第百十八話 武と美羽
前回のあらすじ
勇者タケルにより、キマイラの尾を断つ事が出来たが、換わりに参加者の一人アンドウが犠牲となる。
アンドウの気持ちを受け止めた神楽だが、少年には彼女の声が届かなかった。
鈴木武は中学一年である。
両親は共に弁護士として働いており、彼が物心ついた時から家族で食事をしたりと一家団欒で過ごした時間は1日…まさに二十四時間を未だに越えていない。
そんな彼は小学校に上がってから友達と馴染めず、一人でいる事が多かった。内気であるが故に、一学年ずつ上がる度に友人は減ってゆき、小学校六年生になった時には誰一人クラスに友人と呼べる者はいなかった。
そんな彼だが、幼馴染の女の子がいる。彼女の名前は鈴木美羽。名字は同じだが、親戚関係ではない。
彼女は隣の家に住む、彼の境遇を知る数少ない理解者だった。
小学校二年生の頃、窓から見える花火大会の打ち上げ花火を見ていた時に偶然目が合い、二人は2メートルほど離れた子供部屋の窓越しに話を交わした。
彼女も一人っ子で、亡くなった父の遺産で母と二人暮らしだと言う。母は病院で看護師を務めており、一人でいる事が多かった。
お互いに通う学校は違えども、夜中や休みの日はお互いの部屋に遊びに行く間柄であった。
中学に上がった武は、たまたま興味本位で送ったライフサーガのベータテスターに当選する。元々、ゲーム好きであった彼は美羽と共にライフサーガにのめり込んだ。
美羽はゲームこそ苦手な分野であったが、頭が良く、計算などを得意としていた事が効を奏しMPの配分など魔法職に適性があった。
それこそ、夜半は二人共に親がいない為、朝までライフサーガの世界にどっぶり浸かっていた。
次第に学校を休む事が多くなり、二人はライフサーガに自分達の価値を求めるようになる。
二人は周回プレイやイベントクエストに参加する事なく、ひたすらレベルを上げ続け、武は勇者の職、美羽は魔法使い上級職の賢者をマスターする。その為、ライフサーガでは二人の存在は無名に等しかった。
しかし、先日の異変により、彼等は現実世界…家族や友人を捨てライフサーガで生きてゆく決心をしたのであった。
「さてさて、尻尾なしのキマイラがどれだけ楽しませてくれるのかな?」
タケルの手にしているビーストスレイヤーは彼の身長よりも長い刀身を持つ。しかし、勇者である彼は自由自在にあらゆる武器を扱えるだけの強さを備えていた。
のたうち回っていたキマイラは、ビーストスレイヤーを持ち近付いて来る小さな勇者に恐れをなしたのか小さくうずくまった。
「あれ? 命ごいするのかい? 百獣の王であるライオンの頭を持ったモンスターのくせに…」
武は容赦なくビーストスレイヤーで自身の高さまで縮こまったキマイラの山羊の首を切り落とす。
「よいしょーっ!」
ミウはタケルの動きに合わせ、両手を高く突き上げた。
ゴオオオオオオオォォォォッ!
またもや、キマイラは獅子の口から死を伴う痛みによる絶叫を上げた。
会場は一人の少年の活躍に目を見張った。先程、プレーヤーが亡くなった事などお構いなしに声援を送る者さえいた。
神楽は彼をじっと見ていた。何をしようという事もなく。
それは彼がキマイラを打てるという確証を得た事ではない。彼に自分の気持ちを伝えられなかった事が、ただただ歯痒かったのである。
そんな彼女を見て、侍の職であるムラサキが隣で声をかけた。
「貴女は何も間違ってはいない。間違っているのは、この狂った世界と、人の心を失いつつある連中だ」
驚き見返す神楽に、ムラサキはやや笑みをこぼして話を繋いだ。
「貴女は私の師である祖母に似ている気がしてな。祖母も生きていたら同じ事をしたと思うぞ」
「あ、ありがと…」
(お婆ちゃんに似てるって? あたしはまだ二十歳前なんですけどねぃ)
しかし、不思議と彼女の淡々と話す落ち着いた口調のせいか腹が立つわけでもなかった。普段の神楽なら袈裟斬りチョップ一発は出しているだろう。
そんな会話の中、彼女らの背後から男が呟いた。
「…あの小僧…死ぬぞ」
(え?)
(何っ?)
二人は反射的に身構え振り向いた。
何故なら神楽も、ムラサキもその男の気配を全く察知出来なかったからである。
彼はカスタムと名乗る剣士であった。顔半分を覆う長い前髪に、どことなく寂しげな憂いを帯びた眼。レザーアーマーに一振の剣を腰に差している、一見して普通の風貌の冒険者である。
彼は言った。
「あぁ、まるでチョウチンアンコウだな。お前ら、あの小僧らよりも己の心配をした方がいい。俺はあの怪物を斬れるが、お前らには無理だろうからな」
意味不明な内容に二人は眉をしかめた。
神楽とムラサキに気配すら感じさせない謎の男カスタム。
彼は言った。
タケルは死ぬと。
次回 狂気の戦場
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