第百十七話 勇者と賢者
前回のあらすじ
○×クイズに不正解であった参加者八名と共に地下に落下した神楽。
地下には恐るべき怪物キマイラが待ち受けていた。
この大会が紫苑による罠だと知った岬と内藤の二人は神楽救出を試みるが…
キンッ!
「くうっ!!」
ガラスのような床は、いとも簡単に岬が渾身の力で突き立てたエクスカリバーを弾き返した。
「なんて強度だ」
ややあって、床を調べていた内藤が頭を振る。
「おそらく、これはクリスタルを用いた特殊加工が施されています。武器では破壊するどころか傷一つ入りません。クリスタルは魔力を結晶化した物です。自分は魔力を感知できませんが、女王の意志でのみ、開閉や透明化が出来るのでしょう」
岬が周囲を見回すと何名かの参加者が見えない空間に体当たりやら武器による打撃を繰り返していた。しかし、それも結局は徒労に終わる。
「駄目だ。この○の舞台の周囲も見えない結界で覆われていて出る事が出来ないようだ」
すました顔のキュイジーヌは彼等の必死の行動を見て呆れ果てたように呟いた。
「せっかく勝ち残ったというのに、こんな時に無駄に力を使うなんて愚か者の極みですわね。お姉様もそう思うでしょ?」
「あたしはナイトハルト様の選んだ方に着いて行くだけだから。例え不正解でも、それが運命。共に命尽きようが後悔しないわ!」
キマイラは前足を使い、既にこと切れた戦士をゴロゴロと転がしている。まるで壊れた玩具を扱うような仕草に、八人の参加者達は恐怖よりも怒りを感じていた。
「さてさて。私は驚いている場合ではありませんでした。実況として責任を持って仕事をさせて頂きます。現在キマイラに相対する参加者をご紹介しましょう。まず、シャイルさんのイチオシである神楽選手。二人目は初出場となる我流剣術の使い手、カスタム選手。彼についてはほとんど情報がありません。三人目は齢12才とライフサーガ内でも若くして勇者の職を取得したタケル選手。そして四人目は、その…友人でいいんですかね? こちらも齢12才にして賢者の職を取得したミウ選手。彼女は魔法職ですがタケル選手のサポート役として参加しているとのことです。五人目は孤高のスナイパーの異名を持つアンドウ選手。彼はライフル射撃を得意としている模様。そして、六人目は天晴れ山賊団団長のハンマードック選手。まるでボディビルダーのような逞しい肉体に、武器の二丁の片手斧は旋風のように全てを切り裂くと豪語しています。果たしてキマイラに彼の斧は通用するのかっ!? 七人目はムラサキ選手。日本刀一本で闘う侍職の彼女。着物姿からのぞく胸に巻いた真っ白なサラシと肌に思わず目を惹かれますが、その腕前はいかほどか? ちなみにアンドウ選手とハンマードック選手は昨年も本戦出場者となっております」
(あの娘は…)
彼女は先程、岬が控え室にて忠告を受けた人物であった。彼女もまた、八名のうちの一人であった。
「そして最後に紹介するのが今大会目玉であるカイザル武闘大会前回覇者! 格闘王ダンガムだっ!!」
満を持して名を告げられたダンガムの姿に、観衆のほとんどは不安のため息を漏らしていた。
「俺、あのマッチョの男がダンガムだと思っていたんだが」
「あぁ、ハンマードックな。見た目、格闘王って感じだしな。それに比べて、ダンガムを見て見ろよ。異変前の体つきとは雲泥の差だぜ。俺の方が絶対強いって」
そう、格闘王ダンガム。彼の本当の姿は、分厚いメガネをかけ、七三分けの冴えない痩せた男だった。よれよれのカッターシャツに紺のジャージという奇抜なファッションが彼のライフスタイルを連想させる。
彼は一流のゲームおたくである。
ダンガムは会場の視線を一斉に受け、気恥ずかしさか、壁際に走り去るとぴったりと背をつけてしゃがみこみ、顔を両手で覆った。
極度の緊張からだろうか。全身をぶるぶると震わせている。
「まったく、いい大人が情けないなぁ。お姉ちゃんもそう思うよね? まぁ、僕が何とかするから見ててよ」
(何、この子?)
屈託ない笑顔で神楽に話しかけてきた少年は、マントを翻し、連れの女の子を背後に立たせキマイラの目の前に足を踏み出す。
「さぁ、死んじゃった奴とじゃれてないで、僕と遊ぼうよ」
小さな子供の突飛な行動に参加者、会場のプレーヤーは胆を冷やした。
キマイラに人間の言葉は通じない。勿論、彼の行動も理解していない。あるのは獅子、山羊、蛇それぞれが自分の前に新しい獲物がしゃしゃり出てきたということだけだ。
直ぐ様、獣は興味を無くした遺体を前足で払いのけ、少年を威嚇した。
ゴオオオオオオオォォォォッ!!
凄まじい獅子の咆哮が会場全体を揺さぶる。
だが、少年は少しも怖じ気づく事なく、背後の少女に声をかけた。
「ミウ、ビーストスレイヤー」
「はいっ!」
ピンクのローブに小さなリュックを背負ったお下げ髪の少女は元気よく返事する。彼女はリュックを下ろし口を開くと、一声叫ぶ。
「おいでませっ! ビーストスレイヤーっ!」
すると、小さなリュックにはとても入りきれないであろう長さの長剣が飛び出して、少年の手にすっぽりと収まった。
まるで手品のようなこの光景に会場のプレーヤー達から拍手が起こる。
「(あれは?)」
「(あれは賢者の特殊スキルですよ。賢者の職を最大まで上げると得るスキルで、無限にアイテムを所持できるんです。そう、『無限』に…)」
内藤の中にふと蘇った記憶があった。岬も同じ感覚であった。
「(紫苑の『無限暗器』か!)」
二人が未菜を救う際に紫苑が繰り出した技である。
「(彼女も賢者職をマスターしていたのか)」
「(そのようです。これは厄介ですね。賢者と暗殺者スキルを使いこなす彼女と戦う事になったら…)」
ビーストスレイヤー。
名前の通り、獣キラーという特殊効果を持つ長剣である。獣に対しては抜群の効果を発揮するのだが、対人や対魔物戦においては鉄の塊みたいな物である。
キマイラは、少年…勇者タケル目がけて鋭い前足の爪を振り下ろす。
「うすのろめ」
(!?)
タケルの表情が一変した。先程までの少年の笑みから、残虐な殺しの目になるのを神楽は見逃さなかった。
タケルの頭上にキマイラの爪が襲い掛かり、触れるか触れないかの瞬間、それは起こった。
「ギャアァッ!」
タケルの姿は消え、代わりにキマイラの背後の位置にいた筈のアンドウが、左肩から右脇腹にかけて袈裟がけに爪跡を残し真っ赤な鮮血をほとばしらせた。
「蛇の尾っぽ、もーらいっと!」
アンドウが先程まで立っていた位置にいるタケルは手にしたビーストスレイヤーを真横に凪いだ。キマイラの尾の部分である蛇の首は切り捨てられ、床にビチャっという音を立てて転がった。
キマイラは尾を切られた痛みでのたうち回る。
「キマイラの一番厄介なのは、この麻痺毒を持つ尾っぽの蛇なんだよね。後はそれぞれの首を落とせば退治完了かな」
得意気にVサインをかわすタケルに合わせて、ミウが両手を上げて喜んでいる。
皆、呆気にとられていた。
無邪気さの中に得も知れない恐怖を感じた。
(あれは真田流の空蝉転成みたいなものね)
自身の位置と対象者との位置を瞬時に入れ替える真田流の技の一つである。しかし、対象者が自身の手が届く範囲でなければ使えない空蝉転成に対し、タケルの使用したであろうスキルは距離にして5メートルはあった。
「おぉっと! 何ということだ! 勇者タケル選手とアンドウ選手の立ち位置が入れ替わり、アンドウ選手はキマイラの爪の餌食にっ! 対してタケル選手はキマイラにダメージを与えたっ! シャイルさん、これは一体!?」
「あぁ、あの勇者タケルという少年のスキルだな。瞬時に対象者と立ち位置を入れ替える…私も初めて見たが…」
(あの少年の動き、本当に人の動きなのか?)
「お、おい! あんたどこ行くんだよ?」
「黙ってて」
神楽はハンマードックの止めるのを無視し、肩を揺らし喘ぐアンドウの元へ足を運ぶ。
「大丈夫? …なわけないわよね」
虫の息のアンドウの側にしゃがみこみ彼の手をとる神楽。
アンドウは口元から血の泡を吹き出しながらパクパクと何か声にしようとしていた。彼は残った力を振り絞り、反対の手で胸元からロケットを取り出す。
ロケットを開くと彼の妻と小さな赤ん坊が写っていた。
神楽が写真を見た直後、彼の手から力が抜けて行く。また一人の命が失われた。
「わかった。家族の事が心配だったのね。代わりにあたしが伝えてあげる」
ロケットを握りしめ立ち上がった神楽は、キマイラの脇を通り過ぎ、対角線上のタケルに向かってゆく。
「あはは。おっちゃん、運がなかったねぇ。ま、勇者を立てるのが一般職の役目だからね。あれはあれで良かったんだよ。お姉さんは尻尾側にいなくてラッキーだったね」
パァンッ!
「!?」
神楽の平手打ちがタケルの頬を激しく打った。
「あんたはゲーム感覚でやってんのかも知れないけどね。大人には大人の事情があるの。見なさい。この写真、あの人の奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんよ」
ロケットの中の写真を見せる神楽。
しかし、その想いは届かない。
「あぁ、痛いなぁ。久し振りに打撃でダメージ受けちゃった。初めてログインした時にゴブリンに殴られた時以来かな。もちろん、そのゴブリンには何百倍もお仕置きしてあげたけどね。お姉さん、キマイラ殺ったら後でいじめてあげるから楽しみに待ってなよ。ミウ、そろそろトドメ刺すよ」
「ラジャー!」
屈託なく笑う二人の子供が、キマイラに向かって歩き出した。
勇者タケルと賢者ミウ。
子供である彼等にはまだ人の命の重みが分からなかった。
彼等の軽はずみな行動で命を落としたアンドウの形見のロケットを握りしめ、神楽は立ち上がる。
次回 武と美羽
今回もご覧頂き、ありがとうございました。




