第百五十話 エピソード2 ヴァンパイアハンター 前編
ある処に二人の兄弟がいました。
彼等はとても仲良く、いつでも二人一緒でした。
兄は弟に優しく、弟は兄を心から慕っていました。
しかし、兄は死にました。
深夜に全身の血を抜き取られるという不可解な変死を遂げたのです。
兄の謎の死に、弟は自分の一生をかけても犯人に復讐することを誓ったのです。
「あぁぁっ! もうこの事務所もおしまいだ!」
半泣き状態で机に突っ伏した男は、この芸能事務所の代表である菅原真之。チョビヒゲに自然とは言い難い艶やかなかつら。そしてセーター越しにぽっこり出たお腹がチャーミング…だと、本人曰く。
10年前はぽっと出の新参者だった芸能事務所トゥエンティは、現在において有名女優から一流声優、はたまた人気グラビアアイドルを多数排出した事務所として業界内でも五本の指に数える程の名を挙げていた。
菅原の経営手腕が優れていた…わけではない。逆に彼の趣味に対しての浪費癖が事務所の経費を圧迫しているとも言えなくもない。
ならば何故、この事務所が他の芸能事務所よりも抜きん出ているのか。
それは、彼女…沢村栞の活躍があったからこそである。
10年前の事務所が立ち上がった日。一人の男が可愛らしい少女を連れて菅原の前に現れた。
当初、菅原はお笑い芸人を目指しており、その為に立ち上げた個人事務所であった。
男は言う。
「彼女こそ、一万年に一人の逸材だ。この娘を芸能界デビューさせる事が出来れば、貴方の将来は一生安泰だ」
と。
端から見れば、突然現れた男に無茶苦茶な話をされ、芸能事務所の方向転換をアドバイスされても普通なら一笑に付してお断り、もしくは激怒して追い返すかのどちらかである。
しかし、その少女の愛くるしさと男の惹き付ける不思議な魅力にに、菅原は芸人の道を即座に棄てた。
子役として活動し始めた栞は最初こそ仕事がなかったが、マネージャーとして働きだした男がどこかしらから駆け出しの子役には分相応だと言える仕事を持ってきた。有名ドラマの主人公の妹や、テレビのバラエティー番組など、菅原はおもいもよらないコネで仕事をとってくる男に全てを任せっきりであった。
また、愛くるしく明るく気さくで面倒見の良い性格の栞は、現場のスタッフや共演者からも親しまれていた。
それから数年。紆余曲折ありながらも、名子役として活躍していた栞は、恵まれたスタイルに美しさを兼ね備えて今やグラビアアイドルの頂点までのしあがっていた。
ひっきりなしに鳴る事務所の電話には仕事の依頼を始め、栞と同じ事務所で働きたいという女優、声優志望の卵たちからの問い合わせで殺到するまでになった。
菅原は男…内藤春人に相談し、スタッフを増やし、芸能事務所として女優から声優、グラビアアイドルまで幅広くマネジメントしてゆく会社になった。
田川亜希子もそんな華やかな芸能界の世界を夢みて女優志望してきた一人であった。
世間一般で言う美人とは彼女のことを指すのであろう。抜群のプロポーションにしっかりとした滑舌。二十歳という年齢だが、面倒見がよく、仕事に対しての姿勢は真面目で先輩後輩に関わらず、自分の意見を伝える芯のある女性だった。
逆に言えばそれが災いした。
ある時、現場で他事務所の大物女優と口論になったのである。亜希子の事務所の後輩が挨拶の声が小さいという理由で責められ、その仲裁に入った亜希子が標的になったのである。
彼女は女優の道を断念せざるを得なかった。
そして、今、彼女は内藤と共に芸能事務所トゥエンティを支えるマネージャーとして活躍している。
「ねぇ、先輩? 社長ずっとあの調子ですし、内藤さんや栞ちゃんとも連絡とれないし…うちの会社いったいどうなっちゃうんすかね? あぁ、憧れの芸能事務所のマネージャーになった途端に失業かぁ」
彼は今年入社したマネージャーの田辺である。大卒であるこの男は業界には未経験であるが、ある有名プロデューサーの息子で鳴り物入りしてきたイケメン兄ちゃんである。
「私に聞かないでよ。私だって何がどうやらわかんないのよ。ったく、こんな時にあの人は何をしてるんだか…」
亜希子が事務所のブラインドから外を覗きこみながら言った。
事務所の外には一般人の格好をしているが、手にしたカメラなど明らかに業界の人間と分かる者達がうろついている。
彼等はライフサーガのCM公開後、一向に姿を現さない栞のパパラッチであることは言うまでもない。
「ひとまず、マスコミには栞ちゃんは自分が担当したライフサーガの事件のショックで暫くお休みを頂きますっていう説明をしましたけど。いくらなんでも本人も事件に巻き込まれてますとは言えませんよねぇ?」
「馬鹿っ! 当たり前でしょ! ちょっと気分転換に散歩してくるわ」
「へぇーい」
亜希子は息が詰まりそうな事務所を出て、階段でビルの屋上へと向かった。外に出るとマスコミに捕まる恐れがあるのもそうだが、屋上へ向かったのはもうひとつ理由があった。
日中の日差しの眩しさに目を細めながら、彼女はスマホを取りだしアドレスを見た後大きなため息をひとつついた。
「あーはいはい。亜希子? 珍しいじゃないか、あんたから電話してくるなんて。あー、今? 任務中」
田川瑠美は普段滅多な事ではかかってこない妹の電話に驚きつつも、反対の手にあるサバイバルナイフを器用に玩んでいる。
「栞? あー、あんたんとこのグラビアアイドルちゃんね。知ってる知ってる。ライフサーガのCMに出てた娘だ。んで、それが何よ?」
神崎も御代田も田川の妹があの有名グラビアアイドル沢村栞のいる芸能事務所で働いている事は知っている。
「沢村栞の事…か?」
「お、俺、ファンなんだよ! 一度、会わせてくれって言ってくれよ…って、危ねぇ!」
助手席から身を乗り出してアピールしてくる神崎をサバイバルナイフで軽く牽制しながら、田川は電話越しの亜希子と会話を続ける。
「沢村栞がマネージャーと行方不明?」
「!?」
「おいおいマジかよ」
車内の空気が変わる。
「分かった。あたしも何か分かったら連絡する。それと、絶対にこの事は口外すんなよ。へいへい。んじゃ」
スマホの通話を切る。神崎は直に、御代田はミラーで後部座席の田川を見る。
「だそうだ。神崎、今から戻る?」
「んにゃ。このまま学園を目指す。これで確かになった。俺の勘はこっちを告げている」
「相変わらず勘頼りよね。ま、ギャンブルと女関係以外は百発百中なんだから信用しないわけにはいかないけど。兄弟揃ってオカルチックな…」
「アニキの事は口にするな」
神崎の表情が険しくなる。先程まで気さくな感じの神崎が、まるで、憑き物が憑いたような変貌に二人は身を固くした。
「あぁ、お兄さんの話はなしね。ごめんごめん」
「……………」
神崎は窓の外に視線を移した。
(アニキの馬鹿野郎。勝手に死にやがって)
明かされる神崎の過去と因果。
今回もご覧頂きありがとうございました。




