第百十四話 赤き薔薇と白き薔薇
前回のあらすじ
大会解説席でのシャイルの発言に揺れる会場内。しかし、今シャイルを捕縛するのは大会の流れとしてタイミング的には利口でないと無視を貫く紫苑。
シャイルの賭けは一先ず成功した。
後は英雄の登場を待つばかりである。
午前7時45分。
「それにしてもシャイルさんの話には肝を冷やしましたよ。それにしても、なんであんな事を?」
「…友人との約束だ」
「約束…ですか。変わった友人をお持ちだ。この世界に残されたプレーヤー達の半数は今の生活に順応し、満足してると思いますけどね」
和康は解説席の前にある黄色の便箋にチラリと視線を移す。
「!?」
驚くことなかれ、便箋には何も書かれていなかった。
「貴女、あれを…」
「考えていた事を言葉にしただけだ。言葉にするのは案外難しいものだな」
プレーヤー達の拍手喝采は絶え間なく続いている。
(この娘さん、ただ者じゃない。器が違い過ぎる)
「ん? 私の顔に何か付いているか?」
「い、いえ。この商人和康、立派なお客様に恵まれて幸せだなと思っておりました」
吹き出す汗をハンカチで拭う。商人としてのスキル『話術交渉』も彼女を相手にしては形無しであった。
「それより、間もなく参加者達の本選への選抜予選が始まりますので解説のご準備を」
「慌てるでない。解説は本選からだ。しかし、今回は32人の参加か。やはり前回の三分の一に満たない数だ。まずはこの半数が落ちる事になる。話はそれからだ」
カイザル武闘大会において、本選出場枠は16人。参加者はまず予選を突破しなければならない。その予選の内容とは…
「○×クイズだとっ!? 内藤さん、本当なのか?」
参加者控え室。
既に神楽を除いた31人の参加者が集まっていた。愛用の剣を磨く者、腕立て伏せをする者、弁当を食う者、読書する者と様々である。
そんな折りに突然の岬の驚きの声に反応し、緊張昂る参加者達の視線が集まった。
「(岬さん。会話は通信にて行いましょう。あまり、他の参加者に目立つと困りますので)」
「(あぁ、すみません。しかし、前もって教えて頂ければ…)」
「(ご安心ください。過去の予選も、内容はライフサーガのシステムやアイテム、モンスターについて等でしたから。私についてきて頂ければ間違いありませんよ)」
岬はホッと胸を撫で下ろした。
だが、端から見ると男二人が無言で見つめ合っている方が不自然だと二人は気付いていないらしい。
「あのぅ? もしかして、もしかすると赤光のナイトハルト様では?」
いつの間にか、内藤の側にまっ白なドレスを纏った女の子が彼のマントを引っ張っている。ドレスには無数の小さな薔薇の形をあしらったフリルが揺れていた。
「あぁ、そうだが」
「やっぱりぃ! きーちゃん、やっぱりナイトハルト様だよぉ!」
ぴょんぴょんとその場で跳びはねる少女に圧倒される内藤。
カッカッ…
床に打ち付けるヒールの音を高鳴らし、まるで一流モデルと見間違うほど妖しい美貌の女が側に寄って来た。
長くウェーブがかった黒髪に、口元の小さなほくろが色っぽい。肌に張り付いているかのようなボンテージスタイルの彼女は内藤の前に立つ。背の高さは内藤と同じぐらいである。よく見ると彼女の胸元には真っ赤な薔薇のブローチが輝いていた。
次の瞬間、彼女は深々と頭を下げた。
「姉が失礼いたしました」
「あ、姉!?」
岬と内藤、そしてその様子を窺っていたプレーヤー達は驚きの声を上げた。
すっと髪をかき上げ、頭を上げた彼女はじっと内藤を見つめ微笑む。
「姉はナイトハルト様のファンでして。いつも貴方の事をお話になるのです。でも、姉がそう言うのも納得ですわ」
彼女は内藤の襟元から手を這わせ、そっと首筋を触れた。すかさず内藤は身を引く。
「あら、お気に障りましたか。ふふっ。うぶな方」
「きーちゃんのバカっ! あたしのナイトハルト様にぃ!」
「………」
周りのプレーヤー達は羨ましいやら、試合前に何やっているんだと野次を飛ばす者などが出始め、気まずい雰囲気が室内を支配していた。
その気まずい空気を裂くように控え室の扉が開かれ、一人の中年の兵士が顔を覗かせる。
「よし、皆舞台へ移動してくれ。今から予選を行う。控え室から出た際には決して私語は慎むように。いらぬ会話をした者は即刻、失格とするので気をつけたまえ」
兵士は言いたい事だけ伝えると廊下へ戻っていった。
「だそうですわ。あ、私はキュイジーヌと申します。姉は…」
「フランソワよ。ナイトハルト様にぴったりな名前よね」
ニコニコと笑顔で内藤と手を繋ぐフランソワ。
「あ、あぁ。大会ではお手柔らかに」
その光景に岬は不思議と違和感を覚えていた。だが、それよりも神楽の到着が遅い事に気をとられていた。大会規定により、予選に遅れた者は失格である。
(何してるんだ、あいつは…)
通信しようにも、ライフサーガのシステムはおろかレナスの通信機能もこの室内に限られていた。内藤の話では、大会参加者に事前に外部からの情報が漏れないようネットワークを遮断する仕組みになっているらしかった。
ガヤガヤと参加者達が退室してゆく。
「では、また後程」
「ナイトハルト様、また後でお会いしましょ!」
姉妹は部屋を出てゆく。残ったのは内藤と岬、そして一番部屋の奥で正座を貫き通していた一人の風変わりな女剣士。
紅白の羽織袴に右肩を露にし、胸元には巻きつけた白いさらしが見えている。黒髪をちょん髷に似せるかのようにポニーテールに仕上げた彼女は侍の職なのであろうか。
女剣士は二人の前を素通りする。
「闘いは既に始まっている。油断すると死ぬぞ」
「!?」
彼女は小さく呟くように言い捨てると部屋を出て行った。
「つっ!?」
内藤が首筋に触れる。指先に赤い血が滲んでいた。よく見ると、首には細く赤い血の筋が出来ている。
二人は顔を見合せて頷いた。
この大会、一瞬足りとも油断できないと。
予選の内容はなんと○×クイズであった。
岬達は恐るべき技の持ち主キュイジーヌとフランソワの姉妹に目をつけられる。
そして、謎の女侍。
いよいよ、予選が開始される。
果たして神楽は予選までに間に合うのか。
開始まで後10分。
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