第百四十八話 エピソード 1 悪魔と乙女と呪われし勇者 前編
神楽と解明の闘いの裏では、アスタロトの使命を受けたアリスがカイザル城へ向かって走り出していた。
彼女が今すべき事の為に。
「(あの曲がり角を越えれば、沢村さんが監禁されている部屋です)」
「(わかったわ)」
城内の回廊を駆ける一人の騎士。サーヴェの姿を借りたアリスである。
彼女は主であるアスタロトの命により、香川と栞の救出を優先していた。
今、香川は呪いの仮面の力で記憶の大半を奪われ操られており、栞は拘束され監禁されている。
その執行者こそ、何を隠そうサーヴェ…いや、早苗であった。
最も、早苗はスカルビオに手渡された仮面を香川に被せただけなのだが。
「(私のせいであなたの大切な仲間を…ごめんなさい)」
「(…貴女が謝るのは私じゃない。少なくとも、今は貴女の助けが必要なの)」
会場からの連絡通路を越え、城内の警備兵数人と顔を合わせたが誰もアリスだとは気付かなかった。
何故ならアリスは早苗の特殊技である五感無効化を使用していたからである。人ならばサーヴェの姿をしたアリスの存在そのものに気付く事はない。
後数十メートルのところで数人の兵を連れた警備隊長の一団が談笑しながら角から現れた。彼らは仲間内で大会の優勝者に大金を賭けているらしく、勝った負けたの話をしている。
その中で一際年長者である副隊長が不安げな顔をしながら、隊長に進言した。
「しかし、隊長。あの香川っていう奴に沢村の警護が務まるのですか? あいつは沢村の仲間ですよ?」
「スカルビオ殿が言うには、仮面に再度強い魔術による呪いを施したのでもう反抗するような事はないそうだ。それよりも大会の様子が心配でならん」
隊長は生活費の大半を注ぎ込んで賭けに参加しているらしく、副隊長の話を早々に切り上げ、賭け仲間の話に参加した。
しぶしぶ副隊長も大会の話に入ってゆく。
「(香川さんを監視に? スカルビオとやら、何者なの?)」
「(最近、女王の側近として現れた魔術師です。私も詳しくは聞かされておりませんでしたが、人とは違う何かを感じました)」
「(人とは…ね)」
急ぎ足で、気付かぬままにアリスの横を通り過ぎて行く警備兵達。
「………」
しかし、最後尾にいた若輩の新米兵士だけは何か見えていたのか背後を振り返っていた。
「ここか」
頑丈な鉄の扉と壁に囲まれた部屋。かつて、城を襲った盗賊団の頭領がこの部屋で厳しい拷問を受け、最後にはギロチンにて処刑されたと伝わるいわくつきの部屋である。
早苗も、夜な夜な首を無くした幽霊が徘徊するとの噂も聞いた事がある。
「(女王は何故このような場所に監禁したの?)」
「(わかりません。私は彼女…沢村栞をここに拘束しろと命令を受け連れて来ただけなので)」
アリスは懐からサーヴェが所持している監獄の鍵を扉に差し込み回す。
カチャリという音がして施錠が解除された。その時、
「待ってください。サーヴェ様!」
背後から若い男に声をかけられアリスは振り向いた。
「(ユース!)」
先程の最後尾にいた若者である。
「(知り合いか?)」
「(はい。私が一度だけ剣の手ほどきをした新米の兵士です)」
新米騎士ユースは、元冒険者である。
チャットで知り合った友人達とログインしていたのが一週間前。彼のパーティーはリーダーの勇者に遊び人、女僧侶の四人パーティーであった。
しかし、リーダーである勇者の提案で、何の取り柄もない初期の職業である冒険者の彼を外し、新たに周回プレーヤーとして有名な賢者を仲間として迎えたのである。
一人になった彼は『求む! 勇敢なるカイザル兵士募集! どなたでも一から訓練し、立派な兵士に育てあげます』と書かれた張り紙を見つけた。
実は彼が冒険者のままであったのは理由がある。
彼は初期の能力値が極端に低く設定されていたのである。
ライフサーガのシステムは最初のキャラ作成時にパラメーターがランダムで振り分けられる。その為、魔力が高い者は魔術師、力が強い者は戦士、素早さが高い者は盗賊といった職業につくのだが、どれも平均値以下の彼は仕方なく誰にでもなれる冒険者の職業についていたのだ。
そんな彼だが、他のプレーヤーにない特殊能力を持っていた。
それは、金属収集能力と言われるモノである。
彼と共に戦闘を行うと、希少な宝石やら武器の素材になる金属のドロップ率が上がるのである。
それ故、勇者パーティーは戦力にならない彼を仕方なくパーティーに入れていたのだ。
しかし、ゲームも後半になると、武器やアイテムがあらかた揃ってしまい、その能力は必要なくなる。イコール、彼はパーティーから見放されるのである。
彼は既に何度もいくつものパーティーを外されてきた。最初は皆、彼を大切に扱ってきた。しかし、必要なくなると逆に冷たくあしらわれ、荷物持ちとしてしか利用しなくなる。
(もうパーティーの厄介者扱いされるのは嫌だ。僕はカイザルの兵士になるんだ)
カイザルの兵士に志願した三日後、講義を受けている最中の事だった。同期の男に声をかけられた。
「お前、知ってるか? 女王陛下の側近であるサーヴェ様を?」
入ったばかりのユースは首を振る。
「彼女は新女王陛下の紫苑様の元で暗殺者として活躍していたらしい。わかるか? 暗殺者として日陰者だった彼女が、今や国のお偉いさんだぞ。俺達にも将来の希望があるんだ。絶対に偉くなってやるんだ」
ユースは男を見た。ステータスは自分とほぼ同じな上に、能力皆無。そんな彼が目を輝かせて将来を語る彼にユースは心打たれた。
(やるんだ。僕も強くなるんだ。もう、厄介者の荷物持ちのお荷物なんて言われなくなるんだ)
翌日、彼は騎士達の剣術指導を行っていたサーヴェに会いに行く。
丁度休憩に入った彼女に声を掛けた。
「は、はじめまして! 新米騎士見習いのユースと申します!」
おどおどした彼をサーヴェは上からねめつけるように見る。
「………」
ユースは今までモンスターにさえ感じた事のないサーヴェの強烈な殺気に萎縮しつつも、勇気を振り絞って声を上げた。
「僕もサーヴェ様のように強くなりたいんです! もう誰にもお荷物なんて言われなくなるほどのっ!」
彼のパラメーターを見て理解したのか、サーヴェはクククと笑い声を殺しつつきっぱりと言った。
「やめておけ。お前じゃ、役不足だ。そうだな、兵士を辞めて街の食堂でも経営した方がいいんじゃないか」
「そんな! サーヴェ様、教えてください! 強くなる方法を!」
ユースはサーヴェの足にすがり付く。
(なんだ、こいつ?)
今までそんな人間はいなかった。
殺される前のターゲットでさえも彼女を前にしたら身動きさえとることも出来ず震えていたのである。
「わかった。剣をとれ」
「は、はいっ!」
ユースは喜びのあまり、満面の笑顔で剣を抜いた。あのサーヴェ様が自分に直に指導してくれるのだと。
彼の考えま甘かった。
剣を抜いた瞬間、彼の剣は空中でキリキリと回転し足元の地面に突き刺さる。
ユースの喉元にはいつの間にかサーヴェの短剣が突き付けられていた。
「やっぱりダメだ。諦めろ」
「あ…流石、サーヴェ様だ。僕なんか足元にも及びませんね」
ユースは笑っていた。
(!?)
サーヴェはすぐに違和感に気付いた。
先程、彼女が弾き飛ばした筈の剣が彼の手にあるのだ。
もし、ユースが本気で敵として自分を殺しに来ていたなら相討ちであったかもしれない。
底知れない恐怖が凄腕の暗殺者として名を馳せた彼女の心の中にわだかまりとして残っていた。それは紫苑と相対した初めての時以来である。
彼はただ屈託なく笑っていた。
自分を見つめたまま返事がないサーヴェに向かい、ユースは何かを呟いた。
「ユース。どうした? 私は警護なぞいらぬゆえ…」
極めて愛想よく振る舞ったアリスの対応が不味かった。
ユースは剣を抜き、サーヴェ…もといアリスの首に狙いをつけた。
「やはりな。サーヴェ様を騙った曲者か。僕の目は誤魔化せない」
「(…どういう事だ、早苗?)」
「(すみません、彼はサーヴェの時の私を尊敬していたというか…)」
「あの方が自分に優しく微笑み返す事などない! あの方は人を無表情で殺す事が出来るお方だ。私の崇拝するサーヴェ様に化けた罪、死で償ってもらう!」
首を横薙ぎに襲い来る剣の刃。
ユースの刃よりも速くしゃがみこんだアリスは、彼の腹部目掛けて掌底を打ち込んだ。胸当ての隙間をついた一撃は確実に彼の鳩尾を捉えていた。
(気の毒だが彼には眠っていてもらう…なに?)
違和感。人のそれではない。アリスの腕は彼の体を貫き、そのまま背中側に突き出た。グニャリとした弾力の肉が彼女の腕を捕らえる。それは瞬間的に鉱物と思えるほどの固さに変化した。
(魔に魅入られたか!)
「残念でした。僕はスカルビオ様により、人には越える事の出来ない力を魔物との融合で身に付けたのです。そう、もう誰も僕をお荷物と呼べない程に強くなったんです。さて、とどめは彼にお願いしましょうか」
「はっ!」
背後に突然現れた感じた事のある気配にアリスは視線を向ける。
「か、香川さん!」
いつの間にか部屋から出て来ていたのは紛れもない香川本人である。顔には仮面、上半身は裸体。そして、弓を引き絞る動作。
その矢の向けられた先にはアリスの体があった。
「(やめて。私です、アリスです)」
レナスの通信機能を使い話しかける。
「(………)」
応答はない。いや、アリスの言葉が今の彼に届いているのかさえも分からない。
弦はゆっくりとしなり、彼の指が離れようとした刹那、その美しくもあり、どこか儚げな歌声が部屋の中から聞こえてきた、
「貴方と出会ったこの瞬間を、私はいつまでも忘れない。未来へ紡ぐ歌にのせて、再び巡り逢える時まで…」
更なる敵との遭遇。そして、現れた香川。
聞こえてきた歌声は彼の心に届くのか?
次回 エピソード1 悪魔と乙女と呪われし勇者 後編
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




