第百三十話 獣使い(ビーストテイマー)
前回のあらすじ
敗者復活戦での激闘は続く。
自分の命と引き換えに異形のモノを討とうとするムラサキは、カスタムの放った針を受けて倒れた。
裏切りなのか?
それとも…
「ムラサキっ!」
神楽は自分が傷を負っているのも忘れ、倒れているムラサキに駆け寄り抱き起こした。眠ったようにぐったりとした彼女の体からトクントクンと心臓の鼓動を感じる。
「安心しろ、麻酔で眠っているだけだ」
カスタムは腕の発射口を元に戻す。既にその目は異形のモノを睨み付けるように視線を当てている。
「あんた…」
「その娘を抱えて壁に向かって走れ」
神楽に背を向け、カスタムは一人異形のモノと向かい合った。
タケルの姿をしたそれは手にしていたレイピアを捨て、次なる得物を探しリュックの中を漁っている。
「まさか…ダメよっ!」
「俺に構うな。お前だけならいいが、その娘も巻き添えにするのか?」
神楽は腕に抱えたムラサキを見つめる。眉一つ動かせない彼女を守れるのは自分しかいない。そう思い立ち、彼女を背負って壁際に走り出した。
既に身の危険を感じとったのか、ハンマードッグもダンガムの側で斧を振り回して神楽を呼んでいる。
「こっちだ! 早くしろっ!」
去り際、カスタムは一言神楽に告げる。
「お前は死なない。先の未来が既に見えている」
「!?」
タケルに似たそれは嬉々としてリュックから新しい得物を取り出した。それはリュックを破りつつ姿を現す。
「雷神トールの武器、ミョルニルの槌か。あいつら、厄介な物を入れやがって」
ミョルニル。別名トールハンマー。雷神トールの武器にして、全てを粉砕すると伝えられている巨大な槌である。この武器の特性は雷。地面に振り下ろされたとしても、この地面を通して伝う電撃に皆が無事ではすまされない事はカスタムも理解していた。
破れたリュックを投げ捨て、高々とハンマーを抱え上げる。ハンマーからは微量の電気がパリパリという音を出しながら青白く発光している。
「そ…れは……なるほど…」
ぶつぶつと呟き、体育座りのまま微動だにしないダンガムを余所に、ハンマードッグは両手の斧を上げ下げしながらありったけの声を張り上げる。
「うおぉぉぉっ! カスタムやれぇ!」
(やるしかないようだ)
「っ!!」
ムラサキを抱えて壁に向かいスライディングの要領で滑り込む。
(準備は整った。やるか)
「リミッター解除。総エネルギー70パーセント。最大出力で放出…」
突如、カスタムの体からおびただしい光の渦が巻き起こる。それに伴い、風圧が壁際の神楽達まで押し寄せて来た。
「な、何なのよっ!」
咄嗟にムラサキを庇う神楽。
「うわっ! 目に砂がっ!」
巻き起こった風で上げられた砂埃に、たまらず斧を手放し目を覆うハンマードッグ。
ダンガムは凄まじい風圧で吹き飛びそうな眼鏡を抑えつつ、『それ』に視線はそらさなかった。
この風圧と光にたじろいだのか、異形のモノはミョルニルハンマーを振り下ろす事なく、動きを止めた。
「弾けろっ!」
カスタムの体を中心に光が広がってゆく。
耳をつんざくような爆発音と先程よりも凄まじい爆風と眩い光、そして高熱が神楽達を襲った。
「神楽ぁぁっ!!」
岬は腹の底から絶叫した。
内藤はただ静かに佇んでいる。
ちりちりと皮膚が焼けるような痛みに歯を食い縛り、ムラサキを力いっぱい抱き寄せた。
ゴウゥゥゥッ…
時が経つにつれ、砂埃と爆風もゆるやかに収まってゆく。多少の火傷はあるものの、自分とムラサキの無事を確認した神楽は、その凄まじい爆発があった中心に目を凝らした。
そこにはまるでバーベキューに使われる木炭のような巨大な塊があった。真っ暗に焼けただれ、赤く熱を持った部分がチラチラと燃えている。だが、それだけである。先程まで死闘を共にしてきたカスタムの姿はない。
「あ、あ…」
ハンマードッグも目が慣れて来たのか、斧を拾い上げ呟く。
「あぁ、自爆か。あいつ、本当に人造人間だったんだな」
感情のこもっていない言葉に神楽は無性に腹立たしく思えた。カスタムは人造人間であろうが自身を犠牲にし自分達を救った恩人なのだ。口論しようかと思ったが、戦いは終わった。何より、今はムラサキの体を心配する方が優先である。
「自爆ですっ! カスタム選手、自身の体を犠牲にキマイラを黒焦げにしましたっ! 決着ですっ! シャイルさん、敗者復活戦から凄い戦いでしたね……あれ? シャイルさん?」
「あ、あれは!?」
「まだ終わってませんよ」
今まで一切自分達に語りかけることがなかったダンガムの落ち着いた声。
神楽はその黒い塊を見つめ、目を見開いた。
ピキキ…
焼けただれた物体にヒビが入る。闇の中から、燃え盛るそれよりも真っ赤な眼光がギラリと光る。
そして、巨大な両手がヒビの間から現れ、内側から殻を破るようにこじ開け始めた。
「うわわわっ!」
ハンマードッグは斧を振り回して地団駄を踏んでいる。
「最終形態といったところですか」
「あいつ…まだ、生きてるの?」
ダンガムは立ち上り、眼鏡の縁に指先を当てる。
「残念ですが、先程の爆発が核を壊せなかったのでしょう。魔王ジャガミラの細胞は瀕死になればなるほど、治癒力が上がり、進化してゆくのですよ。そして今、それはジャガミラ本体となりました」
殻が破れた。
中から現れたその姿は先程のキマイラとは違い、全身漆黒の体を持つ三メートルほどの二足歩行の巨人であった。人のそれとは違い、耳も鼻も口もなく、ただ真っ赤な眼光を光らせた顔は悪魔と呼ぶに相応しい。
「来るなぁっ! こっちに来るんじゃねぇっ!」
狂ったように両手の斧を前後に振りながら叫び続けるハンマードッグ。その叫びとは裏腹に、こちらに向かって一歩ずつ歩みを進めるジャガミラ。
「やるしかないのよね」
拳を握りしめる。血は止まっているが、先程刺された肩の痛みは続いている。
(カスタム。あんたを源内に会わせてやれなくてごめんね。せめて、あたしが仇をとるわ)
神楽は迫るジャガミラに対し、構えをとった。
「あ、でもあいつと戦う必要はないですよ」
「……は?」
意味不明な発言のあと、ダンガムの体が消えた。
その痩せた体には似合わない恐るべきスピードで、ハンマードッグの背後に迫り、彼の首を絞める。
「あ、ががが…」
あろうことか、ボディービルダー並の筋肉質であるハンマードッグが、彼の腕の半分に満たない痩せた腕のダンガムに背後から首を絞められたまま身動きがとれない。斧を手放し、首に食い込む手を退けようと抗う。
「そうはさせません。プロレスで言えばチョークスリーパーって言うんですけどね。こうすればより効果的…よっと!」
ダンガムの両膝が、ハンマードッグの膝裏を押す。よく子供がいたずらでやる膝カックンが決まった。ダンガムはそれに合わせて、自分の体重を乗せハンマードッグを地面に座り込ませた。更に胴を両足で挟み込み締め上げる。
「はい、胴絞めスリーパーホールドです。あぁ、レフェリーがいませんからギブアップはなしですよ」
苦しそうに口から泡を吹き始めるハンマードッグ。
「何してんのっ! あんた、血迷ったの!?」
いきなりの同士討ちに神楽は混乱した。今にも迫り来る魔王ジャガミラを前にいざこざを始めるなんて気が知れなかった。
「血迷う? いえ、あれを見てください」
顎でジャガミラを指すダンガム。その先にいるジャガミラは歩みを止めて微動だにしない。
「止まっている?」
「はい。全てはこいつが黒幕だったんです。あの斧の動きに合わせてキマイラは動いていた。そう、この男、ビーストテイマーだったんです。あのリュックをキマイラの元に投げ落としていた時から不審に思っていたんですよ」
「あんた、まさか最初からそれを見る為に壁際に座り込んでいた?」
グッ!
更に強く絞め上げる。顔を真っ赤にした男はプルプルと震えていた。
「まぁ、そういうことです。あの女王の事ですから、数人は息のかかった者がいるかと思ってましたらいざこの通り。あ、ちなみに爆発したカスタムは僕の作った人形ですからご心配なく」
「え!?」
「僕が平賀源内の息子…と言っても血の繋がりのない養子ですがね。平賀解明です。今後ともよろしく」
眼鏡の下の細い目が笑っていた。
なんと、キマイラを操っていたのはビーストテイマーのハンマードッグであった。
更にカスタムは自分が作った物だと告白するダンガムもとい、平賀解明。
次回もお楽しみに。
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




