第百三十三話 阿修羅
前回のあらすじ
平賀源内に育てられた、最強の才能と素質を持つニート平賀解明。
彼は果たしてライフサーガにどのような結果をもたらすのであろうか。
そして、敗者復活戦はクライマックスを迎えようとしていた。
「あんた…」
「なんだい、真田流古武術『現』当主、真田神楽さん?」
解明は笑顔で答えるが、その腕に力を緩めることはない。
「そいつ、もう落ちてるわよ」
「おや」
落ちる。この場合、絞め技によって呼吸ができないまま血流が滞り脳の命令により一時失神状態に陥ることである。頚動脈洞反射と呼ばれ、柔道などの試合でも度々見られる。ちなみに、失神した相手は失禁するケースも多々ある。
白目を剥いたハンマードッグは年端もいかぬ子供のように、びっしょりとズボンを濡らして白目を剥いて気を失っている。
「僕としたことが、迂闊だったな。この男にはまだ聞きたい事が山のようにあるのに」
「どいて」
手を離した解明を押し退け、ハンマードッグを地面に座らせた状態にする。
「はっ!」
両肩を抑え、膝を背中の中心に当て引き寄せるように胸部を開く。いわゆる『活』である。
「うっ!」
ぼやけ眼のまま、ハンマードッグは目を覚ました。
「あんた自己流で格闘技学んでるみたいだけど、生兵法は怪我どころじゃ済まないわよ」
立ち上り解明の鼻先に指を突き付ける神楽。
「ははは。流石、神楽さんだ。最近、インターネットや本で学んだ技はお見通しでしたか。でも…」
鼻先に突き付けられた腕をとり、体をスクリューのように回転させる。
(これは…真田流浮霞!?)
腕を巻き込まれる前に、神楽は解明と同じ向きに体を回転させる。お互いに一回転し、地面に着地し元の姿勢になった。
「おぉ! 素晴らしい反応速度だ」
「あんた、何者?」
再びずり落ちた眼鏡の縁をあげて解明は満面の笑みで答える。
「何度も言うように、僕は平賀源内の伜です。まぁ、リアルな格闘技も最近まで全く興味がなかったので、親父殿の手解きは受けてないんですがね。子供の頃から格闘ゲームばかりやってましたからそれの応用…と言ったら信じます?」
「信じられない。ゲームと実際の武術は別モノだから」
そう。神楽は幼少から父の元で厳しい稽古をつけられたからこそ、今の自分があると思っている。こと、先程の浮霞においては、見よう見真似で一般人に出来るモノではない。
「でしょうね。なら、これはどうですか?」
「!?」
瞬時に神楽の視界の中に、ふらふらなまま立ち尽くすハンマードッグが入ってきた。
「ね?」
「あ」
驚くべきスピードである。座り込んでいたハンマードッグの位置に解明がいた。
「これは…」
すっくと立ち上り、神楽に向かい合う。
「はい。あのタケルという少年の使った移動術です。僕はね、この『瞳』に捉えた全ての技を己のモノに出来るんです。名付けてぇぇぇ…パーフェクトぉぉぉアイっ!!」
ビシッ!
閉じた片眼にピースのVサイン。
会場内に冷たい風が吹く。温度が十度ほど下がったようだ。
「…………………」
「結構いいネーミングだと思いませんか! いやぁ、思いつきで言ってみたんですけど、案外イケてるんじゃないかと…あれ? そうでもない感じですか?」
スッ…
解明の脇を素通りし、ハンマードッグの胸元を掴むと。
パンッ!
鋭い平手打ちが彼の頬を打った。
「あれ…か、神楽さん?」
母親に叩き起こされたかのような寝起きの表情を浮かべている。
「ねぇ? あんたがやったことは全部紫苑の命令なの?」
「何の事ですか!? 命令って?」
惚けているのか、はたまた本当なのか。
「解明だっけ? あんたも何で正体を隠していたのよ。あんたが最初から話をしてくれれば、助かる命もあった筈よ」
「いやぁ、すみませんね。よく言うじゃないですか、敵を欺くには味方からってね」
「はぁ、あんたら親子は揃いも揃って食わせ者よね」
口では謝りつつも、調子のいい返答にため息が出る。
「は! 神楽さん、離れろっ!」
「!?」
ゲバッ! ゴバァ!
「うぎゃあぁぁぁっ!!」
突然、奇声を発して爪を立てて喉をかきむしるハンマードッグ。彼の隆々とした筋肉が異様に蠢きだした。人の動きではない。
「次は何なのよっ!」
慌てて飛び退く。
「この男の体内に何かが潜んでいますね。そうか! ふむ、辻褄が合う」
「何か分かったの?」
解明の側まで後退した神楽は問う。
「神楽さん、ロイコクロリディウムって知ってますか?」
「ロイ…って何よ、それ?」
苦しみ悶えるハンマードッグを観察しながら、解明は驚くべき推理をもって答えた。
「ロイコクロリディウム。カタツムリに寄生する寄生中でね。カタツムリを宿主として、その触覚に寄生するんですよ。しかし、カタツムリ自身は寄生された事には気付かない。彼等は日射しを嫌うカタツムリを誘導し、わざと鳥に捕獲させるんです。鳥の体内で成虫になり卵を産み、糞に混ざって地上に落ちる。その糞をカタツムリは食し、また寄生する」
「はぁ? だから何なのよ?」
「ハンマードッグは気付かないまま、何者かに寄生されている。おそらくそれがハンマードッグの体を操り、あの両手斧を使ってキマイラを動かしていた」
真剣な表情で語る解明に神楽だけでなく、会場にいる全ての者が聞き入っていた。
「ちっ。厄介な奴がいたわね。スカルビオ、あんたの策が見破られたわよ」
紫苑は舌打ちしつつ、彼女の背後に潜む影に悪態をついた。
影はゆっくりを集束し、やがてローブに全身を包んだ人型となる。フードに隠れた眼が赤く光る。
「ご心配なさるな。我が策を見破ったとしても、あの人間達にはどうする事も出来ますまい。まぁ、高みの見物といきましょう」
ハンマードッグは立ち上がる。呻き声も止み、半ば意識を失った状態で何かに誘導されるように、ふらふらとジャガミラへ歩み寄る。
「まずいですね。先程の例えが当たりなら…」
「当たり…なら?」
「彼は『補食』されます」
グバァッ!
ジャガミラの胸部が大きく開く。グニャグニャと蠢く体内に吸い込まれるかのように、ハンマードッグは一歩踏み出した。
ガブンッ!
そこには、憐れにも彼の膝から下のみが残っていた。それも、ゆらりと倒れる。
グオォォォォッ!
動かない玩具に新品の電池を入れたように、ジャガミラはいきなり雄叫びを上げ始めた。
黒光りする体から発する熱量と何とも言えぬ臭気に、神楽は顔を背けた。
「さて、ここからが本番ですよ。神楽さん、ムラサキさんが動けない以上、貴女だけが頼りだ」
「ったく。あんたといい源内といい、人に無茶やらせるわね」
そう言う神楽自身も理解していた。人知を越えた化け物の存在に。
ひとしきり吠えたジャガミラは眼前の獲物に標的を絞る。
走り出した。
「来ましたよ」
「言われなくても分かってるわよっ!」
解明をその場に残し、神楽は走り出した。
(少しでも、ムラサキから離さないと!)
襲い来る魔王。迎え打つ人間。その場にいた誰もが、まるで映画のワンシーンのようにスローモーションのように感じていた。
ブンッ!
大振りの巨大な拳が神楽を襲う。
「遅いっ!」
首を捻り、間一髪でかわした神楽のカウンター気味の右ストレートがジャガミラの顎を強打する。
よろめく巨体。
「か、神楽っ!」
何も出来ない歯痒さに、岬はエクスカリバーを握りしめつつ唇を噛んだ。滲み出る血の味に眉をしかめる。
「岬さん、今私達に出来る事は彼女を応援する事だけです」
内藤は声を張り上げた。
「会場にいる皆、今魔王と闘う彼女に喝采を!」
先程まで息を飲んで見守っていたプレーヤー達の中から、ちらほらと聞こえ始める声。
「神楽…」
一人が呟く。
「かっぐっら!」
「かっぐっら!!」
二人三人と連鎖してゆく神楽コール。やがて、それは会場全体に響き渡る。
「俺達も先輩を応援するぜ!」
立石はTシャツを脱ぎ、右手で大きく振り回し始めた。
「勿論です! 神楽先輩、いっけぇーっ!!」
武井もベンチに立ちあがり、大声を張り上げる。
(神楽さん、貴女は今、多くのプレーヤー達の希望を背負っています。貴女なら絶対に勝てる筈だ)
倉前は手先程までビールが満たされていた紙コップをぐしゃりと潰した。足元には既に潰れた紙コップの山が出来ていた。
殴る、殴る、殴る、殴る、蹴る、殴る、払う、肘、膝、飛び蹴り、回し蹴り、踵落とし。
ジャガミラを一方的に攻め続ける。ただ、ボクシングのサンドバッグの如く打たれ続けるジャガミラ。
もう三分程度、何百という打撃を受け続けている。
しかし、倒れない。
解明は冷静に見ていた…いや、分析していた。
(三百発の攻撃の内、クリーンヒットは三十発ほど。しかし、有効打はその半分。奴の体力を削り切るにはあと10分の攻撃が必要だが…)
通常の人間には神楽の動きの衰えなど見えようがない。いや、この三分の間、そのスピードに目が追い付かないのが普通だろう。しかし、解明には見えていた。徐々に落ちているスピード、有効打の数。そして、神楽の体力の限界が近付いているのが。
(結構、タフじゃない。さすが、化け物ね)
だが、神楽は楽しんでいた。久し振りに全力の打ち込みに心が震えていた。
最近は充之が組み手の相手を嫌がる為、全力で闘える相手に体が、心が欲していたのだろう。
まるで餓えを満たすように一撃一撃に気持ちを込めて打ち込んだ。
が、神楽も人間である。レナスによる身体能力の向上はあっても体力には限界がある。
次第にクリーンヒットが決まり辛くなってきた。いや、ジャガミラも慣れてきたのか。神楽の攻撃を徐々にいなしてきた。
そして、その時が来た。
(ここで、アッパー…え?)
「ぐっ!」
懐に飛び込んでのアッパーをかわされ、かつ、神楽の体はジャガミラの巨大な両手に捕らえられた。両腕ごと胴を抑えられている為、足しか動かせない。空中で浮いた足で蹴りを入れるが、中途半端な態勢から放つ蹴りなど通用する事がないのは神楽自身が一番分かっていた。
「いかん! 神楽さんっ!」
解明は駆け出すも、ジャガミラの胸部が開くのが見えた。
「補食かっ!」
圧倒的な腕力に抗えず、神楽の体はジャガミラの胸部に開いた空洞目掛け近付いてゆく。
(な、なんて力なの? あたしが身動きとれないなんて…)
まるで腹をすかした獣が獲物を目の前に涎をたらすかのように、黒い粘り気を帯びた液体が空洞の中から外に流れ出している。
(もう…終わりなの? 充之、後は頼んだわよ。岬、ごめんね…)
「うわぁぁぁ」
会場全体に絶叫がこだまする。
ガブンッ!
ジャガミラの中にすっぽりと収まるかのように神楽の体が包み込まれた。
「か、神楽…神楽っ!」
岬は我を忘れて床を叩いた。
何度も何度も何度も何度も。
拳に血が滲もうが、骨が軋み痛もうが。
だが、神楽は返ってこない。
真っ赤な液体が、ジャガミラの体内から染みだし、地面を染めた。
(神楽さん、すまない。僕が無茶を言ったせいで…)
解明は生まれて初めて詫びた。
が、突如、ジャガミラは胸部を開く。そして吐き出すように神楽の体を放り出した。
ズザァッ!
弾き出された神楽は、中腰の態勢でスニーカーを地面に滑らせた。
その右手には真っ赤に染まっている何かしらの塊があった。
「…あれは、核? 魔王ジャガミラの核だっ!」
解明は叫んだ。
「飲み込まれそうになる寸前にね。この心臓みたいな奴が中で動いたのが見えたの。夢中でおもいっきり引きちぎってやったんだけど」
「よくやった、神楽さん。そいつが奴の核。心臓だ。これで奴の再生能力は封じた」
最後の最後に幸運の女神は神楽に微笑んだのである。
「じゃあ、最期はとっておきのヤツでとどめを刺してあげるわね」
神楽は両腕を腰に当て、両足に体重をかける。
「真田流秘奥義、阿修羅っ!!」
ドンッ!
神楽の体が消えた。
「うっ!」
解明は自身の体に重力をかけられたような錯覚に陥った。
(地震か? いや、これは!?)
ジャガミラを中心に回転しながら、高速で拳を叩き込む神楽。その足元には無数の深い足跡が残ってゆく。
(高速で地面を踏み締め、必殺の一撃を何発も打ち込んでいるだと!?)
空手でいう一撃必殺。全体重を乗せ、一撃で相手を屠る打撃。
神楽はそれを高速で連続に打ち込んでいるのである。
(あ…はははっ。流石にあれは真似出来ないや。完敗ですよ、神楽さん)
「九十九…ひゃあくっ! とぉ!」
百発もの必殺の一撃を放ったのである。
無数の穴を穿ったジャガミラの体は地面に沈んだ。
「スカルビオ、予想外れたわね」
「は! 申し訳ございません。あのような人間がいたとは予想外でした」
スカルビオは神楽の予想外の動きに目をとられて、紫苑の返事を即座に返せなかった。
「ふん。まぁ、あんなモノに頼ったのが失敗ね。後はキュイジーヌ達がなんとかするでしょう」
紫苑はやや不満げに、ワイングラスを口に運んだ。
魔王ジャガミラを真田流秘奥義阿修羅にて倒した神楽。
その動きに脱帽する解明。
遂に長い敗者復活戦を制したのだが、それはまだ始まりに過ぎなかった。
女王紫苑の頼みとするキュイジーヌの実力は?
次回 英雄の帰還
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




