第百二十九話 人ならざりし者達
今までのおおまかなあらすじ
カイザル武闘大会は異様な形で幕を開けた。
敗者復活戦における魔獣キマイラは女王紫苑により、魔王ジャガミラの細胞を植え付けられ、再生能力の向上と共に肉体変化の能力を得ていた。
敗者復活戦における激闘により、名もなき戦士、スナイパーアンドウ、勇者タケル、賢者ミオが命を落とした。
残るは神楽、平賀源内の手により造られた人造人間カスタム、謎の女侍ムラサキ、山賊の頭領ハンマードッグ、そして格闘王の名を持つ前回優勝者ダンガムの五人となる。
誰しもが心から願っていた。
この悪夢から目覚めたいと。
今、神楽達は自身の目の前には、彼女らが意図していなかったモノが、その巨大な体を前後左右に揺らしていた。
アフリカ象のそれよりも遥かに大きい四肢は今にも神楽達に向かって突進しようかの如く、地面を掻いている。
獅子の首を切り落とした場所には新たなる『頭』が生まれていた。それは紛れもなくミオの顔である。
「ギィヤァァァァッッッ!!」
上部にあるタケルの無表情とは違い、血の涙を流しながら口元に狂喜の笑みを漏らす。悲鳴に似た叫びを上げ続け、巨体を揺さぶるそれは、最早モンスターと呼ばれる魔物とは全く異質なモノ。人の人知を越えた異形のモノであった。
閉じた目蓋からは絶えず真っ赤な血の涙が地面を赤く染めている。そしてタケルに似たそれは、ミオが手にしていたリュックを掴んでいる。
「な、何よ…これ?」
神楽の声は震えていた。
先程、カスタムの言った人の形をした物体とは考えられなかった。顔は見紛う事もないほど精巧で、キマイラに補食される前のミオのままである。
「魔王ジャガミラの細胞は、こんな短時間で人の遺伝子を読み取る事が出来るのか。これは計算外だったな」
淡々と語るカスタムに神楽は怒りさえ覚えていた。
「あんたが悪いわけじゃない。魔王とかいう奴の細胞を使って、こんな下らない事をする紫苑って女が悪いのは分かる。でも、その計算ってなんなのよ! さっきの呟きもそうだけど、あんた、まさかこんな事になるって少なからず知ってたんじゃないの!」
カスタムはチラリと神楽に視線を合わせ、自身の頭を人差し指で指し憮然と言ってのけた。
「あぁ、俺の脳は環境や状況の変化などの細かなデータを元に、先の未来を予知する事が出来る。ここまでは、多少の犠牲は出るが、これが最善の策だと判断して行動したまでだ」
「最善? これが? 何人の命が奪われたと思ってるの! 小さな子供達も命を落として利用されてるのに、これが最善ですって!?」
今にも神楽がカスタムに掴みかかろうと詰めよった時、刀の柄が二人の間を阻む。
「仲違いをしている場合ではない。あの少年少女も残念だったが、今は己の事を考えろ。私達も下手するとあの体に取り込まれるぞ」
ムラサキの叱咤に苦虫を噛み潰したかのような表情を表す神楽。
「血気盛んもよいが、戦いには冷静さも必要だ。来るぞ!」
異形のモノは一番近くにいる神楽に向かって突進を始めた。
「速いっ!」
先程のキマイラとうって変わって、巨大な体躯をものともしないそのスピードはまるで競走馬と替わらない。大きな地響きを上げ、神楽に向かって進んでゆく。
「頑張ってくれぇ!」
後方のハンマードッグは両手にある斧を頭上で振り回して応援の声を発している。
「やるしか…ないのよね…」
(何っ? 回避する気がないのか?)
ムラサキは仁王立ちで迎え打つ神楽に一抹の不安を覚えた。
会場のプレーヤー達も微動だにしない神楽に不安と動揺を感じていた。
「逃げろぉ!」
「駄目だ! 恐怖で動けないんだ!」
誰しもそう思っていただろう。岬達以外は。
(神楽、何か策があるのか?)
ゴウッ!
(!?)
巨体が神楽に触れる瞬間、マタドールのように体を捻り身をかわすかに見えた瞬間、神楽は左足に力を込めた。
「んにゃあっ!」
ブワァッキィッ!!
ズズゥゥンンッ!!
巨体の左前足の膝部分に、神楽の回し蹴りが直撃した。骨が軋む音と共に巨体がつまずくように前のめりに倒れる。
「うおおおおおっ!!」
「すげえっ!」
まさかの一撃にプレーヤー達は我を忘れ、各々の席から立ち上った。
「おっとぉ! つい今しがたまで私も見入ってしまい実況を忘れていましたっ! 神楽選手の回し蹴りの一閃があの巨大な体を一撃で倒したぁ! シャイルさんっ、これは!?」
「回し…蹴りだな。初速は私の剣の速さを越えていた。あの巨体の弱点である膝を狙った一撃は見事としか言えまい」
極めて冷静に解説するシャイルに何度も頷き返す実況の和康。しかし、彼女は心底からあまりの驚きを押し隠していた。
(なんだ、あれは!? いや、人の蹴りにそれほどの威力があるのか? それとも、やはり神楽さんは特別なのか?)
(神楽…)
岬はほっと胸を撫で下ろした。信用していたが、心の底では心配していたのは無理もない。
「(岬さん、彼女の力は?)」
「(あ…あぁ。私も詳しくは知らないが、彼女は真田流古武術という武術の達人で…)」
(真田流…)
内藤の顔が引き締まるのを岬は気付いていない。
「案外上手くいったわね」
神楽は空を見上げる。こちらの様子を窺う岬に気付き、笑顔で手を振った。
「何をしている! 早く止めを差せ!」
「へ?」
カスタムの声に気付いた時、神楽の肩口に鋭く熱い痛みが走る。
「な、何?」
振り返ると、平然と既に立ち上っている異形のモノ。背のタケルが手にしているレイピアがその切っ先を神楽の肩口に突き刺さっている。
真っ赤なトレーニングウェアの上に滲む血の円。
「くっ!」
レイピアを抜き、大きくステップを踏み距離をとる。
(何で? 確実に膝の皿は割れたハズなのに?)
そう。神楽の回し蹴りは確実に異形のモノの膝を粉砕していた。神楽ほどの達人であれば当然の如く、それが分かる。人は勿論、四肢を持つどんな獣であろうと膝を割られれば簡単には立ち上がれない。しかし、そんな傷を負いながらもソレは何もなかったかのように立ち上っていた。
「超再生能力だ。それだけではない。賢者であるミオという娘の治癒魔法と勇者のタフネスを兼ね備えた魔王に近い存在…いや、それを越えた存在となり得た」
カスタムは表情を変えぬまま、淡々と驚愕の事実を口にする。
「魔王を越えた存在だと?」
体の震えが止まらない。
ムラサキ自身も一度魔王ジャガミラ戦を体験していた。その再生能力たるや、斬撃の一回二回はものの数秒で軽く癒えてしまうほどのものであった。その時は首を落とすことで再生能力を解除し、内部にある『核』を破壊し討伐する事が出来た。だが、今自分の前にいるこの異形のモノはタケルとミオを取り込んだ全く別の生命体である。
(もし、ジャガミラと同じ方法ならば、この二人の首を切り落とさなければならないということか?)
一瞬の迷いは自身のみならず仲間を危険に晒す事に他ならない。彼女は師である祖母の教えを強く胸に抱いていた。
「私がやろう」
「あんた、まさか?」
神楽はムラサキの強い意思を感じとった。
(この娘、死ぬ気だ)
ムラサキは刀を抜き放った。
(居合いという小手先の技は通じない。全身の筋肉を使い、再生能力よりも早く首を落とし、かつ『核』を破壊しなければ)
ムラサキはライフサーガには単独で参加している。また、ミッション攻略や魔王討伐においても常に一人きりであった。
何故?
それは彼女が誰よりも優しかったから。
祖母の師は幕末を生き抜いた剣士だと聞かされた事がある。
彼女は常に一人きりで、ある時は幕府を、またある時は新撰組を相手に立ち回ったという自由人であったと祖母は笑って話してくれた。
『誰の手も借りず、弱き者を助けよ。傷つくのは己だけでいい』
それが祖母の師の口癖だったらしい。
自身がこの世に生を受けたのは今この時の為なのだ。
憧れの彼女と同じ生き様を遂げたい。
「やぁぁぁぁっ!」
ムラサキは上段の構えをとり、異形のモノへ向かって走り出した。
ドシュッ!
「な!!」
ムラサキの足元がもつれ、前のめりに倒れこむ。
「う、な、何を?」
彼女の背に細い針が突き立っている。
うっすら閉じゆく目蓋の隙間に映ったのは、片腕の手首が異様な角度に曲がり、そこにある空洞から針を射出したであろうカスタムの姿であった。
カスタムの狙撃により倒れるムラサキ。
彼の目的は?
異形のモノを相手に勝算はあるのか?
絶対絶命の危機に一人の人物が立ち上った。
次回 ビーストテイマー
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




