第十六話 レナスに選ばれし者
階下の転送ルームからシステムルーム直通の昇降エレベーターが動きだす。扉が開くと立石が慌ただしく駆け込んできた。
「おいおい、こりゃどういう事だよ?三人だけで行っちまったのか?」
「今、三人の転送先座標を確認しているところだ。この学園は震度7までの耐震設備を備えているので建物にはさして影響がないとは思うが。スピカ、今の状況に対しての君の意見を聞かせてくれ」
岬は生徒会の面々に細かく指示を出しているスピカに問う。
「そうじゃな。今のところレナスは通常通りの転送を行っておる。真田姉弟以外は知っておろうが、転送中はノンレム睡眠となっており深い眠りについておる。脈拍も心拍数もこちらで分かる程度、異常は見られん。ただ…」
スピカはあらためて振り返りコンソールパネルを確認して呟いた。
「もう一人のこやつは誰じゃ?」
転送中と表示された三人とは別に本来立石が表示されている場所には名前表示の部分にunknownとだけ表示された人物が同じく転送されているようだった。
(確かに心拍数や脈拍から人ではあると思うが)
側でタッチパネルを操作しながら響子が言う。
「わかりませんが、データベースにある生徒もしくは職員に間違いないはずですわ。選抜メンバーはこちらで決めておりますが、レナスの誤作動により代わりの生徒が送られたのかも知れませんわね。転送ルーム外でもレナスシステムの最大有効範囲は我が校内が対象となっておりますから。転送まで10分程の時間がありますので、学園内に残っている部活動中の生徒を検索してみますわ。福井は引き続きデータベースの確認を。黒川は現在校内に残っていると思われる部活動から行方不明者が出ていないか聞き込みに行ってらっしゃい」
「おっし、オレもちょっくら行ってくるわ。おい、黒川いくぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
立石は強引に黒川の制服の袖口を引っ張り引き摺るようにシステムルームを出て行った。
充之は腕組みしながら何やら考えていたが、考えがまとまったのか口火を開いた。
「まだ何か俺達に隠していることがあるんじゃねぇのか」
岬をはじめ、その場にいる全員が充之に視線を集めた。
「転送中止して呼び戻せばいいことじゃないのかよ。なんで、そんなに慌てる必要があるんだよ」
最初にやや重い口を開きかけたスピカを制止し、岬は座席から降りて充之の前に立った。いつもの自由奔放な態度とはうってかわって緊張の面持ちで二人を見つめる神楽。
「すまないな。チュートリアル終了後に説明するはずだったのだがやむを得ない。このレナスシステムによる転送先での事故や病による死は現実とはなんら変わらない。仮想現実の世界ではなく本当の現実なのだ。単なるゲームとは違うのだ」
「な、何だって!そんな所にアイツを…千晶を巻き添えにしやがったのかよ!」
直面した事実に充之は岬への怒りを拳に込める。今にもはち切れそうな充之の態度が、システムルーム内に重苦しい空気が張り詰める。
「全ては私の責任だ。殴ってくれて構わない」
岬は目を閉じた。充之の握りこぶしの間から爪が食い込み、赤い血が数滴床に滴り落ちた。やがて、充之は力を抜き深呼吸をして一息つく。
「今はこんな事してる場合じゃないよな。俺も行方不明者が出ていないか探してくるよ」
「充之…」
一瞬即発の場が落着き、女性陣はホッと胸を撫で下ろした。続けて駆け出そうとする充之を諭すようにスピカが呼び止めた。
「あの娘、自ら進んで志願したんじゃ。加藤が全て話しおっての。自分に出来る事ならと…」
(千晶…)
いつだってそうだった。千晶はいつも充之にお姉さん風を吹かしていた。1ヶ月早生まれということで、兄弟のいない千晶はまるで弟のように充之の面倒を見るように常に側にいた。加藤が黙っていたことへの不満より、千晶の事を分かりきっていると思い込んでいた自分のいたらなさが充之の胸を締めつけた。
その時、学園内生徒のデータベースを確認していた福井が精一杯の声を張り上げて叫んだ。
「み、みつけましたっ!先日、各部活動部長のリストを入力したデータベースの中に!レナスの予測システムから転送先のミッションと…それに対して最有力ミッション適正者を提示しています!きっとこの方です!」
(レナスが判断した?)
「すぐにモニターに出してくれ」
「了解!」
岬の指示で福井がタッチパネルを操作すると正面の大型モニターが一人の少女の写真とデータを表示した。
『御堂柚子(手芸部部長)
クラス(愛されし者)
レベル1
HTP250』
「な、ゴールドクラスじゃと!?」
「わ、わたくし初めてお目にかかりますわ」
スピカ、生徒会メンバー一同は初めて目にする金色で表示されたクラスに驚愕している。
「御堂…」
「柚子ちゃん…」
「二人はこの生徒を知っているのか?」
岬の問いに充之、神楽の二人は頷く。
「あぁ、同じクラスメイトだ」
そう答える充之に神楽はいかんともし難い答えを出せずにいた。
(あたしがしゃしゃり出る幕じゃないわね)
「千晶に続いて御堂まで。御堂は自分の意志で転送されたのか?教えてくれよ!」
充之は岬に食って掛かる。岬はただ押し黙っている。
「そうじゃったか…」
沈黙を割ってはいるかの如く、スピカの呟きが漏れた。
「やはりレナスシステムは意思を持っておったのじゃな」




