴みどころのない子供の落書きのようなものであった。
霞はこの事を桜庭だけに話した。何故なら、もし、この内容が公になった場合、犯人に気付かれる可能性があると考えられたからだ。しかも、一大コンテンツであるライフサーガとなると、警察の上層部が乗り出して来て、自分達の行動が制限される可能性もあった。と、するなら筆跡鑑定にも出す事は出来ない。
この情報提供者が何者かは検討もつかない。罠の可能性もあった。しかし、行き詰まっていた彼女達はプレーヤーとなり犯人の手掛かりを探し出す以外に考えられなかったのである。
「あ、あ、あ……」
神楽は片手で口を覆う。
自分の試合中にも団長の応援する声は神楽の耳に届いていたのだ。
ベルゼブブとの対峙の最中、二回目の激しい爆発音が響く。ベルゼブブの背後、観覧席で神楽は彼の最後の姿を目にしていた。
「なんで、なんでみんな死んじゃうのよ! 彼が何をしたっていうのよ!」
普段強気な神楽が取り乱す姿に、岬はただ無言を貫いていた。
言葉が見つからない。いつも側にいた彼女が自分の知らない素顔を見せている。そして、神楽の口から出た婚約者というキーワードがさらに岬の心をかき乱していた。
(神楽、君は私が知らない何を隠しているんだ?)
疑うわけではない。しかし、岬は彼女と自分以外の異性との関係が気にならないというのも嘘である。
(ばかな。こんな時に何を考えているんだ、私はっ!)
頭を振る。しかし、彼の頭の中からそれは薄ぼんやりとした霧のように晴れることはなかった。
(しかし、予定外でしたね。あの女が不死者まで産み出すとは)
ベルゼブブは神楽と対峙したまま動かない。無論、闘う意志がないわけではない。逆に今すぐにでも、自分を罵った真田流を使うあの男の代わりに神楽を打ちのめしたかった。
しかし、それは許されない。
(今の真田神楽を殺しても、最良の魂を得る事はかなわない)
彼には、神楽と立ち会う理由がもう一つある。
それは、神楽の魂を捕縛する為である。
「そろそろ頃合いだ。真田神楽、お前が躊躇している間にまた人が命を落としたぞ。ほら、どうだ? 早く私を殺して、この世界を救う気はないのか?」
神楽はベルゼブブの瞳をじっと見つめる。
「……本当に、これで満足なの?」
「は? 質問を質問で返すな。私は君の答え……いや、覚悟を知りたいのだ」
「……あのコ、それで喜ぶと思ってるわけ?」
「愚問だ。私が望む事は彼女も喜ぶに違いない。かつて、妖精の国を建国した際にも彼女は……」
(あの時、彼女は喜んでくれた? いや、喜んでくれたはずだ。母親との再会にも私は力を貸した。私は間違っていない。きっとそうだ。また、あの笑顔をミルフィーは見せてくれる)
彼の心は決まった。
「もうよい。戯れはここまでだ。真田神楽よ。お前をサタンに捧げる最後の依代とする。その魂、いただくぞ」
「!?」
突如、舞台の周囲に彼等が見たことも紋様とも文字ともつかぬモノが浮かび上がり赤く光りだした。
「これは結界か!」
岬は過去のレナス転送によるミッションで、これと似たような結界を目にした事があった。
「その通り。私達の闘いに水を差されたくないからね。さぁ、始めよう……」
「そうしましょう!」
「あ……れ?」
神楽は舞台から下りており、岬の後ろに立っている。
「か、神楽っ!」
「あれ? あたしなんで……って!!」
舞台の上、ベルゼブブと対峙する一人の男。
「貴様あっ!」
こめかみに青筋が浮かぶ。
「あぁ、ギリギリセーフでした。少し遅れれば結界に弾き飛ばされるどころじゃ済みませんでしたからね」
不敵な笑みと鋭い眼光を眼鏡の下に潜ませて。
「さぁ、やりましょうか!」
解明は、手の平を上に向け、くいっくいっと指で招く。カンフー映画などでよく見かける挑発ポーズである。
「貴様とやる理由などないわっ! 早く真田神楽を出せ。さもなくば、貴様以外の人間も皆殺しにしてくれるっ!」
「こ、これはっ!」
ベルゼブブの手の平から極大のエネルギーの塊が浮かび上がる。まるで太陽の如く光を放つそれは会場全体を眩く、真昼のように照らし出した。
「あ、暑い……」
「お嬢様気を確かに!」
愛弓が暑さで崩れ落ちそうになるのを一生が抱き止める。
「この光は徐々に熱へと変わる。人間の体だと体内の水分、血液が沸騰するのに三分はかからんだろう」
「解明っ! 早く代わりなさいよっ!」
必死に叫ぶ神楽の声に一切反応しない解明。彼には分かっていた。神楽の疲労はまだ充分に回復出来ていないことが。戦った本人だからこそ理解している。
(神楽さんには少しでも休んでもらわなくては)
「おっと、話が違うんじゃないかな。魔王さん?」
「何っ!」
「あなたは真田流の使い手をターゲットとしているはず、なら僕もその中に入っているんじゃないかな?」
「ばかな。はったりは……む!」
ベルゼブブの頭上には稲妻のような速さで、解明の踵が落とされた。寸でのところで後ろへ飛び退る。
準決勝で解明が神楽に受けた飛び前転踵落としである。
「真田流奥義、飛双転身脚……でしたっけ。神楽先生、今の何点です?」
「……八十点」
「いやいや、これは厳しいなぁ。……というわけです」
(あんた、まさか!)
「やだなぁ、助けたなんて思われては困りますよ。これは僕の意志です。強い奴と闘いたい。そんな意志が僕を突き動かしたんです。それに魔王を倒したら僕は英雄になり、女の子にもモテモテだ。なかなか滅多にないですよ、こんな機会」
ベルゼブブは高らかに笑って、先程のエネルギーの塊を拡散させる。それはまるで真っ白な花火のように散り散りに消えていった。
「自ら死を選ぶとは愚かな人間だ。よかろう、私が直々に貴様をこの手で殺してやる」
「一応、格闘大会なんで魔法禁止でお願いしますね!」
今ここに、ベルゼブブと平賀解明の闘いの幕が切って落とされた。
まさかの解明参戦で、揺れる舞台。
いきり立つ魔王ベルゼブブの強大な力に解明はどう立ち向かうのか?
次回 命を賭して
今回もご覧頂きありがとうございました。




