第百二十二話 共同戦線
前回のあらすじ
現世での追加メンバーを決める為に話し合いを続けていた充之達。
充之、氷目、静音の三人が追加メンバーとなり、いざ学園へ向かおうという時に源内から驚きの一言が。
ライフサーガ内に伜がいると。
果たしてそれは?
ミウであった『モノ』は骨一片も残さずキマイラの胃におさまった。満足したのか、タケルの形をした瘤を背にしょった異形の怪物はその場に座り込み前足を舐めている。タケルを模したそれは、ただゆらゆらと揺れていた。
「なんという事だっ! あれだけ優勢であった勇者タケルがキマイラの餌食になり、また賢者ミウが抵抗する事もなくキマイラに…。私も一人の娘を持つ親として無念でたまりません! ねぇ、シャイルさん!」
和康は汗でびしょ濡れになったハンカチで涙を拭った。
(魔王の遺伝子を持つキマイラか…厄介な相手だが、神楽さんどうする?)
「おい、いつまで呆けている」
コツッ!
「いたっ! 何すん…のよ?」
神楽は刀の束で自分の頭を小突いたムラサキを睨んだ…のだが。
「あんた…泣いてるの?」
「私が泣いてる? バカな事を言うな。目にゴミが入っただけだ」
お決まりの誤魔化し台詞である。ムラサキは泣いていた。彼女が涙を流したのは、師である祖母が三年前に病で亡くなって以来である。
「お前ら時間がないから、ヤることやらなきゃアイツみたいに壁に張り付いてろ。邪魔だ」
カスタムが親指で背後のダンガムを指した。彼は体育座りのまま、顔を両手で覆い、指の隙間から様子を窺っているように見える。
「あんた一人であの怪物相手にするわけ? ま、それはいいとして、そこのガタイのでかい兄さんはどうすんの?」
「お、俺か?」
先程から蚊帳の外にいた筋肉マッチョのハンマードックは自分を指差した。
「あんた以外に誰がいるのよ。だぁかぁら、男は頼りないから女が強くなんなくちゃいけないのよねっ」
「岬さん?」
「………」
岬は黙って床に手を付き下方の神楽達を見ている。
体をぶるんと震わせ、ハンマードックは両手の斧を身構えた。
「俺も一応、山賊の頭領やってる身だ。怪物相手に恐れるわけにはいかねぇ」
カスタムはフンと小さく鼻を鳴らして、神楽達を見回す。
「では、ひとまず共同戦線ということだ。今から俺と…身軽そうなあんた…」
「ムラサキよ」
ムラサキは怪物に視線を合わせながら億劫に答えた。
「…俺とムラサキはあの怪物を引き付け、隙あらば倒す。ハンマードックと神楽は先にあのリュックを回収しろ。あれは危険な物だ」
無造作に床に転がっているピンク色のリュック。先程までミウが担いでいたものである。
「おぅ! 俺様に任せておけ!」
何か言いたげな神楽であったが、ハンマードックの威勢の良い返事に気圧され、次の言葉が出ない。
「くれぐれも無理はするな。あと、万が一アイツと殺り合う事になっても躊躇はするな。あの怪物の背に付いているタケルとかいう小僧を模したアレは、人間でいう爪や髪のようなモノだ。あれ自体に意志はない」
「…え? ということは?」
神楽の問いにただ一言、カスタムは事も無げに言い放つ。
「小僧は既に死んでいる。あれを怪物の体から切り離せば何とかなるかも知れんなどと間違っても考えるな」
そう、分かっていた。理解していたつもりだったが、他人の言葉は時として鋭利な刃物のように心を傷つける。ついさっき自分がひっぱたいた少年はもういない。
神楽は普段、道場で小さな子供に古武術を用いた簡単な運動を教えている。
「ねぇ、神楽先生! あれやってよ! 上段回し蹴りからの前回りして蹴り上げるヤツ!」
少年は満面の笑顔で神楽の胴着を引っ張った。
少年の言うあれとは、真田流奥義の一つ吹雪車。
右の回し蹴りをしゃがんでかわされた場合、勢いを殺さず後ろ向きの体制から軸足である左足を上へ跳ね上げ、相手の顎を砕く技である。アクロバティックな技の為、一度子供達に見せたところ
でかなりの反響があった。それ以後、稽古が終わった後に見せて欲しいとせがまれる事が多々あった。
「いいけど、司くんはこれ覚えたいの?」
「うん! あ、ただカッコいいからとかいう理由じゃないよ。あいつを…友梨香が何かあった時に僕がなんとかしなくちゃいけないから。あいつ、気が弱いからクラスでよくいじめられるんだ」
友梨香とは、司少年の幼なじみらしい。
「ふふふ。司くんはその子ことが好きなんだ? なら、お姉さん頑張るしかないね!」
「ち、違う! なんかこう…弱い者いじめを見てるだけなのが嫌いなんだよっ!」
(こんな子達が私達の未来を支えてくれるのよね。頑張ってね、小さな英雄さん)
パチンッ!
自身の両の頬を平手打ちする。ちょっとだけ、目の前にチカチカと星が瞬いた。
「んー! …さぁて、やりましょうかっ!」
(流石だな、真田神楽…もう、精神力は回復したようだな)
一流のアスリートや格闘家にとって気持ちの切り替えは、ある意味優れた技術や、技よりも勝負の優劣を決する。
(あら? 彼もやる気みたいね)
ハンマードックはその体に似合わず俊足であった。野山を駆け巡り鍛えた山賊の脚力は時として山路を行く馬を越える。
キマイラは依然としてうたた寝をしており、駆け寄るハンマードックには気付いていない。
(ちょろいぜ!)
リュックまであと一足。
(取った!)
低姿勢で駆け抜けるハンマードックは片手斧の一つにリュックを引っ掛け拾い上げた。
「へへっ! どんなもんだ!」
キマイラに背を向け、リュックを掲げる彼は得意気に斧に引っ掛けたリュックを振り回す。当然の如く、斧の刃に触れた部分がちぎれて、あろうことかリュックはキマイラの鼻先に落ちた。
フンフン…
獅子の鼻がヒクヒクと動く。怪物はリュックに気付いた。
「マズいな。実に余計な事をしてくれた。リュックが奴の手に落ちた」
「は? 怪物がリュックを? 何するの?」
神楽の問いに、何も知らない奴だなと舌打ちし語気を荒げる。
「あのリュックは賢者のスキルを付与したマジックアイテムだ。通常なら賢者以外には使いこなせないが、今の奴は…」
「賢者の力を手にしている」
ムラサキが抜刀する。その構えは独特であった。右手で抜き身の刃を背負い隠すようにし、左手を地面に添えた。
(片手のクラウチングスタート?)
「静音式狼牙瞬激剣、壱の太刀っ!」
地を飛ぶ。まさに言うが如く、彼女はクラウチングスタート状態から一足で三メートル程の距離を蹴り進んでゆく。これには脚力自慢のハンマードックも驚きを隠せない。
(速いわね。でも、さっきどっかで聞いたような言葉が…)
「斬っ!」
キマイラとの距離を3歩で詰めたムラサキは背負っていた刀を一気に降り下ろす。身構えていたキマイラは前足の爪を真横に薙いだ。
「うおっ! 奴もはええっ!」
が、前足は何もない虚空を切った。キマイラは捉えたと思った獲物が瞬間消えた事に違和感を覚えた筈である。
「?」
獅子の頭は高く跳ね上がっていた。その前足と共に胴体から切り離されて。
「わ、私見えませんでしたっ! な、何が起こったんですかっ! シャイルさん!」
「あのムラサキの降り下ろした一刀目は最初から当てるつもりはなかったんだ。薙いだキマイラの前足をそのまましゃがんでかわす。恐ろしいのはここからだ。彼女は降り下ろした刀が地面に当たる寸前に刃を返し、そのまま切り上げた。あれは腕力だけでなく脚力を使い、屈伸にジャンプ力を加えた一撃。解りやすく言うとVの字切りだ」
ボトリッ。
獅子の頭と前足の一本が地面に落ちた。胴体からは凄まじい血が噴水の如く噴き出している。
「す、すげぇ!」
「姉ちゃん、やるなぁ!!」
既にキマイラから距離を置いて元の位置に飛びす去るムラサキに会場から称賛の拍手が浴びせられた。
「おおおぉぉっ!」
鞘に刀を納め、血ダルマとなった怪物の肉塊を睨む。タケルそっくりな瘤が呻き声を上げながら左右に揺れている。
「ここからだ。奴の力は。油断するなよ」
カスタムは腰の剣の柄に手をかけた。
「は、なんだよ。もう勝ちも確定しているようなもんだろ?」
先程の失態を余所に一人余裕のハンマードックは、懐から取り出した酒瓶を開けてらっぱ飲みを始める。
シュッ!
彼の背後から蛇の尾っぽが牙を剥き出しにして襲いかかった。ハンマードックは気付かない。
「どけっ!」
「おっ!」
カスタムの体当たりを受けたハンマードックは酒瓶を手放し尻餅をつく。
「何すんだ…よ?」
そこには毒蛇の牙をがっぷりと腕に食い込ませたままのカスタムがいた。防具の間から皮膚に食い付いた蛇は、なおも渾身の力で牙を食い込ませる。彼は微動だにしない。いや、動かないのではない、動けないのだ…と誰もが思った。
「おい! あんた大丈夫か! 蛇の麻痺毒を…」
「………」
彼の冷たい瞳は、じっと自身の腕に食らい付く蛇を眺めていた。まるで他人事のように。
ザンッ!
「な!?」
彼は何事もなかったかのようにロングソードで毒蛇の首を切り落とした。胴体が離れても頭は離れない。それを、ひょいっとつまんでハンマードックへ投げよこした。
「ひいっ!」
「だから、言っただろう? 油断するなと」
ムラサキは一部始終、カスタムの動きを観察し、監視していた。未だに彼女はカスタムの動向に不審な点をいくつも感じていたからだ。
タケル達が死ぬという運命だと言い切り、その通りになった点。そして、今また毒蛇の麻痺毒が効いていない点。
いずれも納得のいく理にかなっていない。
彼女はあの言動から、カスタムを半分味方として、また半分敵として考えていた。
しかし、どうにも腑に落ちない点がある。それが、今の毒蛇の件だ。彼は何故、自分の利にならない事をしたのだろう。どう見ても戦力外であるハンマードックがキマイラに殺されようが、彼にとっては何ともないと言える。危険を冒してまで彼を守る必要があったのだろうか。逆を言えば、ハンマードックには悪いが参加者が減る事に利があるのではないだろうか。
(単なる正義感…ではないようだが?)
不意にカスタムと目が合う。彼女は思わずそっぽを向こうかと考えたが、逆に怪しまれる事を考慮し視線を反らさずにいた。
するとカスタムはあっさりとムラサキの答えを提示した。
「毒が効かないのが不思議だと思っただろう? 何故なら俺は『完全』な人間じゃないからだ。平賀源内という人間の手によって造られた人造人間だからな。ま、あの爺ぃも脳以外は既に人ではないがな」
平賀源内の手によって造られた人造人間カスタム(?)
キマイラ戦終盤に彼はある決断をする。
その決断とは?
今回もご覧頂きありがとうございました。




